札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。

2017/03/30

厚別旭町 煉瓦造の蔵(承前)

 厚別旭町に遺る煉瓦造の蔵です。 
旭町 O宅 煉瓦造蔵 拡大
 軒蛇腹、胴蛇腹、開口部周りに焼き過ぎ煉瓦を積んでいます。

 赤煉瓦の積み方は、一風特徴的です。
旭町 O宅 煉瓦造蔵 拡大②
 小端(こば)空間積みの一種と見受けましたが、札幌で一般的に見られるそれとは異なります。小端空間積みについては本年1月31日ブログ http://keystonesapporo.blog.fc2.com/blog-entry-916.html で言及しましたのでご参照ください。そのときも小端空間積みのバリエーションタイプ(小野幌Sさん宅倉庫)を紹介したのですが、今回のはそれともまた違います。
 コトバで説明しようと思いましたが、ややこしくなりますので前掲画像と1月31日ブログに載せた‘標準形’の画像とをともかく見比べてください。標準的小端空間積みと比べると、本物件は煉瓦の数が節約できる一方、強度的には小野幌Sさん宅倉庫よりも増すと想います。それにしても、異なるバリエーションを同じ厚別区で二つも見つけると、何をもって小端空間積みの標準といってよいか自信がなくなりました。

 持ち主のOさんに伺うと、この蔵が建てられたのは「昭和の初めか、大正」時代とのことです。
 Oさん「昭和38(1963)年に、アベさんから蔵ごと土地を買った」
 私「アベさん? 阿部仁太郎さんですか?」
 Oさん「そう。この辺はまるごと、阿部さんの土地だった」
 私「蔵は何に使われていたのでしょうか?」
 Oさん「日記を保管していた。地主だったから、(小作の)農家とやりとりした書類だね。今はもう残っていないが」

 札幌のとりわけ南東部(旧豊平町、旧白石村方面)で阿部仁太郎(あべ にたろう)は、郷土史のいわゆるビッグネームです。そのゆかり(末注)の建物が今も厚別に遺っているとは、驚きました。Oさんの話からすると、文庫蔵だったようです。書類が残っていたら、白石村の歴史を伝える一級の史料になっていただろうなあ。可惜。

注:『さっぽろ文庫66 札幌人名事典』1993年によると、阿部仁太郎(初代)は1853(嘉永6)年生~1915(大正4)年没(p.20)。『輝く白石・厚別一二〇年の人びと』1990年によると、二代仁太郎は1939(昭和14)年没。私はおもわずOさんに「阿部仁太郎さんですか?」と口走ったが、Oさんが土地を買ったとき(1963年)は阿部家の三代目以降になる。
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≪ 阿部仁太郎 厚別旭町の屋敷ホーム厚別旭町 煉瓦造の蔵 ≫

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1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。

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