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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 胆振東部地震お見舞い

2017/06/28

東皐園

 北区新琴似を通ったら、とある集合集宅の名前が私の目に飛び込みました。
東皋園ハイツ
 思わぬところで思わぬ名前に出くわした、というのが、私が抱いた印象です。
 
 集合住宅の名前というのは、こちらです。
東皋園ハイツ 拡大
 「東皋園ハイツ」。「皋」というのは「皐」という字の異体字で、「こう」と読みます。「とうこうえん」です。
 詳しい所在地は避けますが、とにかく新琴似です。「ほう、こんなところに東皋園を冠した集合住宅があるのか」と思いました。

 札幌の郷土史に通じている諸賢には、かつてこの名前の付いた花園があったことをご記憶の方もいらっしゃると思います。私は文献でしか知らないのですが、現在の東区北11条東1丁目あたりにありました。「かつて」というのは、明治の初期から昭和の中頃ぐらいまでです。造園家のRさんがご自身のブログでこの花園のことを、作った上島正(かみじまただし)という人物の足跡とともに簡潔にまとめておられますので、ご参照ください。⇒http://blog.sapporo-ryu.com/?eid=1681及びhttp://blog.sapporo-ryu.com/?eid=1680

 文献などでは「皐」のほうの東皐園と表記されていることが多いようですが(末注)、いずれにせよ東区の北11条あたりにあった花園の名前が、なんで北区の新琴似の集合住宅に付けられているのだろう? 私は固有名詞だと思っていたのですが、もしかしたら普通名詞なのだろうか。建物を写真に撮りつつ、帰宅してから文献とゼンリン住宅地図をひもときました。
 そして、上島正のご子孫がこの集合住宅の近くにお住まいであることを知りました。どうやら、東皋園ハイツは上島さんのご子孫が建てたものらしい。なかなかオツなネーミングをしたものです。東皐園が、こんな形で名残をとどめていたとは。

注:『さっぽろ文庫66 札幌人名事典』1993年の「上島正」の項には、異体字の「東皋園」と表記されている(p.99)。なお上島は厚別ともゆかりがある。『厚別 黎明期の群像』2013年に、上島が記した日記や描いた書画が詳細に解題されている(pp.64-76、pp.213-268)。 
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Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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