札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。

2017/09/06

藻岩村道路元標が見当たらない! ②

 南2条西24丁目、「藻岩村道路元標」が建っていたところです。
南2条西24丁目藻岩村道路元標跡
 黄色の矢印を付けた先、青いセーフティコーンが置かれているあたりに、あったと思います。この通りは裏参道から南東へ伸びる、いわゆるナナメ通りです。

 在りし日の元標です。
藻岩村道路元標
 2013年10月に撮りました。高さ40~50㎝くらいでしょうか、民地側にポツンと建っていました。

 元標のウラ面です。
藻岩村道路元標 ウラ面
 「昭和三年建設 北海道廰」と刻まれています。

 『さっぽろ文庫45 札幌の碑』1988年によると、大正期、藻岩村が札幌の郊外住宅地として発展し、道路網が整備されることになりました(以下、引用太字)。
 「大正十年、十五万八○○○円という予算で円山のメーンストリート作りが計画され、同十二年から着手された。当時の村の年間歳出が三万四○○○円弱であったことを思うなら、いかに大きな工事費であったかが理解できる。工事は南七条から北一条に至る西二四丁目線で、当時は琴似街道と呼ばれていた。この工事の主任として采配を振るったのが役場書記の三関武治。札幌の生き字引と呼ばれるほど歴史に詳しい人だったが、いまはすでに亡い。三関宅にのこっている小さな自然石の道路元標が、思い出をたどるよすがになっている」(p.28)。

 その「よすが」が、見当たりません。
 冒頭に載せた現在の風景に、プレハブの仮設家屋が建っているところに、三関さんのお住まいがありました。どうやら、お住まいがなくなったことに伴い、元標も撤去されたようです。
藻岩村道路元標跡 近景
 元標の位置は現在、仮設プレハブの駐車スペースになっており、おそらくクルマの出入りに邪魔くさかった可能性があります。

 ちなみに、本件元標が面していたナナメ通りは明治の開拓草創の頃から拓かれた(それ以前からあった?)古道です。大正期に整備されたのは、札幌区に連なる碁盤目状の道路です。本件元標が大正期整備の新道を原点にしたものならば、古道に面している(いた)のは不自然ではあります。三関さんが元標を遺すために、位置をずらしたのだろうか。

 ところで、前掲プレハブ仮設家屋の前には「建築計画のお知らせ」看板が立っています。
南2西24 建築計画のお知らせ
 マンションが建つようです。このデベロッパーに訊いたら、本件元標の行方が分かるかもしれません。余談ながら看板に書かれているデベロッパー(建築主)のT不動産という会社は、これまでも私が時空逍遥する先々でよく出くわしました。拙ブログで過去に取り上げた物件にもゆかりがあります。[つづく]
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1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。

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