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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 胆振東部地震お見舞い

2020/01/16

札幌市西区と手稲区の境目

 昨日ブログに続き、手稲山の山頂から札幌市西区と手稲区の境界線のことに転じます。区界、すなわちその原形となった元の上手稲村と下手稲村の村界はどのように分かたれたか。

 現在図の西区・手稲区の区界と札幌郡手稲村当時の大字上手稲村・下手稲村の大字界を較べてみます。
 まず現在図。
標高220m未満から100mごと10色 西区・手稲区区界
 元図は標高220m未満から100mごと10色段彩の標高図で、二点鎖線が区界(北側が手稲区、南側が西区)です。手稲山頂に黄色の、三等三角点「手稲峰」の位置に赤いを付けました。

 次に札幌郡手稲村当時の地図(『手稲町誌』添付)です。
札幌郡手稲村(大字三村時代)地図 上手稲村・下手稲村村界
 「三村時代」すなわち大字上手稲村、下手稲村、山口村の大字界が引かれています。一点鎖線の北側が下手稲村、南側が上手稲村です。手稲山頂に黄色のを付けました。

 後者は略図で、どこまで正確かという問題があります。比較しづらいのですが、大字界は現在の区界と異なっているようです。全体に、手稲山頂から現在の区界よりも北に通じているかに見えます。区界は山頂東方の小山(ネオパラ)の頂まで尾根筋を通じていますが、大字界が引かれているのはネオパラらしき小山の北斜面です。そこから沢に落ち込みます。この沢は三樽別川の上流のようです。区界のほうはいったん南東側の沢をまたぎ、三等三角点「手稲峰」に達しています。
 後者の三村時代の地図で気になるのは、大字界にほぼ並行して南側に引かれている赤い実線です。凡例によると村道らしい。村道といっても、山の中に開かれた林道だったのでしょう。この林道がむしろ現在の区界線に近いように私には見えます。
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Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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