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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 胆振東部地震お見舞い

2018/06/11

北光線(東8丁目通り) 東区最大のクランクの謎 ④

 6月9日ブログの続きです。
 東8丁目通り(主要市道真駒内篠路線)は、東1丁目通り(市道幌北線)を基線として915m(503間)の距離で引かれています(各道路中心線で計測)。町(チョウ=60間)に換算しても、整数になりません。これは何に由って来たるのか?

 可能性として排除できない説を、一応考えたいと思います。
 そのまえに、東8丁目通りを俯瞰してみましょう。 
現在図 東8丁目通り クランク2箇所
 本件北12条のクランク(黄色の○の箇所)とは別に、北1~2条にもクランクがあります(橙色の○の箇所)。
 
 後者のクランクがなぜできたかは、昨年考察しました(2017.7.21、23、24、28、30、31ブログ)。原因はひとことでいうと、創成川からの起算の違いです。このクランクの南側は71間を基数にして71×6街区=426間で設けられ、北側は8町(=480間)という距離で線が引かれた(2017.7.31ブログ参照)。
 71間とは60+11間です。明治の初期、札幌本府の碁盤目状街区は、基本的に街区60間+道路11間路で区割りされました(2017.7.24ブログ参照)。

 では、その‘71間基数説’を503間に当てはめるとどうなるか。503/71≒7.08。ほぼ街区7つ分です。東1丁目通りまたは東8丁目通りを幹線道路として広幅員にすると、どうか。たとえば道路を1本だけ17間にすると、503間に合致します(末注)。(60+11)×6+(60+17)=503。
 つまり、碁盤目の7街区に区割りすることを想定して、東8丁目通りの線を引いた。この説を採ると、東8丁目通りの北12条以北は、先祖帰りしたともいえます。

 注:札幌本府でも、開拓使本庁舎周辺は15間とか20間で設定されている。『さっぽろ文庫50 開拓使時代』1989年、p.52
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Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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