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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 胆振東部地震お見舞い

2019/08/11

支笏火砕流は札幌をどれだけ埋め尽くしたか

 8月6日ブログの末尾で私は、古豊平川が石山陸橋を越えて真駒内川方面に流れていた条件を、次のように記しました(太字)。
 現豊平川から穴の川にかけての標高がかつて、石山陸橋から真駒内川の標高よりも上回っていたことが条件となりましょう。その条件は、4万年間の支笏カルデラ大噴火によって成立したらしい。空前の火砕流が押し寄せて、現豊平川~穴の川のあたりを埋め尽くし、今よりも標高が高い地盤が形成された。では、どれくらいの高さにまで至ったのか。

 4万年前の支笏火砕流が「どれくらいの高さにまで」堆積したか。結論的にいうと、現在の石山緑地のあたりで標高210mくらいだったそうです。元の標高が約90mで、つまり火砕流は約120mの厚さで堆積しました(末注①)。

 標高210mというと、実際どれくらいの高さか。石山陸橋から豊平川の対岸、硬石山を眺めた画像を再掲します(7月1日ブログ参照)。
平岸通 石山陸橋から“望豊”
 この場所の標高が約117mです。単純にいうと、この高さを越えて火砕流が堆積したことになります。向かいの硬石山の頂上は標高390mです(末注②)。手前の豊平川のあたりで標高約90mなので、山は比高にして約300m。火砕流が標高210mまで堆積したということは、現豊平川(標高90m)からの比高で120mになります。画像に写る硬石山の中腹の3分の1強、乃至半分弱くらいの高さまで埋まったということです。今もし同じことが起きたら、手前に写っている中高層の集合住宅は火砕流に没するのですね。イタリア、ベスビオ火山の噴火で埋まった古代都市ポンペイもかくや。

 注①:南区石山緑地のあたりでの堆積。北海道総合地質学研究センター第4回公開講座「4万年前、札幌を埋め尽くした支笏火砕流-札幌軟石は支笏火山の置き土産-」2019年6月8日、関根達夫氏のご教示による。
 注②:前掲画像で見える硬石山の尾根は約372m(国土地理院サイトによる)。
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Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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