札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。

2017/10/09

豊平・Ⅰ商店の蔵 1950年の浸水 ②

 昨日ブログのつづきです。 
 1950(昭和25)年、豊平で用水路が氾濫し、室蘭街道(弾丸道路、現国道36号)沿い、旧平岸街道北端あたりの家屋が浸水しました。氾濫した用水路とは、どこを流れていたのか?
 Ⅰさんご夫妻にあらためてお訊きしました。Ⅰさん同様、この浸水を体験したⅠさんのご主人によると「定山渓鉄道豊平駅の月寒寄り側を流れていた」とのことです。 
 おそらく、明治期中~後期に開削された「四箇村連合用水路」の一つと思われます(末注①)。四箇村とは豊平、白石、上白石、平岸の各村です。一帯の水田開発のために、平岸用水から水を引いて広域に張り巡らされました。主導した一人が、拙ブログにたびたび登場する阿部仁太郎です。
 明治29年、大正5年、昭和10年5万分の1地形図では、用水路(平岸用水など)は主だったものしか読み取れません。もう少し史料を漁ってみましょう。

 「四箇村連合用水路設計平面図」からの抜粋です(末注②)。
四箇村連合用水設計平面図 抜粋
 方位は10時半の向きが北です。用水路とおぼしき実線を水色でなぞりました。加筆した①②③④はそれぞれ第一号、第二号、第三号、第四号用水路です。濃い赤でなぞったのが室蘭街道(現国道36号)、赤い線が平岸街道です。平岸用水は、実際には平岸街道の真ん中を流れていましたが、便宜的に道と水路の色を並べてなぞりました。
 この図は「大正元年九月製図」とあるので、もちろんまだ定山渓鉄道は描かれていません。後に豊平駅ができるところに黄色の○を付けました。この近くを第3号用水路が流れていました。[つづく]

注①:『平岸百拾年』1981年によると、1894(明治27)年9月に道の認可が下り、同年12月に竣工した(p.166)。用水路は第一号から第十五号まで掘られ、同年に竣工したのは第一号から第四号まで。
注②:『さっぽろ文庫・別冊 札幌歴史地図‹明治編›』1978年p.10。この図には用水路が第十五号まで描かれている。
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1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。

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