札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。

2017/10/08

豊平・Ⅰ商店の蔵 1950年の浸水

 札幌建築鑑賞会「大人の遠足2017秋編」を、10月6日、8日の2回にわたって終えました。
 参加された53名の皆さん、お疲れ様でした。地元・豊平の郷土史家Nさんにはその都度おいでいただき、お世話になりました。同じく、豊平でお生まれ育ちの鑑賞会スタッフⅠさん(10月6日ブログ参照)も、‘語り部’になってくださいました。お聴きしたのはいずれも、郷土誌の行間に潜むようなお話でした。

 ‘旧’平岸街道(10月2日ブログ掲載現在図の桃色でなぞった道)の国道36号入口近くに遺るⅠさんの生家の蔵です。
ヤマ利 Ⅰ商店 蔵
 生家は1909(明治42)年に海産物商として創業し、その後食料品酒類を広く扱うようになり、室蘭街道沿いでも有数の卸商でした。画像右方、ブリキ製?の扉にⅠ商店の印が書かれています。板が打ち付けられていて半分隠れていますが、「∧(ヤマ)利」という印です(黄色の矢印の先)。

 Ⅰさんは商家のあゆみを「少女の目でみた昭和史」として2001年に上梓されました。
 ご著書には、1950(昭和25)年の夏、このあたりが洪水で床上まで水に浸かったことが記されています(末注)。蔵には軟石を積んだ‘室’(むろ=地下室)があるのですが、水没してしまいました。いわば天然の冷蔵庫で、バターやチーズなどの乳製品やビールやサイダーといった飲料が保管されていましたが、商品にはならなくなってしまったそうです。

 私がⅠさんの本を読み、お話をお聞きして「おや」と思ったのは、洪水の原因です。水は「定鉄の豊平駅のあたりや豊平小学校のほうから」流れてきました。さらに元をたどると「東山水源の田圃の水が定鉄線路の横を通り排水口に入るようになっていたのだが、夜来の雨で溢れでて」きたとのことです。どうも用水路の氾濫なのですね。豊平で洪水、氾濫というと豊平川か望月寒川か、と私は一瞬想ったのですが、そうではない。1950年には、床上まで浸かるような氾濫を用水路が起していました。[つづく]

 注:『池上商店物語』2001年、pp.120-130
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1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。

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