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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 胆振東部地震お見舞い

2019/03/13

手本は二宮金次郎 手稲東小学校

 1872(明治5)年の「時習館」に由来する伝統校です。
手稲東小 二宮金次郎像 正面
 校舎内に設けられている郷土資料コーナーで像を拝みました。

 教頭先生によると「旧校舎当時からのもの」だそうです。
 「開校百周年記念」の『ていねひがし』1972年に、1943(昭和18)年同校卒業の方が像のことを記しています(pp.118-122、引用太字)。
 門を入ると左側に奉安殿が威厳を保ち、正面玄関には二宮金次郎の銅像あり、…(中略)
 平和な毎日でしたが昭和十六年十二月八日突如大東亜戦争が勃発しました。(中略) 献金箱を並べて銅製品、タバコの包み紙、銀紙まで献納しました。敬愛してきた二宮金次郎の銅像まで献納させられました。当時の学童は皆心から嘆いたと思います。(中略)
 私共卒業生一同献納された二宮金次郎をもう一度復元させようと、瀬戸ではありましたが卒業記念に建立寄贈しました。
 前掲の安置されている像は、二代目と思われます。ただし、見たところ金属製というのが引っかかります。上記の文脈からすると、建立は1943年の卒業時ですが、戦況ますます深刻な時期に金属での復元は難しかったことでしょう。この一節以外に金次郎像への言及はなく、「創立115年」「120年」の周年記念誌にも記述は見当たりませんので、仔細は不詳です。

 教頭先生のお許しを得て、何を読んでいるか確かめました。
手稲東小 二宮金次郎像 書物
 「一家仁一國興仁…」です(2015.4.8ブログ4.135.35.45.55.76.3ブログ参照)。『大学』。
 
服装はニッカボッカ型、背負っているのは柴か。柴は二束に束ねています。 
手稲東小 二宮金次郎像 側面
 壁にiPadのマークが貼られているのにどういう意味があるのか、お訊き漏らしました。“歩きスマホ”の連想かな(2016.4.22ブログ参照)。
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Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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