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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 胆振東部地震お見舞い

2017/07/26

島判官は、大友堀を本府建設の基軸として計画したか ②

 札幌市役所ロビーの島義勇像です。
市役所ロビー 島義勇像
 1971(昭和46)年に建立されました。

 台座正面には、島が詠んだという七言律詩絶句が刻まれています。「他日五洲第一の都とならん」という有名な漢詩です。揮毫は、この像が建つ前まで市長だった原田与作氏。
 台座背面には、建立時の市長板垣武四氏による碑文が銘鈑に記されています。その中に、次のくだりがあります(引用太字)。
 既に北方の事情に通じていた義勇は、北方の開拓を進めるためには札幌の地に中心を移す必要があるとし、十月末(引用者注:明治2年)雪を踏んでこの無人の地に入り、ここに京都を模して整然とした区画割りを行い、都市建設に着手した。

 1869(明治2)年10月当時の札幌が「無人の地」だったとは私は想わないのですが(末注①)、この碑が建立された1971年の為政者の、大袈裟に言えば歴史認識をが伝える一文であり、これはこれで存在価値があります。1971年はこの市庁舎が落成した年で、その前年に札幌市は人口が百万人を超え、翌年の1972年には冬季オリンピックを開催、政令指定都市に移行しました。イケイケどんどんの時代ですね。
 それはさておき。
 私の歴史認識も、この銅像によって刷り込まれていたようです。「無人の地」うんぬんは措くとして、「ここに京都を模して整然とした区画割りを行」った、という。銅像のインパクトは大きい。しかも、置かれているのが市役所のロビーですからね。

 南1条東1丁目、創成橋たもとの「札幌建設の地」碑です(2014.9.5ブログ参照)。 
「札幌建設の地」碑
 こちらは1966(昭和41)年の建立。
 台座碑文(当時の市長原田与作氏)には、次のように書かれています(引用太字)。
 この地は銭函から千歳に抜ける道と藻岩山麓を通り篠路に行く道路との交点に當り 明治貮年拾壹月拾日開拓判官島義勇石狩大府の建設をこの地から始め その意をついだ岩村判官は同四年参月 札幌の町割をここを中心として行い 民家を建てることを許した 今日の札幌市はこの附近を基点として發達したのである

 これも、場所が場所だけに、影響されました。

 このあたりの史実とその解釈について、札幌市公文書館のEさんが2014年に講演されたのを私は聴きました。Eさんは新市史第二巻の「島判官の札幌本府建設」を執筆しています。公文書館に行って、Eさんと話をしてきました。
 私の疑問点をあらためてまとめると以下のとおりです。
 ①島判官は、大友堀、銭箱道の交点を基点とする(または、それぞれを基軸とする)本府建設を計画(構想)したか?
 ②島判官は、「京都を模して整然とした区画割り」をおこなったか?
 ③島判官は、大友堀と銭箱道の交点から、「石狩大府」の建設を始めたか?

 Eさんとの話で得られた結論は以下のとおりです。
 ・①②③を明確に裏付ける史料は見つかっていない。
 ・島が来たときの札幌の中心部で人工的なモノといえば銭箱道と用水(大友堀)くらいなので、(街をつくる)目安にはなっただろう。
 ・(島の在任中に札幌で)大友堀に沿って実際に道が敷かれ、家屋が建てられているので、大友堀は基軸になったといえるかもしれない。ただし、当初からそれを構想していた、とまで言い切れるかどうかは疑問。
 
 Eさん曰く「まあ、歴史の解釈の問題ですね」と。前掲の銅像や記念碑の碑文が誤りだ、とただちに断ずるのもどうか。
 私もそう思いました。結局、史料的に裏付けられた事実か、それを解釈したものか、その違いをアタマの片隅に置くことが大事なのですね(末注②)。

 注①:豊平川両岸には吉田茂八と志村鉄一がいて、元村に大友亀太郎が拓いた御手作場があり、篠路に早山清太郎がいた。そして、彼らに先んじてヌプサムメム付近に琴似又市らがいた。これらを言挙げするのは‘後出しじゃんけん’のきらいがあって気が引けるが、忘れないようにはしたい。北海道150年を記念するとか、冬季オリンピックを再び、というなら、なおのこと。台座のうしろの小さな碑文まで読む人はあまりいないとは思うが、そうはいっても市役所のロビーである。
 注②:どういう史実(事実)を切り取るか、が問題でもある。客観的事実とはいっても、どういう事実を採りあげるかは、主観である。ただし、事実の捏造があってはならないのはいうまでもない。
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≪ 菊水3条1丁目の戦跡ホーム島判官は、大友堀を本府建設の基軸として計画したか? ≫

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Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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