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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 胆振東部地震お見舞い

2016/10/01

ツホコマナイ②

 山鼻川です。
山鼻川 軍艦岬
 画像左方、木々がこんもりしたところが軍艦岬です。

 ツホ(ポ)コマナイ=「走り尾根の・下・にある・川」(山田秀三解)の名に相応しいと思います。

 この川を古地図で当たってみました。
明治7年 札幌郡各村地図
 明治7年「札幌郡各村地図」です(原図:北大図書館所蔵)。

 札幌の中心部を拡大してみます。
明治7年札幌郡各村地図 札幌中心部拡大
 判りやすくするため画像をモノクロ処理し、方位は北を上にしました。碁盤目に描かれたのが札幌本府です。「本廰」という文字も見えます。現在の北海道庁の位置です。 

 山鼻川に相当する川を薄い青でなぞりました。濃い青が鴨々川、破線でなぞったのが今は亡きその支流です。
 実は、山田先生は『札幌のアイヌ地名を尋ねて』で、次のように記しています(p.30)。
 古い頃に、上山鼻川(引用者注:山鼻川のこと)が豊平川に入らずに、北流して今の鴨々川に続いていたのかもしれない、という疑問が残っている。
 
 つまり、薄い青の川が、濃い青の破線につながっていたのかもしれない、ということです。
 山鼻川は豊平川扇状地の扇頂に近く、このあたりから北へ、文字どおり扇状に緩やかな地形が拡がります。往古、川は網の目のように流れていました。山鼻川が鴨々川の支流とつながっていたことも考えられます。フシコサッポロ川が江戸時代後期に起きた河川争奪によって本流の座を現豊平川に譲ったように、山鼻川もある時期に主流が変わったのかもしれません。

 南16条西5丁目に遺る、鴨々川の支流跡です。
南16西5 鴨々川支流跡
 ここにかつて本流が流れていたのかもしれないなあと、想いを馳せました。
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≪ ツホコマナイ③ホームツホコマナイ① ≫

Comment

いつも興味深く読ませていただいています。
「札幌郡各村地図」ですが、この古地図の存在を始めて知りました。
この地図の東本願寺の東を斜めに横切る道がハッタリベツ道でしょうか?
古道を整備(開削)以降~山鼻屯田区画整備前の時代に、ハッタリベツ道がどのようなルートを辿っていたのか興味がありましたので、初めてしっかり書かれた地図を見ることができました。

あと、軍艦岬の手前(市街地側)のY字分岐後と、そのあとのY字分岐が、今も石山通と福住桑園通の間に残っているんですね。

こういう近代区画に合わない小道こそ、いろんな歴史が詰まっていて大事にしなきゃと思わされます。

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keystonesapporo

Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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