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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 胆振東部地震お見舞い

2019/09/01

箱館奉行所 てっぺんと足もとを鑑みる

 五稜郭のカタチに惑わされてはいけない。ようやく私が達した境地です。
 8月27日ブログの冒頭で、私は「五稜郭というのは、矛盾、妥協、模索、試行錯誤の産物だったのではないか」と記しました。近世の城郭という枠組みからすればそうなるのかもしれません。電網検索していると、「最弱の城」といった評価も散見されます。おそらく、郭内のあれこれの土木構造物などを軍事技術史的な眼で観てしまうからでしょう。箱館戦争という実際の軍事的激動の一舞台となったことも影響しています。
 「城」の呪縛から離れ、平時を想定した政治的シンボルの近代的先駆けとみましょう。これは、やはり明治の擬洋風の先取りです。と、いま「擬洋風」と記して、このコトバの不思議さをあらためて想いました。「洋風」自体に「西洋的な」とか「洋式を模した」という響きがあります。それに「擬」を冠するのは冗語・畳語的ですが、定義はあると思うので措きます。

 郭内に復元されている箱館奉行所です。
箱館奉行所 外観
 大屋根の棟中央に載っかっている太鼓櫓にも、私は明治擬洋風にありがちな塔屋に通じる象徴性を感じてしまいました。

 明治になると、こうなります。いや、私が独自に発展形と解釈したものです。
時計台 時計塔
 こちらは「擬」洋風というより本格的洋風ですが、プロポーションからするとぎこちなさがあります。機能的には太鼓櫓の延長ともいえる。あるいは、前者の太鼓櫓をやはり先駆けというべきか。前者の完成が1864(元治元)年、後者は14年後の1878(明治11)年です。 

 「この太鼓櫓の屋根までは約17mほどの高さとなるようで、おそらく五稜郭築造当時には、郭外から土塁越しに銅色または緑青の屋根が見えていたものと考えられる」(末注①)。
箱館奉行所 太鼓櫓
 箱館戦争時は、函館港の新政府軍軍艦による艦砲攻撃にさらされます。「最初のうちは命中率が悪く、バラツキがあったが、しだいに正確に郭内に着弾するようになった。どうやら、五稜郭内の役所の太古櫓の銅葺屋根が目標となったようで、やがてはこの太鼓櫓に命中して多くの死傷者を出すこととなった」(末注②)。太鼓櫓の存在は軍事的には“失敗”ですが、逆に五稜郭が「軍事的な要塞ではなかったことを証明する結果となった」(末注③)のです。

 ところで、太鼓櫓のてっぺんに、さらになにやら載っかっています。
箱館奉行所 太鼓櫓 てっぺん
 これは機能的な意味のあるモノでしょうか。一種のピナクルとかフィニアル? だとすれば、ますますもって象徴的です。

 実は本日のブログで採り上げたかったのは、箱館奉行所のてっぺんではなく、足もとです。
箱館奉行所 基礎石
 基礎に使われている石。これでuhbみんテレ「となりのレトロ」9月2日放送につなげたかった。が、長くなったのでやめます。

 注①:田原良信「五稜郭と箱館奉行所」函館の歴史的風土を守る会会報『れきふう』59号、1998年7月20日、pp.11-13
 注②:同上『五稜郭』2008年、p.29
 注③:同上p.30
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keystonesapporo

Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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