FC2ブログ

札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 新型冠状病毒退散祈願

2021/02/24

古道・下野幌線はなぜ、通じたか?

 先日来、野津幌川中流域の谷底平野に迷い込んでいます。コトの発端は地元の町内会役員のOさんを訪ねたことです。コロナ禍のせいで遠出がしづらくなった“おかげ”ともいえます。厚別区に住んで30年余にして、徒歩圏内の近場に“私の知らない厚別“がまだまだいっぱいあることに気づいた始末です。

 標題の答えは、これまでに載せてきた古い地図を広域で俯瞰すればおおよその見当がつきます。
地形図 1916年測図1918年発行「月寒」 下野幌の古道
 1916(大正5)年測図地形図「月寒」です。2月17日ブログに載せた区域で再掲します。

 市道下野幌線の昨日ブログで歩いた部分は、赤い矢印を付けた「まるやま」(2月17日ブログ参照)の南側です。このあたりには大正時代、この道しかありませんでした。道は黄色でなぞったとおり、西方で現在の国道12号に通じています。当時の厚別の中心市街すなわち旭町と下野幌の開拓農家を結んでいました。
 昨日ブログの末尾に「昔の道だからわかりづらい、のではありません」と記した理由も、この地図が示しています。ほぼ一本道ですから、たとえ弯曲していても迷いようがありません。

 標題の意図は、正確には「なぜ、この場所に通じたか?」です。結論的にいうと、私はその答えをやはりこれまで載せた地図に見出しました。
産総研 地盤地質図 市道下野幌線 下野幌のっぽろがわ公園付近
 2月20日ブログに載せた産総研「札幌及び周辺部地盤地質図」2006年です。前掲1916年地形図に描かれている古道を黄色でなぞりました。市道下野幌線の昨日ブログで歩いた部分はその途中の橙色の箇所です(赤い矢印の先は2月18日ブログでお伝えした下野幌のっぽろがわ公園)。

 2月20日ブログの記述と同じく、ここでも「ミソは、この地点にピンク色の泥炭堆積物が入り込んでいることです」。古道は、「ピンク色の泥炭堆積物」の帯を、できるだけ避けたのではないか。橙色でなぞった道筋は、泥炭地の北側です。昨日ブログでも述べたとおり、「まるやま」の外周にも当たります。地盤が比較的硬かった(というよりは、軟らかくなかった)(2月17日ブログ参照)ところを選んだように見受けられます。
スポンサーサイト



≪ ヌポロに嵌まるホーム古道・下野幌線の弯曲 ≫

Comment

コメントの投稿

管理人にのみ表示する

Track Back

TB URL

Home

 

プロフィール

keystonesapporo

Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

カレンダー

03 | 2021/04 | 05
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

最新記事

最新コメント

カテゴリ

閲覧者数(2015.9.4からカウント)

検索フォーム

ランキング

↑ クリックすると、ランキングが見れます。

月別アーカイブ

管理画面

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

最新トラックバック