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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 胆振東部地震お見舞い

2019/08/10

モショッケショマナイ

 「アイヌ語地名と北海道」展(北海道博物館で開催中)を観覧して、もう一点写真に撮ったのが明治29年地形図5万分の1です。
明治29年地形図 札幌、平岸、江別、長都 北海道博物館展示
 「札幌」「平岸」「江別」「長都」のそれぞれ一部をつなげて、拡大して壁一面に貼られています(地名は着色加工)。
 実際の地形図の縮尺よりはるかに大きく、かつ札幌と近郊を連続して見渡せて、新鮮です。屯田兵村が札幌本府の主に西半分に配置されつつ、水運の要衝たる江別、篠津、野幌にも設けられたのだなあと、いまさら気づきました。

 ところで、その江別兵村に「モショッケショマナイ」が描かれています。
明治29年地形図 江別 北海道博物館展示 モショッケショマナイ
 黄色の矢印を付けました。今は亡きモショッケ川(7月30日ブログ参照)です。

 この川は、明治6年札幌郡西部図にもそれらしく描かれています。
明治6年札幌郡西部図 モショケショマナヘ?
 画像が粗くて読み取りづらいのですが、左下から右上へ「モショケショマナヘ」でしょうか。

 その一帯を現在の色別標高図で観ます。
色別標高図 江別 旧モショッケ川一帯 標高8m未満から2mごとに10段階
 標高8m未満から2mごとに10色段彩しました。黄色の△を付けた先が、旧河道の石狩川への合流口です。標高図をにらんでいると、何となく川跡が見えてくるような気もします。

 合流口には現在、樋門が設けられています。
江別 モショッケ川 石狩川の合流口 樋門
 7月30日ブログで、「地形的にみると、モショッケ川は石狩川の支川ですが高低差はあまりなさそうです。本川の流量がちょっと増えたら、たちまち支川を遡りそうに想えます」と末尾を締めくくりました。前掲標高図に照らすと、この樋門からモショッケショマナイを少し遡った辺りでも、あまり標高が変わらない、どころか低くさえ見えます。
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Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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