札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。

2016/08/24

HBC「さっぽろ歴史散歩」スピンオフ② 

 南14条西5丁目、米里行啓通りです。
南14条西5丁目 行啓通り 東望
 西から東方向を望んでいます。右方が護国神社の杜です。
 
 このあたりに河道があったことは、堀淳一先生の著書で知りました(末注)。鴨々川の支流です。その支流に沿って池泉回遊式とおぼしき庭園があったことは、本ブログでこれまでに記しました(2015年5月12日 http://keystonesapporo.blog.fc2.com/blog-entry-291.html)。
 昭和初期にその川がどう流れていたか、裏付ける史料を札幌市公文書館で見ました。
 
 中島公園の図面です(同館所蔵)。
中島公園 昭和初期 図面
 方位は右が北です。描かれた年代が昭和初期とあるだけで、公園の計画図なのか現況図なのか、仔細はわかりません。
 
 部分的に拡大して、川のところを青く着色してみました。 
中島公園 昭和初期 図面 護国神社周辺
 赤い○で囲ったところが白鶴橋、黄色の○が護国神社です。冒頭画像の風景は、黄色の矢印の位置です。この図面を見ると、鴨々川の支流は護国神社の社殿の裏をまわって行啓通りを横切り、白鶴橋のたもとで鴨々川と合流していることがはっきり判ります。(続く)

 注:堀淳一『サッポロ こぼれある記』1986年、pp.60-61。ほか、山崎長吉『中島公園百年』1988年にも、「鴨々川のもう一つの川」のことが記されている(pp.46-47)。
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≪ 南14条西5丁目 鴨々川の旧支流ホームHBC「さっぽろ歴史散歩」スピンオフ ≫

Comment

番組拝見させていただきました。
札幌ローカルの雑誌等も去年あたりから鴨々川特集多いですね。実はブーム?

そして実は私、護国神社のすぐ近所に住んでた事がありまして、その時に護国神社から静修高校脇にかけての斜めの道はなんなんだろうと思いつつ、鴨々川の旧流路か支流跡だと勝手に自己解釈してたのですが、
(おそらく)1935年版の地図には載っておらず、でも今回の記事にある図には載っていて「どうしてこんな斜めの道が」という疑問がぶり返して来ました。

もしかしたら答えが・・・と思いながら続きを楽しみにしております。

Re: タイトルなし

ぶらじょに様
HBC番組を見ていただき、ありがとうございます。

>護国神社から静修高校脇にかけての斜めの道はなんなんだろう

札幌建築鑑賞会の行事で数年前にここを探訪しました。
川は、湾曲する道の東側、少し離れていたところを流れていたようです。
おいおい探訪記事を載せたいと思います。
keystonesapporo

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1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。

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