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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 胆振東部地震お見舞い

2019/02/10

伏古・Mさん宅の納屋

 昨日ブログの続きです。
 東区伏古のMさん宅で馬小屋が解体されたのは「昭和50-60年頃」、周辺が区画整理されて宅地化されるときだったといいます。資料に当たると、この界隈の土地区画整理事業は1970(昭和45)-1976(昭和51)年です(末注①)。空中写真を追うと、たしかに1971(昭和46)年と1976(昭和51)年で区画整理が進んでいる様子がうかがわれます。その中でMさん宅では、1976年に写っている建物が1981(昭和56)年になくなっています。どうもこれがMさんのいう馬小屋のようです。「昭和50-60年頃」というのは、まず1975(昭和50)年前後に区画整理事業、その後1980(昭和55)年頃に馬小屋の解体という時系列で理解できます。

 さて、昨日ブログの末尾に記したようにMさん宅には軟石建物が一棟、現存しています。
伏古 Mさん宅 納屋
 腰折れ屋根の納屋です。
 
 Mさん宅はタマネギのほか酪農も営んでいました(末注②)。本件は牛舎で、腰折れの小屋裏には「牧草やワラを入れていた」とのことです。妻破風の“高所ドア”トマソン(2015.5.8ブログ参照)化している引き戸が、干し草などの出し入れを物語っています。かつては煉瓦のサイロもあったそうです。
 建築年代はMさんが1958(昭和33)年に嫁ぐ前、「しゅうとの代に建てたもの」ということで、お話からすると昭和戦前、または戦後の早い時期と思われます。空中写真で見ると、1948(昭和23)年米軍撮影にそれらしき屋根が写っていますが、不鮮明で確証は得られませんでした。昭和20-30年代(昭和戦後期)としましょう。

 軟石建物の築年別内訳を、本年1月7日ブログから更新します(カッコ内は母数413棟に対する百分比)。
  明治期:17棟(4.1%) 
  大正期:29棟(7.0%)
  昭和戦前期:52棟(12.6%)
  昭和戦後期:102棟(24.7%)
  昭和後期-平成期:49棟(11.9%)
  不詳:164棟(39.7%)

 酪農は1985(昭和60)年頃、周辺が宅地化されて「臭いの苦情が来るようになり」、やめたそうです。
 
 注①:「札幌市土地区画整理位置図」による。
 注②:土地柄からしてタマネギが主で、酪農は副業的であったと思われる。「牛も飼っていた」というところか。
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Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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