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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 胆振東部地震お見舞い

2019/07/15

旧千歳線が上野幌の辺で湾曲していたのはなぜか?

 私も一員として加わっている「厚別区民歴史文化の会」では、一昨年から「厚別歴史散歩」を催行しています。昨年の様子は「あつべつ区民協議会 ニュースレター」2019春号をご覧ください。
 今年も9月下旬を予定し、上野幌を歩きます。テーマは「境目が栄えたわけ? 消えた地名“立花”の秘密~」です。自分で文案を作っておいて言うのも何ですが、ちょっと扇情的な表現になってしまいました。羊頭狗肉にならぬよう努めます。私はともかく、土地の生き字引のお歴々の話を、歩きながら聴きたいものです。「雪印バター誕生の記念館」も、内覧させていただく機会がなかなかないので楽しみです。と、主催者自ら悦に入ってしまうのも、いいのか悪いのか。詳細はおって厚別区役所サイト「あつべつ区民協議会」ページで案内されると思います。

 下調べのために地域を歩いたり文献を漁ったりしている中で、古い地形図が目に留まりました。 
地形図1/25,000「月寒」昭和5年発行 北海道鉄道
 1/25,000「月寒」1930(昭和5)年発行です。

 1926(大正15)年に通じた「北海道鉄道」(のちの国鉄千歳線、旧軌道)が描かれています。赤線でなぞってみました。苗穂から逆S字状に転回して「つきさっぷ」「おおやち」と直進し、厚別川を渡ったところでぐいと北東へ湾曲します。水色の線でなぞったのが厚別川です。湾曲線上に「かみのっぽろ」を配し、このたび探訪する「立花」のあたりで南東へまた曲がります。黄色の○で囲ったところです。白石村と広島村を分かつ野津幌川を越えて南下します。濃い青が野津幌川です。

 気になったのは、厚別川と野津幌川の間で北海道鉄道が湾曲していることです。これ、ナンデでしょうかねえ。つきさっぷ、おおやちと直線的に敷かれているのだから、厚別川の先もまっすぐ延ばしてもよかろうものを、まるで何かを避けるかのように、あるいは何かに惹きつけられるかのように、湾曲している。これだったら、国鉄函館本線の「しろいし」から南東へ直線的に敷いてもよかったのではないかと思えるくらいです(「しろいし」駅は橙色の○で囲ったところ)。そうせずに「なえぼ」からこれまた不自然なくらい短い屈曲半径で逆S字状にしてまで鉄路を設けたのは、「つきさっぷ」駅の南側にあった陸軍歩兵25連隊の立地ゆえだとは思います。せっかくそこまでして通したのに、なぜ厚別川で曲げたのか。

 という話を先日、上野幌を下見して歩いたときに諸先達に尋ねましたところ、「それは、………だからだよ」と聞きました。要は上野幌駅の用地を寄付してくれた人がいたから、ということです。駅設置に伴う用地寄付のことは『拓魂 上野幌百年のあゆみ』1985年にも書かれています(pp.165-166)。しかし、私は今一つ解せません。駅用地「だけのこと」で、鉄路そのものをここまで大きく弯曲させたのだろうか。
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Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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