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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 胆振東部地震お見舞い

2019/09/13

クラーク博士 馬上別離の訓言 ‘this old man’は誰のことか

 9月5日ブログで、クラーク先生の島松駅逓での別れの言葉について記しました。有名な“Boys, be ambitious!”のあとに続けられた‘like this old man’の‘this old man’が誰か?です。私はクラーク自身だと思っていました。「旧島松駅逓所」のガイドさんは、そうではないといいます。
 では誰か。

 ガイドさんによると、それを教えてくれるのは下掲の絵です。 
道庁赤れんが 舎内の絵画「島松での別離」
 道庁赤れんが庁舎に掲げられている作品「島松での別離」(田中忠雄)。

 左方に描かれた馬上の人がクラーク先生とみられます。
道庁赤れんが 舎内の絵画「島松での別離」 クラーク先生
 先生が指さした先にいるのが、‘this old man’だというのです。

 指さした先には、誰がいるか。
道庁赤れんが 舎内の絵画「島松での別離」 クラーク先生 指さした先
 島松駅逓の主人、中山久蔵らしい。

 これまた著名な寒地稲作の功労者です。
道庁赤れんが 舎内の絵画「島松での別離」 中山久蔵?
 北海道米のこんにちがあるのは、この人のおかげに行き着きます。これもガイドさんの受け売りですが、「きらら397」というのは、中山久蔵が明治の初めに島松で成功させた「赤毛種」を397回、改良の重ねたものだそうです。

 その久蔵を指して、クラーク先生は「この老人のように、野心的であれ」と告げたという。
 「いや、だって…」と私は内心であらがいました。寒い北海道でコメづくりなどするなといって西洋式農業を推し進めたのがクラーク先生ではないか。その意に反して(?)しかし稲作を成功させてしまった人を持ち上げるか。

 念のため申し添えますが、このテーマはいわば言葉遊びに近い世界です。史実がどうであったかということは、正直言ってほとんど棚上げしています。突き詰めれば、クラーク先生がかの名言を本当に発したのかですら、疑わしいのですから。前掲の絵画にしても、想像の産物でしょう。あの場面は、たしか写真も残っていない(撮られてなかった?) ようです。という大前提のうえで、たとえば次のように遊んでもみましょう。構図的にみるならば、クラークは手前で見送る人たちのかなり背後に立つ中山久蔵を指して、近称の指示形容詞‘this’を使うだろうか、とか。あの距離で、しかもしゃべる相手との位置関係なら、遠称‘that’だろう、とか。

 いや、私が言いたいのはかような次元を超えたところにあります。
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keystonesapporo

Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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