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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 胆振東部地震お見舞い

2019/10/02

一号用水路の弯曲

 昨日ブログの続きです。 
 明治時代に開削された「四箇村連合用水路」は、札幌近郊農村に稲作水田の道を拓きました。その一つが「一号用水路」です。その流路は現在も札幌市の管理河川として生きています。ただし暗渠ですが。

 1948(昭和23)年空中写真で、流路を俯瞰します。
空中写真 1948年米軍 1号用水路 広域
 濃い青の実線でなぞりました。水色は小泉川です。平岸街道を通した用水路から東へ流し、東裏本通を過ぎて現在の美園との境目あたりで北東へ進みます。

 昨日ブログの末尾に記した「東裏本通のあたりで弯曲」している部分を再掲します。
空中写真 1948年 一号用水路 小泉川との交差
 もし用水路を湾曲させずに直進させた場合を、破線で想定しました。ちょうど東裏の草分け、Sさんのお屋敷にかかります。一号用水路は、まるでSさんの敷地(周囲の水田も含めて?)を迂回したかのようです。

 直近(2008年)の空中写真で一号用水路を跡づけます。
空中写真 2008年 東裏本通 一号用水路跡
 濃い青の実線でなぞりました。いま「跡づけます」と記しましたが、前述したとおり暗渠で現在も通じています。札幌市の管理河川名としては「1号用水」。2016年3月8日3月9日ブログに記したときはその存在に感動しただけで終わってました。こんにちに至り「この弯曲はなぜ?」の思いに達したのです。

 結論的にいうと、小泉川との交差が原因かなと推理しました。
 前掲1948年空中写真でその部分を見つめます。
空中写真 1948年 一号用水路と小泉川の交差
 水色ので囲ったところです。

 用水路と小泉川が直接交差しているように見えます。人工的水路が自然河川と交わるとき、いまなら導水管や水道橋で跨がせるでしょうが、ここではどうもそのまま通したようです(「いまでは」と記したが、古代ローマでは水道橋を築いたりしていた)。弯曲は、小泉川からの水流との調整のためだったのではなかろうか。

 色別標高図に一号用水路をなぞりました。
標高図 平岸面 小泉川、1号用水
 標高35m未満から2mごと10色段彩、一号用水路は濃い青、小泉川は水色です。 
 いまさらですが、一号用水路は西から北東へ、小泉川は南から北へ流れています(いました)。地形的には、札幌扇状地の平岸面が南西から北東へ広がり、なだらかに下り勾配です。用水路を湾曲させず、直進的に通す(破線で想定)と、小泉川との交点で用水路の勾配率が高くなるように見えます。高低差が大きくなる。これが、あんばい悪かったのではないか。土木技術にはまったく疎いので、専門家のご教示を乞いたいものです。立体模型を作って、実験してみますか。

 Sさんのところは、一号用水路に頼らずとも小泉川から直接水を引いて用水を確保できそうです。Sさん宅の南東方面の水田への用水を確保するために、流路を迂回させたのだろうか。
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Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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