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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 新型冠状病毒退散祈願

2020/02/27

大工の棟梁

 2月17日18日ブログで、札幌市公文書館に収蔵されている古写真に写る建物を推理しました。「朴沢家資料」の一枚です。今さら告白するのも気が引けるのですが、「推理」というのは口幅ったいことでした。実は、この写真には「札幌ガス会社屋棟上げ」という標題が記されているのです。「札幌ガス会社」というなら、「ははん、あそこにあったアレか」と察しが付きます。別に、建物のディテールや横断幕に描かれている社章を手がかりにするまでもありません。すぐにはわからなくても、今のガス会社に当たりを付けて、社史をひもとくなどすれば答えに近づけます。名探偵を装って大風呂敷を広げて失礼しました。ただ、このガス会社社屋を朴沢棟梁が手がけたということから、伊藤組の施工だったということ(末注①)を私は知ることができました。収穫です。もっとも、これも伊藤組のほうの社史を追えばわかることかもしれませんが。

 ところで、いま「朴沢棟梁」と記しました。これまでも拙ブログ記述で本件資料にかかわって私は「棟梁」と添えてきましたが、これは既往解題文献に依っています(末注②)。しかしこのたび、「棟梁」という肩書の使い方に無頓着だったなあと反省するに至りました。きっかけは、ほかならぬ2月16日の札幌市公文書館「札幌閑話」です。この日、角幸博先生(北大名誉教授)が(‘受講者’の一人として)来られてました。「閑話」が終わってから、角先生が講師に「棟梁」のことを尋ねたのです。曰く、朴沢の名が書かれた棟札では「大工」とあるのみだが、「棟梁」と記された史料はあるやなしやと。この日の演題はまさに「大工の棟梁~『朴沢家資料』からみる札幌の建物~」だったのですが、講師は建築の専攻者ではなくそこまでは未確認のようでした。傍で聞いていて、専門研究の世界では職能の用語一つにも厳密を期すのだなあと思い知った次第です(末注③)。

 と、ここまでが前置きでして、本日ブログも朴沢家資料からまた古写真を取り上げて逍遥したいと思っていました。しかし前置きだけで冗長になりましたのでやめます。逍遥する古写真のみ、載せます。
朴沢家寄贈古写真 豊平川鉄橋工事

 注①:2015.3.16ブログ参照
 注②:同上2015.3.16ブログ参照。朴沢は「「明治33年、旭川第七師団の兵舎建設のため伊藤亀太郎に招かれて北海道入りをし、組の棟梁として七師団兵舎落成後も、札幌中央郵便局、札幌駅、北海タイムス社、(中略)等の代表的建築物を手がけた」(栃内和男「郷土史料小解」『「新札幌市史」機関誌 札幌の歴史』創刊号1981年、p.54)。
 注③:同上2015.3.16ブログで私は次のように記した。「朴沢の名は、『伊藤組百年史』1998年において第七師団建設(明治32-35年)の項で出てきます(p.104、偕行社の棟札の記載として。ここでは棟梁ではなく「大工」)。朴沢はその後棟梁として腕を振るっていったのでしょう」。後段は史料的裏付けに基づかない憶測であることを、噛みしめる。
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Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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