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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 胆振東部地震お見舞い

2019/03/23

「慈恵」はどれだけ遺っているか

 講演会とか市民向けの○○講座といったたぐいの催事の醍醐味の一つは、受講者とのやりとりといえるでしょう。いわゆる質疑応答などです。前にも記したように、どこから“弾”が飛んでくるか、およそ想像がつきません(2018.1.6ブログ参照)。「お話とは直接関係ないかもしれませんが…」という切り出しで、かなりマニアックなお尋ねが出たりします。これを受けるのは、自らが喋り手となってこそ得られる貴重な体験です。
 講師の話を一方的に聴くだけなら、極論すればわざわざ会場に出向く意味はありません(末注)。ただし、2月25日ブログへのコメントでご指摘されるとおり、私自身が主催に関わる行事も含め、質疑応答は工夫の余地があると思います。
 
 という前置きのもとで、自分が俎上に載らないで聴衆の一人として参加するのは気持ちが楽です。質疑応答も、ゆとりを持って耳を傾けられます。3月23日に開催された「さっぽろ川めぐり講座」も、その一つです。この「講座」は、昨年度私も語り手を務め、今年度は主催者から周知への協力を依頼されたこともあり、面白くお聴きしました。

 講師のお話の後に参加者のお二人から出された質問が、以下のとおりです。
 ・手稲区を流れる川で、三樽別川などはアイヌ語由来である。「軽川」にもアイヌ語の(由緒ある?)川名があったのに、なぜ「軽川」に変えられたのか?
 ・南区から豊平区にかけてかつて流れていた「小泉川」は、郷土史の本などでは札幌新陽高校のあたりにミナモトがあったとされているが、もっと奥から流れていたのではないか?

 実に局部刺激的です。この日の本来のテーマからすればどうかなとは思うのですが、自分が当事者でないと楽しめます。「世の中には、こういうことに疑問を持つ人がいるんだなあ」と、自らを棚に挙げつつ、感銘しました。
 私は後者のことが差し当たって気になり、質問された方を終了後につかまえ、いろいろお尋ねしました。我ながら、輪をかけています。その話はまた別に譲るとして、早速現地に足を運びました。

 小泉川(2017.10.11ブログ参照)のことはさて措いて、まず気になったのはこちらです。
精進川 慈恵橋
 地下鉄南北線の「自衛隊前」駅の近くを流れる精進川。

 地上を走る地下鉄に並行する平岸通に、「慈恵橋」が架かっています。
精進川 慈恵橋 橋名板
 学校法人名に冠しつつも高校の名前からは消えた「慈恵」が、地域にどれだけ遺っているか、探してみました。

 注:著書名は忘れたが、これは本多勝一氏の持論
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≪ 「慈恵」はどれだけ遺っているか ②ホームフシコハチャムと鮭見川のつながりぐあい ≫

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1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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