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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 新型冠状病毒退散祈願

2020/05/19

白石区と豊平区の区境をめぐる地理的特異点 ⑦

 昨日でこのテーマは終えるつもりだったのですが、触れておきたいことを思い出してしまいました。すみません。もう少し続けます。
 それは、特異点の由来というより、“その後”のことです。
現在図 豊平区・白石区区界 特異点
 現在図であらためて確認します。豊平区と白石区の区界を赤い実線、東北通を黄色の実線でなぞりました。区界の北東側が白石区東札幌、南西側が豊平区豊平と同区美園です。赤く網掛けした区域が特異点になります。町名は豊平区美園1条です。都市計画道路の東北通の北東側は大半が白石区なのに、ここだけ豊平区がいわばはみ出ています。

 私が気になったのは、「ここに住んでいる(住んでいた)人たちは、どう思っているのだろうか?」です。特に不便はないのかしら? 白石区東札幌への編入は望まなかったのだろうか?
 本件に類似した境界上の特異点を過去に逍遥したことがあります。自治体間をまたぐ境界は“金目”の問題が生じるので、変わりづらいようです(2019.4.24同.425ブログ参照)。一方、別の特異点で、前にエピソードをお聴きしたことがあります(2018.8.22ブログ参照)。住んでいる人にすると、他律的な事情で環境が変わったからといって、いわばアイデンティティともいえる土地の名前は変えたくないようです。ましてや本件は明治以来百年以上に及ぶ村界の名残で、しかも今は行政区をも分かちます。都市計画道路で遮られたからといって、新しく住んだ人はともかく元からの人の心情は察せられることです。

 特異点の付近を空中写真で遡ります。
 2008(平成20)年
空中写真 2008年 豊平区・白石区区界特異点
 黄色の実線でなぞったのが東北通、赤いで囲ったのが豊平区美園の特異点です。町並みは連坦しています。

 1976(昭和51)年
空中写真 1976年 豊平区・白石区区界特異点
 1972(昭和47)年に政令市に移行し、豊平区と白石区の区界が分かたれた後です。東北通の道路幅員が目立ちます。

 1961(昭和36)年
空中写真 1961年 札幌市白石町・豊平町境界特異点
 地理院サイトによると、この写真は同年5月2日の撮影です。この年の5月1日に札幌市と豊平町が合併しました。白石側は1950(昭和25)年に白石村が札幌市と合併していますので、境界は札幌市白石町東札幌と同市美園です。東北通が短絡して、現在の形で通じています。特異点が顕在化しました。

 1948(昭和23)年
空中写真 1948年 白石村・豊平町・札幌市境界
 東北通は短絡していません。クランク状です。北西から南東へクランクして通じる東北通と、これに直交する横丁通を赤い細実線でなぞりました。東北通の北東側が白石村、南西側のうち横丁通の北西側が札幌市、南東側が豊平町です。

 昨日ブログまでこの境界線の箇所を特異点と表現してきましたが、1948年時点を俯瞰すると必ずしもそうは言いきれません。白石村側はたしかに、この地点で境界線がカクンと折れています。しかし、東北通の南西側は横丁通をもって札幌市と豊平町で市町界を分かっており、札幌市、豊平町のそれぞれは特異というわけでもありません。白石村、札幌市、豊平町の3市町村による境界は1910(明治43)年、豊平町の札幌寄りの区域が札幌区(当時、後に札幌市)に編入されたことにより生じました。

 境界線の変化を、空中写真にあとづけます。
 1910(明治43)年~1950(昭和25)年
空中写真 1948年 白石村・豊平町・札幌市境界 市町村名加筆
 札幌市(市制前は札幌区)、豊平町、白石村による境界です(画像は1948年空中写真)。

 1950(昭和25)年~1961(昭和36)年
空中写真 1948年 豊平町・札幌市境界(1950年) 市町名加筆
 白石村が札幌市と合併しました(画像は1948年空中写真)。この市町界も、特異性は感じられません。

 1961(昭和36)年~1972(昭和47)年
空中写真 1961年 札幌市白石町・豊平・美園町界 町名加筆
 豊平町が札幌市と合併しました(画像は1961年空中写真)。
 東北通が短絡化したことで、美園の一部があたかも白石町側にはみ出る形になりました。赤の網掛け部分です。通りが短絡化された正確な年は未確認ですが、たぶん合併と時期を一にしたのでしょう。

 私は1961年空中写真で町並みを眺めて「特異点が顕在化しました」と前述したのですが、境界線という視点で見ると、現在ほどの特異性はなかったのではないかと想像しなおしました。札幌市の「町」(自治体としての「町」ではなく)の境目で、しかも3分割されているからです。現在は白石区と豊平区という2分割が際立ちます。明治時代の白石村・豊平村の境目に先祖帰りしたかのようです。
 昨日までのブログで私は、白石区・豊平区の区界を白石村・豊平村の村界にひきつけて、特異視してきたきらいがあります。東北通の短絡化によって、その特異性が強化されたと観たのです。しかし、顕在化したのは1972年の政令市移行、区制施行以降ではないでしょうか。その間、豊平村(豊平町)自体が、この地点を境目にして札幌区(札幌市)に切り離されていました。1910年から1961年まで、51年の“分断”です。一方で政令市移行、区制施行の1972年からは今日まで48年。
 実際に古くからお住まいの方の心境を伺いたいものです。
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≪ 白石区と豊平区の区境をめぐる地理的特異点 ⑧ホーム白石区と豊平区の区境をめぐる地理的特異点 ⑥ ≫

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Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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