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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 新型冠状病毒退散祈願

2020/03/07

鈴木煉瓦の工場の位置

「鈴木レンガ工場跡」を伝える「白石・歴しるべ」です。
白石・歴しるべ「鈴木レンガ工場跡」
 白石区平和通6丁目南、平和通に面する角地に立っています。傍らのお宅には、これまた土地の記憶を受け継ぐかのごとき煉瓦の塀です。

 昨日ブログで私は、このあたりの煉瓦工場の立地をあとづけました。おおまかにいうと、工場は大正時代までは函館本線の近くにあり、その後昭和に入ると少し南側に移っています。鉄道の近くに工場が設けられたのは明治時代、鈴木煉瓦によってです。鈴木煉瓦は昭和期には廃業し、別の業者が引継ぎました。昭和期「少し南側に」移った工場は、引き継いだ業者によって設けられた、というのが私の理解です。
 しかるに前掲「白石・歴しるべ」が立つのは、後者の「少し南側」に当たります。私の理解からすると、この場所を「鈴木レンガ工場跡」といってよいのか、疑問が生じるのです。

 現在図で位置関係を整理します。
現在図 鈴木煉瓦工場跡
 赤い:明治時代、鈴木煉瓦の工場が設けられたところ(囲ったのはおおまかです)
 黄色の:昭和期、新たに煉瓦工場が移ったところ(同上)
 赤い:「白石・歴しるべ」の「鈴木レンガ工場跡」が立つ地点

 前掲「歴しるべ」には次のように書かれています(引用太字)。
 「鈴木煉瓦製造場」の初代 鈴木佐兵衛は東京生まれで明治15年9月渡道し、この地で明治17年7月(又は6月)工場を建設して、鉄道用レンガを製造したとの記録がある。
  「この地」というのは、ピンポイントで「歴しるべ」の立つ地点を指すのか、それともおおまかに白石駅の鉄道以南ととらえているのでしょうか。前者だとすると、私の理解と異なります。
 
 この「歴しるべ」の内容を詳しくまとめた冊子版の札幌市白石区役所『白石歴しるべ』1999年は、1948(昭和23)年空中写真(米軍撮影)を載せ、鉄道沿いに「初期の鈴木煉瓦製造場跡」と書き添えています(p.39)。これは大正期の地形図に付された「煉瓦工場」記号の位置です(昨日ブログ参照)。前掲現在図で赤いを塗ったところに当たります。
 一方、写真にはその少し南側に「焼き窯」とか「干場」と加えられています。これは昭和期の地形図の煉瓦工場記号の位置です。その「焼き窯」と書かれたあたりを現在に当てはめると、前掲「歴しるべ」説明板が立つ場所になります(前掲現在図の黄色の及び赤い)。
 同書では、後者の「焼き窯」などが鈴木煉瓦当時からのものなのか、後の業者が設けたものなのか、定かでありません。しかし、「後の業者によるもの」と限定してもしません。現地「歴しるべ」の記述からしても、この場所も含めて鈴木煉瓦の工場の一帯だったという前提のようです。

 ちなみに、同書及び現地「歴しるべ」には、鈴木煉瓦産の煉瓦が東京駅に使われたと書かれてもいます。これも疑問のままです(2016.2.14ブログ参照)。
 私にはまだまだ、わからないことが多い。
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keystonesapporo

Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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