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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 新型冠状病毒退散祈願

2021/04/05

泰和踏切の跡

 4月3日ブログで、JR函館本線の札幌市内にある(あった)踏切のことを記しました。「今は亡き踏切で私が気になった名前のもの」が幾つかあります。
函館本線踏切立体交差化計画 添付図 踏切 桑園-琴似間
 そのうち、桑園-琴似間では黄色ので囲った「泰和踏切」と「電修場踏切」の2件です(図面の出典は北海道・札幌市発行『札幌市内国鉄函館本線踏切立体交差化計画調査概要』1971年札幌市公文書館蔵から)。

 現地がどうなっているか、確かめてきました。まず「泰和踏切」から。
宮の森・北24条通 JR架道橋
 西区二十四軒2条1丁目、宮の森・北24条通を南西から北東方向に眺めました。踏切があったのは、高架の手前にかつて敷かれていた鉄路です。
 
 なぜ「泰和」か。手元のゼンリン住宅地図を見ると、近くにその名前の会社が載ってました。
「泰和」建物
 現地では原色の外壁が目立っています。

 大型の商業施設や遊興施設に囲まれていて、この原色でなければ目立たなかったでしょう。
西区二十四軒2条1丁目 「泰和」付近
 この会社がこのあたりの老舗だったようです。

 現在図で位置を確認します。
現在図 国鉄 泰和踏切跡
 赤いが泰和踏切のあった地点、赤い矢印の先が「泰和」という会社です。建物の小ささに比して、周囲に大きな施設がいっぱい建っているのがわかります。

 同じ一帯の1961(昭和36)年空中写真です。
空中写真1961年 国鉄泰和踏切
 空き地が目立ちますが、赤い◯で囲った踏切の南側に建物が集中しています。「泰和」の施設でしょうか。一帯がこの施設の敷地だったように窺えます。泰和以外にはなかったのかもしれません。

 現在の宮の森・北24条通に架かる鉄路には何と名づけられているでしょうか。「宮の森北24条通架道橋」です。
JR 宮の森北24条通架道橋
 架道橋の橋桁に貼られている銘板を、下から見上げてズームアップして撮りました。かなり高い位置なので、ぼやけています。本件は1985(昭和60)年に竣功しました。時代によって命名にも傾向があるようです。余談ながらJRの高架は「架道橋」の部分とそれ以外で名称が異なることを初めて知りました。道路に架かっていない部分は「○○高架橋」です。

 脇見をすると、電柱銘が気になります。
電柱銘「日の丸幹」 西区二十四軒 JR高架付近
 「日の丸幹」。この付近はずっとこの銘です。「日の丸」は何に由って来たるのでしょうか。

 「日の丸」で私が思いつくのは、この看板です。
日の丸興発駐車場
 場所は離れていますが(中央区北5条東1丁目、直線距離で約3㎞ちょっと)、やはりJRの鉄路のすぐそばというのが引っかかります。この日の丸は東区の「ひのまる公園」のゆかりです。いや、公園がこの会社にゆかりの場所というべきか。前掲「日の丸幹」電柱の一帯も、やはりゆかりの場所なのだろうか。嗚呼、かくしてまた迷路にはまりこんでしまう。
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≪ 函館本線 電修場踏切跡ホーム豊平橋たもとの交番 ≫

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Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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