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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 新型冠状病毒退散祈願

2020/06/29

ポンコトニ、ホンコトニを廻るさらなる妄想

 「札幌市視形線図」1924(大正13)年からの抜粋です(末注①)。
札幌市視形線図 琴似川、支流
 当時の札幌市の市域西端に、川境を分かった旧円山川が描かれています。
 
 この図でも、この川に「琴似川」と添えられています。赤いで囲ったところです。6月27日ブログに載せた「札幌市街之図」1918(大正7)年と同様です。右方(東方)の現知事公館から発する川と現サクシュ琴似川には「支流」とあるのも同じです(橙色と黄色の○)。

 それもそのはずというべきか、この地図の印刷者は「札幌市街之図」1918(大正7)年と同じ「北海石版所」(末注②)です。
札幌市視形線図 クレジット
 「札幌市役所編纂」とありますが、編纂されたのは1尺単位で引かれた等高線(末注③)のことだと思います。

 標題は、「札幌市街之図」とある下に「視形線図」と書き加えられた体裁です。
札幌市視形線図 標題
 元図として使われた「札幌市街之図」自体は、北海石版所が作ったものでしょう。
 
 明治から大正にかけて、この種の大縮尺の市街図が北海石版所をはじめとする民間印刷業者によってたびたび発行されています。国(陸地測量部)による地形図とは別に、です。これらの市街図は誰が測量して、製図したのか。印刷者名とは別に「北海道庁」が発行者らしく表記されたものもありますが、必ずしも定かではありません。当時の民間印刷業者に測量・作図の力量がどこまであったのか、興味深いところですが措きます。

 なぜこれを採り上げたかというと、やはり冒頭に記した川名に関わります。
 本件旧円山川が「琴似川」の本流であるかのごとく表記された事情は、大局的にはコトニ→琴似の「地名の引越し」(山田秀三先生)に由るものでしょう(昨日ブログ参照)。「琴似村の方に引きつけられ」た(末注④)。加えて私は、明治大正期に度重ねて発行された市街図がこれに拍車をかけたのではないかと想うのです。

 冒頭の視形線図を、6月27日ブログに載せた「札幌市街之図」1918(大正7)年と較べてみます。
札幌市街之図大正7年 札幌区、藻岩村境界付近 琴似川
 赤いで囲った「琴似川」の文字の位置に注目しました。冒頭の大正13年視形線図では鉄道の北側から南側まで間隔を開けて書かれているのに対し、この大正7年市街図では鉄道の南側にまとまっています。6月27日ブログで述べたように、書かれ方としては旧円山川に遡る流路が琴似川であるかのようです。しかも、右方(東方)の川に添えられた「琴似川支流」との対比で、本流であるかのごとくです。

 冒頭の大正13年視形線図に戻ります。
札幌市視形線図 琴似川の「川」の箇所
 飛び飛びに書かれた「琴似川」の文字のうち、「川」の字の箇所をトリミングしました。「川」の字は、前掲大正7年市街図よりもさらに南側に書かれています。西側から別の川が合流する地点よりも上流です。この書かれ方だと、「琴似川」は完全に旧円山川と見做せます。

 下掲は、1910(明治43)年に出された「札幌区全図」という市街図です。
札幌区全図 明治43年 琴似川、支流
 赤いで囲った「琴似川」の文字は、鉄道の北側にまとまって書かれています。

 3枚の市街図だけで即断するのは危ないのですが、明治43年→大正7年→大正13年と時代が下るにつれて、「琴似川」が旧円山川に特化されていったようです。
 コトニの由来は本来的には、知事公館や植物園などのコッネイでした。凹んだ土地です。凹地のメム(泉池)を源とする川が、下流で他の川も交えて一本にまとまり、明治以降、琴似川と総称されるようになりました。総称だったはずが、旧円山川に遡って本流視されるようになった。なぜか。

 私はここでも、昨日ブログで引用した『札幌区史』1911(明治44)年が一役買ったと推理します。
札幌区史 札幌郡西部図リライト ホンコトニ
 リライトされた明治6年地図です。「ホンコトニ」。左方(西方)に流れる水色でなぞった旧円山川が、ホン(=アイヌ語で「小さい」)ならぬ「本流の」琴似川と誤解されたのではないか。奇しくもというべきか、旧円山川が琴似川(の本流)とされている市街図は、『札幌区史』が刊行された明治44年より少しあとの大正期です。

 ポンコトニ、ホンコトニ、本琴似、琴似本流。もちろん、アイヌ語の語義に精通する有識者がホン、ポンを誤解するはずはありません。さりとて印刷出版文化のすそ野が広がる時代にあって、かような地図の細部まで諸賢人の目が行き届いたかどうか。
 念のため申し添えます。私の妄想は明治大正期の民間発行地図への賛辞です。時空逍遥を堪能させてもらえるのも、北海石版所をはじめ往時の出版文化人のおかげです。感謝は尽きません。
  
 注①:同図については2019.2.12ブログに関連事項記述
 注②:北海石版所については2015.1.22ブログに関連事項記述
 注③:同図の「凡例」には「同高線」とある。
 注④:山田秀三『札幌のアイヌ地名を尋ねて』1965年、p.52
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Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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