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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 胆振東部地震お見舞い

2019/05/15

造り酒屋を営んでいた亡父生家の遺物

 飛騨高山でこのたび亡くなった伯母(5月12日ブログ参照)は、私の亡父の姉に当たります。伯母や亡父の生家は、愛知県の蟹江町というところで造り酒屋を営んでいました。地主でもあったので(2017.1.19ブログ末尾参照)、戦前は比較的裕福だったと思います。ただし、戦後は小作に貸していた土地を農地解放で失い、没落しました。酒造のほうは戦時中の経済統制で閉じられたようです。私の祖父の代まででした。跡は伯父(亡父の兄)を経て、現在は従兄が継いでいます。
 
 その従兄宅に遺る、造り酒屋当時の二升徳利です。
源正 二升徳利
 伯母の告別式のお斎のとき従兄に頼んだところ、早速画像を送ってくれました。

 従兄によれば、この二升徳利は「100年以上前」のモノといいます。昭和初期だとしても、90年前になります。腹に書かれている「源正」は、屋号です。造っていた酒の銘柄とも亡父からは聞いていたのですが、とまれ私には懐かしい名前です。母からも、私が赤ん坊の頃でもまだ、ご近所から「源正さん」と呼ばれていたと聞いたことがあります。店をたたんで20年くらいなら、呼び継がれていたのですね。

 私はこの屋号を地元の旧町史で活字として見た記憶があるのですが、実際のモノを目にしたのは初めてです。造り酒屋を営んでいた“物的証拠”に、ようやく巡り会えました(末注)。
 「源正」の「源」は、蟹江町の字名の一つ「源氏」に由来するのでしょう。造り酒屋はもともとその地名のところにあったと、亡き伯父の生前、聞きました。のちに(亡父の生家の所在地に)移ったそうです。「源氏」という地名の由来は…長くなるのでやめます。
 拙ブログ以外にこの歴史を伝える場はなかろうと思って綴りました。これまで札幌をはじめとするさまざまな時空を逍遥してきた延長です。自分自身の出自を外すわけにもいかなくなりました。といっても、直截的には別の(いたって個人的な感慨に基づく)動機があります。私の名前の一文字はこの屋号に依ったのかもしれないなどと想像したことです。

 注:私が郷里(愛知県)にいた40年ほど前には店蔵や酒蔵の建物が遺っていたが、現存はしていない。いずれも土蔵造だった。土蔵は物置となっていて、なにやらいろいろなモノが収納されて薄暗かった。薄暗いというより真っ暗だったような気もする。小学生のとき、奥へ入ったら抜け出れなくなってしまう恐怖心を抱いた覚えがある。
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≪ 40年の時空は偶然か、必然かホーム飛騨高山で時空逍遥 ③ ≫

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Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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