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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 胆振東部地震お見舞い

2016/08/31

二里川と三里川③

 大正5年地形図です。
大正5年地形図 二里塚周辺
 室蘭街道沿いに「二里塚」の地名が確認できます。赤い下線を引きました。
 現在の地名でいうと豊平区月寒東1条18丁目、日糧製パン工場の付近です。この地点は確かに、札幌本府からほぼ2里(約8㎞)の行程です(末注①)。近くをラウネナイ川が流れています。二里塚を由来とするならば、むしろこの川のほうが適当です。

 二里川と三里川を地図上に着色しました。薄い青でなぞったのが三里川で、濃い青が二里川です。三里川は地図上に名前が記されていますが、二里川は記されていません。よって、現在の地図に照らして推定しました。その川は、「釣橋」と書かれたところの北(地図上で上方)で三里川と合流しています。川の実線は現在の国道12号に当たる道の南方で消えていますので、等高線で谷筋と思われるところを河道と推測して、破線でなぞりました。
 
 とまれかくまれ、二里川の川名が二里塚に由来するという説明にはかなり無理がある、というのが私の結論です。
 二里塚由来説に疑問を抱いていた諸先達はいらっしゃるかと思いますので、私が大見えを切って言うほどのことではありません。先日来たびたび引用させていただいている郷土史家・R先生もすでに喝破していました。R先生は「『二里川』としているのは、三里川の西を流れていたため、呼称されたのであろう」と見ています(末注②)。私も、その説を支持します。
 余談ながら、R先生は清田区の歴史について、多岐にわたり詳細に調べておられます。清田区で、先生が未踏査の時空を探すのは至難です。それだけに探し甲斐もありますが。

 注①:里程の起点は現在の中央区南1条東1丁目、創成橋のたもとに置かれた。「里程元標」の石柱が再建されている。
 注②:了寛紀明『清田発掘 厚別川と對雁川』2008年、p.37
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≪ 陽の当たる地下鉄車両ホーム二里川と三里川② ≫

Comment

釣橋

古い記事へコメントを失礼いたします。
私は本州育ちで、清田区に移り住んだ者で、この度の
液状化現象に関して調べていてこのブログにたどり着きました。

以前から古地図や河川網図を駆使して液状化の可能性のある土地と、古い河川との関連について言及されていて、非常に興味を惹かれました。

さて、「釣橋」の地名なのですが、JRバスに乗車していると、
まさにこの記事の場所の停留所名が「釣橋」です。
これまで、なぜ市街地に釣橋なのかと思っていましたが、
謎が解けたような気がします。

過去の記事のすべて読み漁りたいところです。
今後の更新にも期待しております。

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keystonesapporo

Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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