FC2ブログ

札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 胆振東部地震お見舞い

2019/08/09

初三郎師は「北海道鳥瞰図」で何を描き、何を描かなかったか ③

 昨日ブログに記したとおり「北海道鳥瞰図」1936年には、林業試験場と「野幌原始林」が描かれています。その部分を拡大しました。
鳥瞰図 吉田初三郎 1936年 野幌原始林
 画像上方を左右に引かれている赤い太実線は国鉄函館本線です。札幌から豊平川を渡ったら白石、厚別を飛ばして「野幌」が書かれています。その下に「林業試験場」とあり、庁舎が仔細に配されています。

 1927(昭和2)年に建てられ、現存する旧庁舎です。 
旧北海道林業試験場庁舎
 これに照らすと、前掲の絵図で建物もそれらしく描かれているのが判ります。

 さらに、試験場庁舎の下方に「野幌原始林」が描かれています。この扱いがまた、大きい。
北海道鳥瞰図 吉田初三郎 1936年 全体 野幌原始林
 「北海道鳥瞰図」の全体を見渡しても、視認できます。屏風の中央の折り目のやや左、黄色の○で囲ったところです。

 のみならず、前掲の拡大画像に戻ると、森林内の道路や建物も詳しく描かれています。
 1936(昭和11)年10月7日、昭和天皇はこの地を行幸しました。そのときの行程図です(北海道庁『昭和11年陸軍特別大演習並地方行幸北海道庁記録』1938年、p.239)。
昭和11年陸軍特別大演習並地方行幸北海道庁記録 北海道林業試験場略図
 赤い○を付けた「林業試験場」から橙色の○の「事業舎」まで、破線の矢印のとおり「御巡覧」しました。
 その様子は次のように記録されています(同上書pp.271-272、太字、旧字体は通用字体に変更、文中闕字はママ)。
 標本陳列館より御愛馬白雪号に召され、場長の御先導に依り  秩父、三笠宮殿下御同列にて鬱蒼たる原生林内二里の林道を蹄の音も軽く約五十分に亘り御巡覧遊ばさる。其の間 陛下に於かせられては  竜顔殊の外麗しく常に微笑を湛へられ 両殿下と御睦じく御楽しげに御物語りあらせられ、又 秩父宮殿下御自ら御一行を御撮影遊ばされ給ふなど、茲に図らずも 陛下御兄弟宮のいとも和やかなる御団欒の御様子を拝し臣下一同感激の余り感涙を催せり。
 事業舎に著御の上、約四分間御休息の後、御自動車にて大沢に成らせられ、御昼餐を召され 両殿下を始め奉り、供奉高等官、池田長官、場長等に御陪食を賜ふ。


北海道林業試験場ニ於テ御召替ノ上秩父三笠両殿下ト林内御散策中ノ陛下
 (同上書、「北海道林業試験場ニ於テ御召替ノ上秩父三笠両殿下ト林内御散策中ノ陛下」 この写真に写る林内の道については2017.11.15ブログ参照)

 陸軍特別大演習に伴う昭和天皇の札幌及び近郊での行幸先は以下のとおりです(同上書)。
 10月6日 北海道庁種畜場
 10月7日 官幣大社札幌神社、札幌控訴院、北海道庁、北海道林業試験場
 10月8日 北海道工業試験場、北海道農事試験場、北海道帝国大学

 林業試験場に先立つ北海道庁への行幸では「天覧室」で次のように天覧しています(同上書p.271、太字)
 池田長官の御説明に依り本道の面積、人口、気象、教育、農産、畜産、水産、林産、工産、礦産、貿易に関するグラフ、北海道鳥瞰図、写真等を五分間に亘り、いとも御熱心に天覧あらせ給ひ、     
 
 ここで「北海道鳥瞰図」を「御熱心に天覧」したわけです。『北海道博物館 第5回特別展 アイヌ語地名と北海道』図録2019年には、鳥瞰図の制作経緯を次のように記しています(p.114、太字)。
 当時の新聞記事によれば、初三郎は、約80日間にわたって全道を調査し、そこで描きためたスケッチをもとに原図を制作した。原図を北海道庁において修正したのち、あらためてこの天覧用鳥瞰図を「謹製」したという。陸軍特別大演習と「地方行幸」に関わる施設のほか、1934(昭和9)年に指定された国立公園が紹介されている。

 私は拙ブログの標題を「初三郎師は『北海道鳥瞰図』で何を描き、何を描かなかったか」としましたが、正確には「鳥瞰図はどのように修正されたか」と修正すべきかもしれません。図録では「陸軍特別大演習と『地方行幸』に関わる施設」が紹介されていると解題されています。たしかに、林業試験場などの行幸先がフォーカスされているのはよく判りました。聖地が精緻に描かれた。しかし特別大演習のほうはどうでしょうか。昨日一昨日ブログに記した「本来そこに描かれてもよかろうものがあえて描かれていない」ことと併せ、「どのように修正されたか」、陸軍大演習がどのように紹介されたか、されなかったか、気になります。

 『図録』は「鳥瞰図」について次のようにも述べています(p.114、太字)。
 開拓が始まってから約70年後の北海道の地理的情報を残し、北海道観光の浸透を予感させる、象徴的な絵画である。鳥の目線から描かれた北海道のかたちは一見歪んでみえるが、その風景描写のなかに描かれた駅名やその他の名称の数々は、当時の北海道の主要な地名を伝えてくれるとともに、風景だけではわからない多くの情報を添えている。風景と地名は相互に情報を補完しあうなど、相性がいいようだ。

 本鳥瞰図は、逆説的な言い方になりますが、描かれなかった「風景と地名」が「多くの情報を添えている」ように私は思えます。1936年という時代性を「予感させる」、「象徴的な絵画」です。
スポンサーサイト

≪ モショッケショマナイホーム初三郎師は「北海道鳥瞰図」で何を描き、何を描かなかったか ② ≫

Comment

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

コメントの投稿

管理人にのみ表示する

Track Back

TB URL

Home

 

プロフィール

keystonesapporo

Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

カレンダー

07 | 2019/08 | 09
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

最新記事

最新コメント

カテゴリ

閲覧者数(2015.9.4からカウント)

検索フォーム

ランキング

↑ クリックすると、ランキングが見れます。

月別アーカイブ

管理画面

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

最新トラックバック