fc2ブログ

札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 新型冠状病毒退散祈願

2020/04/21

新川の上流はなぜ、琴似川と呼ばれるか? ⑦

 昨日ブログの記述を訂正します。
 昨日載せた1973年河川網図で、直線的流路(末注①)の上流に「『新川』と書かれています」と私は記したのですが、その部分をあらためて観て、間違いに気づきました。正しくは以下のとおりです。くだんの河川網図を再掲します。
札幌市河川網図 1973年 新川周辺 再掲
 私が「新川」と誤読した箇所は、赤いで囲ったとおり、「新琴似第2排水」です。「新川」の「新」ではなく、「新琴似」の「新」でした。

 したがって、直線的流路のこの部分、すなわち発寒川(現・琴似発寒川)との合流点より上流(南東側)の区間の川名が1973(昭和48)年当時もまだ「新川」だったということはできません。では、現在と同じく、すでに「琴似川」と変わっていたのか。残念ながら、そのようにも読み取れません。「琴似川」と判別できるのは昨日ブログに記したとおり、直線的流路の南東端から南へ遡っている細い実線の川の箇所です。発寒川との合流点の上流(南東側)と下流(北西側)で、もし直線的流路の川名が異なっているならば、地図上になんらかの表示があってもよいかろうと思います(末注②)。しかし、表示がない=川名が異なってはいない、とも言い切れません。

 この地図ではっきりしているのは、発寒川との合流点の上流(南東側)と下流(北西側)ともに、直線的流路が一律に「2級河川新川水系及び星置川水系.指定区間」(昨日ブログ参照)という色塗りであることです。なお、その南東端から遡る「琴似川」は細い実線で描かれています。地図に添えられた凡例によると、これは「普通河川」です。「普通河川」とは、河川法の適用を受けない川をいいます(末注③)。はっきりしていることを付け加えるならば、直線的流路とその南東端から遡る「琴似川」とはこの時点で河川法上の扱いが異なっていたということです。

 新たに気になっていることがあります。「琴似発寒川」です。前掲1973年河川網図では「発寒川」と書かれています。いつから琴似発寒川になったのでしょうか。どうもこの名称変更は、直線的流路の上流の川名変更(新川→琴似川)と、ほぼ軌を一にしているようです。

 注①:先日来拙ブログで主題にしているとおり、現在は琴似発寒川との合流点との下流(北西側)のみが「新川」で、上流(南東側)は「琴似川」だが、かつては直線的流路がまるごと「新川」と称されていた。上流部分は時代によって呼称が異なるのだが、そのつどこれを記すのは煩雑なので、上流と下流を一括する場合は便宜的に「直線的流路」とする。
 注②:現在の河川網図では、琴似発寒川との合流点に区切りの線が引かれ、直線的流路の上流と下流にそれぞれ「琴似川」「新川」と書かれている。4月19日ブログ参照
 注③:札幌市サイト「札幌市の河川」ページ「札幌市の河川分類」参照
 ↓
 http://www.city.sapporo.jp/kensetsu/kasen/menu02-01.html
スポンサーサイト



ホーム

Home

 

プロフィール

keystonesapporo

Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

カレンダー

03 | 2020/04 | 05
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

最新記事

最新コメント

カテゴリ

閲覧者数(2015.9.4からカウント)

検索フォーム

ランキング

↑ クリックすると、ランキングが見れます。

月別アーカイブ

管理画面

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

最新トラックバック