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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 新型冠状病毒退散祈願

2020/11/19

最古の札幌軟石、か?

 4万年前の支笏火山噴火で堆積した岩石(支笏溶結凝灰岩)からできているのが札幌軟石です。最古の札幌軟石といっても、どれもこれも4万年前ではないか。ここで札幌軟石というのは、人が利用した石材という意味です。人為的に用いられた支笏溶結凝灰岩としての札幌軟石でもっとも古いのはいつ、何に使われ、どこに遺っているか。

 もしかしたらこれがそうかもしれない、というモノを私はこのたび初めて見ました。
千歳市埋蔵文化財センター キウス周堤墓群 石柱-1
千歳市埋蔵文化財センター キウス周堤墓群 石柱-2
 場所は千歳市です。千歳市埋蔵文化財センターに展示されています。「キウス周堤墓群」で見つかった石柱です。上掲は高さ172㎝、下掲は高さ62㎝で、上掲のほうの説明に「溶結凝灰岩の柱状節理」!と書かれています。学芸員の方に伺うと、支笏溶結凝灰岩です。どちらも、どうも墓標として立てられたらしい。

 上掲のほうは横たわって見つかったそうですが、下掲のほうは次のように説明されています(太字)。
 石柱は墓の中央に立った状態で見つかったため、墓標と思われます。長さは62㎝ほどあり、30㎝ほどが地上に見えていました。墓標にしてはかなり低いことなどは他の周堤墓にみられない特徴です。(下掲の展示物のまわりに紐で示されいるのは、墓穴の大きさ)。
 キウス周堤墓群が造られたのは今から約3,200年前、縄文時代の後期といいます。私は、支笏溶結凝灰岩が建物や墓石を含む工作物に使われたのは明治以降と思っていましたが、認識を改める必要が出てきました。うかつなことに今の今まで、有史前の札幌軟石工作物があったとは知りませんでした。札幌軟石というのは明治になってからの石材、しかも現在の南区石山付近で採掘された石に付けられた名前ですが、人為的工作物としての支笏溶結凝灰岩、ということで本件も札幌軟石と言ってしまいましょう。
 それでは、この軟石はどこで採られたものだろうか。学芸員の方の話では、周堤墓群の付近では溶結凝灰岩の地層は見られないそうです。では、どこか別のところから運んできたのか。
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Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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