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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 胆振東部地震お見舞い

2019/10/09

オノダチ

 札幌建築鑑賞会「大人の遠足」2019秋の編で訪ねる一つに、「札幌村郷土記念館」があります。

 先日下見をしたとき、同館の敷地の一角に新たな碑が立っているのを確認しました。
札幌村郷土記念館 明治天皇行幸記念碑
 黄色の矢印を付けた先です。明治天皇行幸記念碑。7月にうかがったとき、館長さんから建碑のことはお聞きしていました。

 背面に由来文が刻まれています。
札幌村郷土記念館 明治天皇行幸記念碑 背面
 「明治十四年八月三十一日 明治天皇は大友堀を中心に開墾された農業の実情を御視察になられました 令和元年十月 札幌村郷土記念館保存会 建立」

 同館ほか編『東区今昔3 東区拓殖史』1983年に、明治天皇の行幸について次のように記されています(p.151、太字)。
 現在札幌村郷土記念館裏の橋詰(伏籠橋)左岸にあった小高い丘の麓で乗馬よりおりられ、丘に登って四方を展望、農業の状況を親しく御覧の上元村を経て行在所に御帰還なされた。

 これは、「御野立」ですね。大正生まれの母がいなかったら、私はこういうコトバは知らなかったでしょう。パソコンで「おのだち」と入力しても出てきません。死語と化しているようです。
 前述書には、記念館の裏手に「小高い丘」があった旨記されています。どこでしょうか。
 色別標高図で見てみましょう。
標高図×1948年空中写真 元村
 1948(昭和23)年空中写真に、標高12m未満から1mごと7色段彩で重ねました。白ヌキ矢印を付けた先が現在記念館がある場所です。

 そのあたりを拡大します。
色別標高図×1948年空中写真 札幌村郷土記念館あたり
 白ヌキ○が記念館の位置です。

 現在図と重ねます。
色別標高図×現在図 札幌村郷土記念館あたり
 標高図は現在の状況ですので、明治時代からは地形が改変されている可能性がもちろんあります。
 「大人の遠足」のネタバレになりますので、穿鑿はひとまず措きましょう。
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≪ 地下鉄東豊線の駅 構内の壁画は何を伝えているか?ホーム近未来を先取りし続ける厚別区 ≫

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Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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