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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 胆振東部地震お見舞い

2018/08/31

9月2日篠路駅周辺まち歩きに備えて

 9月2日に催される「篠路のまちづくりを考える第2回シンポジウム」が明後日に近づきました。その第1部・篠路駅周辺「まち歩きワークショップ」の資料を作り終えたところです。これまで調べてきた内容を再構成したものですが、A4判全9ページ、そこそこの力作??になりました。
 資料は力作になりましたが、当日は私はあまりしゃべらんことにしましょう。先に記したとおり、駅前の風景をぼーっと眺めるだけでも意味があるのではないかと思います。ぼーっと見てたら、チコちゃんに叱られるかもしれませんが。

 駅周辺まち歩きを控え、7月30日に開催された「篠路駅東口駅前広場の在り方検討会議(第2回)」で、出席した委員の一人の発言を思い出します。

 地元の小学生を現地学習で案内したりしている。個人的には篠路駅と駅前のマツの木には由緒を感じたが、軟石の倉庫には感じなかった。

篠路駅東口 180507
篠路高見倉庫 201805
篠路農協煉瓦造倉庫 2号、小豆加工場、17号

 発言はこの委員の感性に基づくものであり、もとより「いい悪い」「正しい、間違っている」という話ではありません。「いや、私は由緒を感じます」と反駁しても、「議論」にはならない。
 あえて言わせてもらうと、私はこれまで札幌軟石の倉庫などをあちこち訪ね、この委員が感じないという「由緒」を感じることができて、幸せです。見るモノ、聞くモノ、ときに触るモノ、嗅ぐモノなど、身近なところでそれらのモノに「お宝」を感じて満足します。公共交通の料金程度で満足感を得られるのですから、こんなありがたいことはない。

 しかし、これを他者に「押し付ける」ことはできません。「押し付ける」ことはできなくても、自分が「お宝」と感じることは伝えたい。どこまでが押しつけで、どこまでがそうでないか、この線引きも難しいところです。8月3日ブログで伝えたように、お役所ですら(お役所だから、なのか)、「地域のお宝、教えてください!」とまで奨励しています。「あなたが残したい・伝えたいものは何ですか?」と。お宝を感じる→残したい、伝えたい心情は連続帯です。

 くだんの委員の感性と私のそれのどちらが多数か、実際に調べたことはありません。憶測でモノを言うのは慎みつつ、いくつか挿話的に記します。
 8月18日の「わきあいあい篠路まちづくりの会」に参加していたとき、会場となっていた地域食堂にたまたま若い女性が入ってきました。その彼女は、駅前の軟石倉庫をお宝と感じていました。なぜ、軟石倉庫を遺したいか。「あるものを壊すのはもったいない」から。
 「倉庫には由緒を感じない」と宣った先の「検討会議」の委員は、年配の男性です。何をお宝と受け止めるか、まあ、年齢や性別という属性で傾向を云々するのも慎みましょう。

 8月23日、STVの夕方の番組「どさんこワイド179」で、篠路の街と歴史が特集されていました。私も7月に出させてもらった「てくてく洋二」というコーナーです。ここでも、駅前の軟石や煉瓦の倉庫のことがお宝視されていました。かような公共の電波に乗るところを見ると、まんざら少数でもないのかなとも思えてきます。
 今回の案内人を務めた札幌市公文書館のEさんによると、テーマは札幌のタマネギで、候補地は当初、丘珠と篠路の2箇所だったそうです。結果的に篠路になったのですが、Eさんから「あんたの差しがねでないかい?」と疑われてしまいました。いやいや、私にテレビ局への影響力なんてありません。もとはといえば、私が7月に出演したのはEさんの推挙です。私は「そんな悪知恵、はたらきませんよ」と否みつつ、思い出しました。そういえば6月、この番組の担当ディレクターHさんから「街中だけでなくて、郊外も取り上げたいんですよね」と言われたとき、私は「郊外なら、いまホットなのは篠路ですよ」と口走ったなあ。

 2日の篠路駅周辺まち歩きに備えて、公文書館のEさんにもご教示たまわりました。STVの番組では「農産地・篠路」がクローズアップされていましたが、Eさんが提示したキーワードは「駅前文化」です。そうなんだよな。駅と駅前倉庫はセットです。「駅は由緒があるが、駅前倉庫は由緒がない」、あるいはその逆という二元論ではなく、駅あっての倉庫、倉庫あっての駅なんだわさ(北海道弁)。もし篠路駅に「由緒」が感じられるとすれば、周辺の倉庫群がそれを演出しているのかもしれません。 
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2018/08/30

札沼線 謎かけ五題

 望月橋の目くるめくカオスに酔いしれています(昨日ブログ参照)。ほんとうは、こんなことに嵌まりこんでいる場合ではありません。8月27日ブログに載せた私の当面の予定にあるとおり、今度の日曜、9月2日に催される「篠路のまちづくりを考える第2回シンポジウム」で、「まち歩き」の案内人を務めます。その準備に余念がない。…はずでいなければならないのに、余念だらけではありませんか。しかも、札幌建築鑑賞会通信『きー すとーん』次号の発行も近い。編集長Sさんのお顔が脳裏に浮かびます。

 篠路駅前の「まち歩き」に備えては、これまで調べてきた倉庫の歴史を土台にしようと思っています。ただ私は駅や札沼線のことに疎い。駅のことは、今回の行事を主催する母体でもある「篠路まちづくりテラス『和氣藍々』」で、参加者の多くはすでに学んできています。また、今回一緒に案内する塚田敏信先生が詳しいので、私があらためてモノ申すことはありません。とはいえ、自分自身の予備知識は蓄えておきたい。

 そこで昨日、北海道鉄道史の生き字引にお目にかかりました。
 『北海道の鉄道』2001年
 田中和夫先生です。

 先生の著述を拝読し、お話も直接伺って、札沼線に関する謎かけを思いつきました。
 ① 札沼線は‘東武鉄道’だった?
 ② なぜ、桑園につながったか?
 ③ なぜ、急行が走らなかったか?
 ④ もともと‘学園’都市線だった? 
 ⑤ 篠路駅にまつわる田中和夫車掌のエピソード

 
 ただし、9月2日は篠路「駅前」がメインテーマなので、直接は関係ありません。時間的にも、当日は触れる余裕がないので、拙ブログで遊ぶこととします。

 余談ながら、先生には別件でご教示いただきたいこともありました。申すまでもなく、旧薩摩藩士にて開拓使札幌麦酒の生みの親・村橋久成に光を当てたのが先生です(本年6月4日ブログ)。先生はすでに40年以上も前、開拓使の古文書を洗いざらい漁っておられます。
 
 これまた8月27日ブログに載せた私の当面の予定にあるとおり、私は来たる10月28日、「北海道ヘリテージウィーク」の「地域の歴史・文化を学ぶ講座」でお話をします。小一時間ほどいただく拙話のテーマとして考えているのが、「薩幌」です。薩摩と札幌のつながり。会場が旧永山武四郎邸・旧三菱鉱業寮なので、永山を中心に語りたいと思っています(本年6月22日ブログ参照)。それには、先達の御高論を抜きにできません。

 結局、私の時空逍遥は網の目のごとく、どっかこっかでつながっているのですね。というか、万里を飛んだつもりでいて、やはり偉大な先人の掌の中を遊んでいる。

2018/08/29

もう一つの「望月橋」

 昨日ブログで、国道36号における月寒川の望月橋望月寒川の月寒橋という‘あっぺ’現象について記しました。

 ‘あっぺ’現象そのものはかねて指摘されているようなので、私の考察は望月橋の読み方を主眼とします。「もつきばし」ではなく「もつきばし」と読ませたところに、私は道路管理者たる開発局の意図を感じたのです。「望月寒(もつきさむ)川」とは関係ないぞという言い訳を読み取りました。いや、言い訳と言ったら開発局に悪いですね。

 昨日ブログに寄せられたコメントの一節を以下、引用します。
 月寒川の「望月橋」は月寒川を望むからなんだなぁ。望月寒川の「月寒橋」はまさにここから月寒というところであり36号線に架かる橋としてはそうなるよなぁ……
 
 実は私も、ほぼ同じ解釈をしていました。細かく言うと、月寒川上の「望月橋」を地図で見たとき、私は「月寒を望む橋」かなと思ったのです。そして現地で「もうつき」の読みを確認して、その思いを深めました。「もしかしたら『ぼうげつ』かな」とも予想したのですが、それだと「もちづき」、‘full moon’に解される恐れがあります。
 ひょっとしたら「もうつき」の読みは、開発局の後付けかもしれません。しかし、「橋の名の‘あっぺ’なんてありえない」。これも、正常化バイアス(8月25日ブログ参照)でしょうか。

 アイヌ語地名に精通していない内地人のために(といって私が熟知しているわけではないが)、望月寒川の読みが「・つきさむ」川である意味を念のため確認しておきます。
 望月寒=モ・チキサ=小さい・月寒川
 月寒=チキサまたは シ・チキサ=本流の月寒川

(山田秀三『札幌のアイヌ地名を尋ねて』1965年、pp.135-141、末注)
 
 「望」=「モ」=「小さい」です。札幌では知られるとおり、札幌の「円山」はもともと「モイワ」=「小さい山」でした(現在の「藻岩山」はもとともとは「インカルシペ」。堀淳一先生いうところの「地名の引越し」)。

 閑話休題。
 昨日ブログの末尾で、望月寒川にも「望月橋」があること、さらに下流には「望月寒橋」があることを記しました。これらは川の名に由来する「望月」「望月寒」でしょう。ならば読みは「もつき」「もつきさむ」に違いあるまい。
 念のため現地へ行ってみることにしました。

 その前に、橋の位置を地図で確認しておきます。
地図 月寒川 望月寒川 望月寒橋 月寒橋 
 着色凡例は以下のとおりです。
 濃い青:月寒川
 水色:望月寒川
 赤い:望月橋(国道36号)
 橙色の:月寒橋(国道36号)
 黄色の:もう一つの望月橋
 桃色の:望月寒橋(国道12号) 

 もう一つの「望月橋」は望月寒川の上流にあります。
望月寒川 望月橋
 豊平区西岡1条8丁目と南区澄川6条4丁目を分かつ境界上です。「西岡87号線」という市道なので、管理者は札幌市になります。

 さて、どう読むか。
望月寒川 望月橋 親柱①
望月寒川 望月橋 親柱②
 私の予想に反して、こちらも「もつきばし」と刻まれていました。

 同じ字「望月」で同じ読み「もうつき」という橋が二つ、あるのです。管理者が国と札幌市で異なるから、という表面的な理解は避けましょう。前述の「もうつき」=「月寒を望む」という語釈がぐらついてきました。あるいは、こちらの望月橋は「望月寒川の橋」に由来しないのか。予想どおりにならない時空に快感を覚えます。

 注:「チキサ」の語意は主題ではないので、割愛する。

2018/08/28

月寒橋、望月橋

 国道36号、「月寒川」に架かる「望月橋」です。
月寒川 望月橋

 かたや、同じく国道36号の「望月寒川」に架かる「月寒橋」です。
望月寒川 月寒橋

 月寒:望月。望月寒:月寒。この一見あっぺ(北海道弁-末注)な現象は、地元でつとに知られてきたようです。

 ただし…。
月寒川 望月橋 橋名板
月寒川 望月橋 橋名板②
 月寒川の望月橋は‘Moutsuki Bridge’、「もうつきばし」と読みます。

 一方…。
望月寒川 月寒橋 橋名板
 月寒橋が架かる望月寒川は「もつきさむがわ」です。

 前掲「望月橋」が「もつきばし」なら、ほぼ完全あっぺと言いたいところですが、道路管理者(開発局)はあえて「もうつき」と読ませている。意図が伝わってきます。「月寒川:望月寒(もつきさむ)橋、望月寒川:月寒橋」ならば完全あっぺになりますが、さすがにそれはありえないか。
 住宅地図で望月寒川をつらつら眺めたら、上流に「望月橋」、下流に「望月寒橋」が見当たりました。後者は国道12号に架かります(読みはまだ確かめてません)。どうやら道路管理者としては、月寒川に架かる「望月橋」は望月寒川とは関係ないと言いたげです。いや、これは私が開発局を忖度しているにすぎません。まあ、ややこしいのは事実でしょう。

 注:「あっぺ」を英訳すると、‘upside down’か。響きが似ている。

2018/08/27

石狩の浜の真砂は尽きるとも時空逍遥ネタは尽きまじ

 私が主体的に関わっている遊びの世界で、いまのところの予定を12月までの時系列で挙げます。

 9月2日 わきあいあい篠路まちづくりの会「篠路のまちづくりを考える第2回シンポジウム」 まち歩き案内人
 9月5日 道新青葉中央販売所だより連載「厚別ブラ歩き」(以下、毎月5日)
 9月11日 さっぽろ市民カレッジ2018秋期講座「あなたの『好き』がまちづくりに~まちを楽しむ 実践と見つけ方~』 語り
 9月中~下旬 札幌建築鑑賞会通信『きーすとーん』第80号発行
 9月22日 厚別区民歴史文化の会「厚別歴史散歩~小野幌編~」 案 内人
 9月23日 札幌建築鑑賞会「古き建物を描く会」第63回(篠路)
 10月12日、13日 札幌建築鑑賞会「大人の遠足」秋の編(福住)
 10月14日 札幌市文化財課「れきぶんワークショップ
 10月22~28日 北海道遺産ヘリテージウィーク・パネル展示(旧三菱鉱業寮)
 10月28日 同上「地域の歴史・文化を学ぶ講座」 語り(同上)
 11月4日 札幌建築鑑賞会「札幌百科」第16回「どうなる・どうする北海道百年記念塔」(小野幌会館)
 11月27~29日 厚別区民歴史文化の会「厚別歴史写真パネル展」第9回(新さっぽろサンピアザ・光の広場)
 12月9日 北翔大学「ポルト市民講座」(同大学北方圏学術情報センター) 

 「主体的に関わっている」というのは、言い換えれば「何らかの責任を負っている」ということで、ただ単に参加するというものではありません。「ただ単に」、つまりよそ様のお話を聴いたりする行事や会議などへの参加を、「主体的に…」の合間をぬって入れています。同居している老母の見守りとの合間でもあります(こちらは妻へ押し付け気味ですが)。
 もとより、前者の「主体的に」と後者の「ただ単に」はスペクトラム(連続帯)で、明確に線引きできるものではないでしょう。おおまかにいえば、両者の違いは、「自分が不在の場合に、よそ様にかける迷惑」の有無といってもよいかもしれません。もちろん、「自分がいなければ…」と自分が思うほど、よそ様は自分を必要としていない、というパラドックスはあります。自らを買い被るのは慎みましょう。

 前者は「ただ単に参加する」のではないので、前もっての準備が必要です。これがいつも、自分の能力や時間とのせめぎ合いになります。所詮「遊びの世界」とはいえ(遊びの世界だから?)、熱が入ってしまう。なぜこんな心情を縷々綴るかというと、「なぜ、熱が入ってしまうのか?」を考えたからです。
 「ただ単に…」のほうが、精神的には楽だと思います。反面、「没主体的」「受身的」といえるかもしれません。しかし、かつては知らず今は、電網社会上でこれを変換することができます。たとえば、ブログなどで「●月●日 ●●イベントに参加」と銘打って、参加したイベントに関する情報や自分の価値判断、評価を発信することができる。これが世の中で何らかの価値を形成することもありましょう。必ずしも受身的とは言い切れません。

 しかし、どうもそれだけでは満足できない。おしなべてヒトが皆そうかは判りません。たぶん、ひとたび前者の醍醐味を味わった人種は、後者だけでは満足できない度合いが高いように思います。なぜか。ひとことでいうと、後者はいわば“二次加工”であり、それに飽き足らない、ということでしょうか。かつ、前者と後者の相互作用によって、満足度が弥増すのかもしれません。壮大な自己満足の二重螺旋的展開です。

 これらの合間をぬって、札幌の街を時空逍遥しています。これがまた、とめどない。時空逍遥の合間をぬって、前述の諸活動に遊び、その合間に母の見守りをしているというのが正直な実態です。母はかような私を「好きにやればええよ」と、逆に見守ってくれています。
 最近ちょっとてんぱってきたので立ち止まってみたくなったのですが、こんな自省をしているヒマがあったら、ブログで書きかけのネタを消化せねばなりません。

2018/08/26

古き建物を描く会 第62回

 第62回「描く会」は7名が参加しました。
古き建物を描く会第62回 180826 百年記念塔
 今回描いたのは「北海道百年記念塔」です(6月30日ブログ参照)。
 所有者の北海道はこれを工作物としていますが、私たちは建物とみなします。

 記念塔に関する資料を参加者にお配りしました。
北海道百年記念塔建設募金ハガキ
 1967(昭和42)年に描かれた作品です。参加者のお一人が「「上手ですねえ」と発しました。それはそのはず、設計者ご自身が設計競技へ応募した際に描かれたものですから(末注)。

 写生後の青空お披露目会です。
古き建物を描く会第62回 180826 昨品お披露目会
 参加者のお一人Oさんは、「実際に描いてみて、『こんな建物だったとは…』とあらためて思った」と語りました。外姿を見て感じる形象と描いてみて判る心象は異なるのかもしれません。記念塔は、見る位置によってフォルムが変わります。もうお一方、Skさんは「スケッチする位置を間違えた。こちらから描けばよかった」と苦笑されていました。

 拙作です。
古き建物を描く会第62回 180826 拙作
 「下手くそでも、参加しています」ということを知っていただきたくて、恥をしのんで載せます。「絵筆はちょっと自信がない…」という方も、大歓迎です。当「描く会」は上手を競う会ではございません。さりとて、「こんな下手な人の写生会ではちょっと…」という方も、ご安心ください。私以外のメンバーは、皆さんとても筆達者です。
 
 次回(第63回)は9月23日(日)午後1時30分~JR篠路駅界隈を描きます。お申込みは、札幌建築鑑賞会公式ブログからどうぞ。

 お口直しです。
柴田さんスケッチ展 案内ハガキ
 会員のSeさんが9月19日(水)-24日(月)、札幌市資料館ミニギャラリーでスケッチ展を開催されます。

 注:1970(昭和45)年に完成した現在の塔と比べると、いろいろ違いが見られる。探してみよう。  

2018/08/25

北海道コウベツ市コウベツ町

 愛知県に生まれ育った私は40年前の4月、北海道・札幌に移り住みました。
 先立つ3月の下旬、下宿先を決めるために札幌の地図を買って、まじまじと眺めていたときのことを思い出します。
 昭文社「エアリアマップ 札幌市街図」1977年
 母が私のそばで地図を覗き見ながら、「コウベツとコウベツ? 隣同士で紛らわしいね」と言いました。
 
 何のことかなと母を見返したら、母が指さしたのは…。
昭文社「エアリアマップ 札幌市街図」1977年 コウベツ 拡大
 黄色の傍線を引いたところです。
 
 画像右上には「江別市」、左下には「厚別町小野幌」と書かれています。「江別」と「厚別」。母はどちらも「コウベツ」と読んだのです。たしかに、「えべつ」も「あつべつ」も湯桶読みになります。母には「当て字」という理解がなかったのです。高校を卒業したばかりの私は、「北海道の地名の多くは、アイヌ語に漢字を当てている」と漠然と思ってはいました。しかし、実は「江別」「厚別」を読めませんでした。
 音読み・訓読みにこだわる母の性癖を、私はしっかと受け継いでいます。昨今の“キラキラネーム”を母が知ったら気絶するのではないかと懸念しますが、母ほどではないにせよ、私も重箱や湯桶には引っかかってしまいます(2017.5.22ブログ参照)。例外に柔軟になれない発達障害圏的な、疲れる性分です。よって、これが北海道地名に対する内地人(末注)の理解の平均的水準ではありますまい。しかし、つい自分の能力が標準だと思い込んでいます。もって自戒すべし。

 江別市と厚別区が晴れて合併したとき(8月23日ブログ参照)は、「江厚別」町と書いて「コウベツ」町と読ませてはどうか。

 注:私はこのコトバにもこだわる。北海道新聞2018年8月22日夕刊「私の中の歴史」で、横路孝弘という政治家が「北海道でようやく『内地』という言葉が聞かれなくなりましたが、今でも『北の果て』『寒い』『歴史や文化がない』という経済人や町村長がいます」と語っている。こう言われると私は、余計に「内地」を死語にすまいとの決意を新たにしてしまう。「内地」=北海道辺境視用語(世界観)という陳腐にあらがう。「では北海道は今、日本の“外地”なのか」という反問が予想される。これは、また稿をあらためる。

2018/08/24

「ふるカフェ系 ハルさんの休日 北海道・江別編」 収録余話 ②

 昨日ブログに続き、NHK・Eテレ「ふるカフェ系…」の番組(8月22日放送、24日再放送)の舞台となった江別の煉瓦造古民家カフェです。

●カフェの名は「CAFE」か? 
 放送では、建物の軒下に書かれてる店の名前が隠されていました。 
江別 煉瓦造の古民家カフェ 長手積み
 この番組は、基本的にフィクションだと私は思います。だから実名を消したのでしょう。店の詳細な所在地や交通アクセスなどの基礎情報も、あえて伝えられていません。風景を見慣れた地元の人には判るのでしょうが、準地元の方は想像を掻き立てられることになります。

 といいながら、番組の最後に字幕で「協力」者名が流れます。このご時世、調べる気になればすぐ判ると思いますが、ひとまずはコンセプトを重んじて拙ブログでも触れないこととします。

 ところで、放送で話題にされたとおり、この建物の煉瓦は大部分「長手積み」です。前掲画像に写るように、煉瓦の「長手」(もっとも細長い面)を地面に対して垂直にして、それのみを見せて積んでいます。

 ところが、一部に異なる積み方の箇所があります。 
江別 煉瓦造の古民家カフェ イギリス積み
 「イギリス積み」です(本年7月19日ブログ参照)。

●なぜ煉瓦の積み方を変えたか? 
 番組で“煉瓦博士”の水野信太郎先生が推理されました。長手積みは元居室部分、イギリス積みはトイレまわりで積まれています。人が常時滞留する居室部分は煉瓦の内側に中空を設けて壁(たぶん漆喰?)を貼った。先生曰く「最良の断熱材は“空気”です」と。ただし「正確には、壁を壊して中を見ないと断定はできません」。一方、人がときどきしか入らないトイレまわりは、煉瓦だけで済ませた。

 私は当初、むしろトイレまわりだけは手厚くしたのかと想いました。本件建物は(本件に限らず一般的にもそうですが)、居室は南面、トイレは北面しています。長手積みは基本的に煉瓦1枚厚、イギリス積みは2枚厚です。南面は1枚厚でいいだろうが、採光しない北面のトイレは2枚厚にして寒さを防ごうとしたのかなと思ったのです。南面居室側が「煉瓦長手積み-中空-内壁」だとすれば、当時の一般の(=最近の断熱材入りではなく、昔の)木造住宅に比べて、手間ひまかかったことでしょう。人の滞留度合で構法を変えたというのは、なるほどと思いました。仮に中空構法でなかったとしたら、手厚い煉瓦積みは北面の寒いトイレまわりに限った(ほかは煉瓦を節約した)ということになり、それはそれで頷けます。

●なぜ、江別だったか? 
 この番組で北海道は、初登場でした。その初登場を札幌ではなく江別にしたというところにも、制作のこだわりを私は感じてしまいました。私のところに話が来たのは、実は札幌のとある古民家系飲食店のオーナーさんからの紹介だそうです。で、私は「札幌軟石なら…」と思ったのですが、話を聞いたら江別の煉瓦でした。担当ディレクターのSさんおっしゃるには「まあ、人の縁というものもありますからねえ」と。
 もちろん札幌も候補になっていて、Sさんは円山の有名なモ○ヒ○にも行かれたそうです。
 私 : あそこは完成度高いですよねえ。
 Sディレクター: “隙”が、無いですね。一つ一つ、計算し尽くされています。
 私: それを何気ないかのごとく、見せている。お客さんが列を作るのも、判ります。

 夜にEテレで放送される本番組の趣旨からすると、江別で良かったんだろうなと思いました。ハルさんが、ハルデス煉瓦を名刺代わりに持ってきて(重い!)、ハルユタカを食したのだし。

 拙ブログに、「直接的ではないにしろ軟石物件もアピールしてらっしゃる(笑)と思いながら見てました」というコメントをいただきました。ありがとうございます。バレましたね。

2018/08/23

「ふるカフェ系 ハルさんの休日 北海道・江別編」 収録余話

 ブラウン管(古いな)を通してお茶の間(これも古い)に自らの姿態がさらされるとき、オンエア前はいつも心穏やかでありません。しかし見終わると、その気持ちは雲散霧消します。拙くても、「まあこんなものだよな」という諦観に至るのです。「すうじ」(と読んで「視聴率」と書く)は、私が気に病むことではないし。

 NHK・Eテレ「ふるカフェ系 ハルさんの休日 北海道・江別編」をご覧いただいた皆様、ありがとうございました。出演の一人でおこがましながらお礼申し上げます。
 これから24日の再放送(午後9:00-9:30)で観るという方には、以下に綴るこぼれ話はネタばらしを含みますのでご了承ください。また、もう一度番組を堪能しようというご奇特な方には、拙ブログと併せてお楽しみください。

●なぜ、江別市民でもない私がキャスティングされたか?
 担当のSディレクターと私が6月に交わしたやりとりです。  
 私 : 札幌軟石ならともかく、江別の煉瓦なら、地元にⅠさんという、うってつけの方がいらっしゃるじゃないですか? 
 Sディレクター : でも、Ⅰさんは“マニア”ではありませんからね。
 私 : マニアですか。
 Sディレクター : ○○さん(私のこと)はいわば“北海道のハルくん”なので、その役回りを演じてほしいのです。“マニア”の人がいいんですよね。煉瓦や建築の専門的なことは水野信太郎先生に語っていただきますから。

 江別のⅠさんのことは、拙ブログでもたびたびお伝えしています(本年7月26日ブログ参照)。江別の達人です。いたって良識を備えた方で、“マニア”とか“オタク”に「不健全で怪しいヒト」という社会通念があるならば、Ⅰさんはその範疇ではない。もっとも、Ⅰさんはオタク道を会得し、熟知精通した良識人ではあります。
 ただ、本番組の主人公“ハル”は、「仕事ではうだつがあがらない」青年で、「休日になると全国各地の古民家カフェを訪ね歩」き(北海道新聞本年8月22日テレビ番組紹介欄) 、ブログを続けているという設定です。有能な行政マンでもあったⅠさんを“北海道の”ハルくんとなぞらえるのは失礼ではあります。
 番組をご覧になっている方は感じておられるでしょう。具体名は避けますが、ハルくんの立ち居振る舞いからは社会的少数者のニオイが漂います。私にも通じます。私は、この番組がNHKのEテレで放送されていることの意味を深読みしてしまいました。
 もう卒業しましたが、十数年前『さっぽろ再生建物案内』という冊子を作ったとき、休日になると札幌市内各地の古民家カフェを訪ね歩いたことを思い出します。
 私の住む厚別区は最近、江別との一体化が企まれているようでもあるので(https://ja-jp.facebook.com/eatsubetsu/)、まあいいか。

●編集でカットされたシーン 
 いわゆる“尺”に合わず、日の目を見なかった部分です。
 水野先生と私が、ミニチュア煉瓦で「イギリス積み」「フランス積み」を実演し、私が感想を述べ、先生が特徴を解説しました。二人で盛り上がり、製作スタッフの人たちからは「やっぱり煉瓦のことになると、とても楽しそうねえ」と言われたのですが、ほぼまるごと削られました。
 実はそのさわりを7月の拙ブログに盛り込みましたのでご参照ください(本年7月15日ブログ7月19日ブログ)。

 ミニチュア煉瓦は、番組のために米澤煉瓦さん(会長の米澤金蔵さんが出演)が約30個、特製したものです。
米澤煉瓦特製ミニチュア煉瓦
 10㎝×5㎝×2.8㎝で、本物はJIS規格21㎝×10㎝×6㎝なので1/9に当たります。なお、7月19日ブログに載せた模型は2㎝×0.9㎝×0.5㎝の極ミニサイズ(画像の10円玉の左に置いたもの)で、たしかこれは札幌の吉田工業所提供です。米澤さんは製造、吉田さんは積みの会社です。

 収録が終わったとき、Sディレクターにねだって、ミニ煉瓦を記念にいただきました。のみならず、主役の渡部豪太さんにサインしてもらいました。これは、「豪太くんのサインをもらってこい」という札幌建築鑑賞会スタッフSさんの密命によります。本番組を毎回楽しみに見ているというSさんに、私は逆らえません(8月18日ブログ参照)。どうせならと、煉瓦に書いてもらいました。

●私の小道具
 高校時代の友人T君(名古屋市)から「見たよ」というメールがきて、次のようにコメントされていました。
 「カフェに入るところ、デイパックに難追い紐が結んでありましたね。妻が見つけました。稲沢出身とわかる場面です。全国で何人が気づいたでしょうか」。
私のディパック 難追切れ
 さすがT君、いやT君の奥さん、観察が鋭い。

 この「儺追(なおい)ぎれ」は、我が郷里・愛知県稲沢市の国府宮神社(尾張大国霊神社)オリジナルです。奈良時代の国府に由来する古い神社で、毎年2月には「儺追神事」(はだか祭)が行われます(2014.8.27ブログ参照)。その神事に因む厄除けの切れ端です。

 余談ながら、今はどうか知りませんが「はだか祭」の日は、稲沢市内の小中学校は半ドンになってました。公教育でありながら、政教分離も何もありませんね。私らは学校が休みになるので喜んでましたが。北海道神宮祭のとき、札幌の小中学校はどうでしたっけ? はだか祭は愛知県指定無形民俗文化財だから、いいのか。丘珠神社の獅子舞のとき、東区の小中学校はどうしているのでしょう。

 くだんの切れ端は、地元の町会で配られていました。たぶん町会費に含まれているのでしょう。ここでも信教の自由は…。いや、やめときます。かくして郷里を離れて40年の私の脳みそに刷り込まれ、デイパックに付けて安全を願掛けしているしだいです。母はママチャリにゆわえてました。私は旅行用キャリーバッグにも結んでいます。飛行機に乗って預けて、着陸後の引取りのとき、他人のと識別できて好都合なのです。

 ところで私のみならず、水野先生も愛知県の生まれ育ちです。「北海道・江別編」の全国放送番組で、愛知県人が語る口調を視聴者はどう聞き取ったでしょうか。古民家カフェのマスターがベタな北海道弁を連発されていたのは、そのせいでしょうかね。

2018/08/22

月寒川 蛇行の名残

 札幌建築鑑賞会「大人の遠足」秋の編の10月開催を計画しています。探訪先として考えているのは豊平区福住です。仔細は来月中旬に発行する通信『きー すとーん』でご案内いたします。会員の方はしばしお待ちください。
 
 さる19日、スタッフ6名で現地を下見しました。下見した箇所の一つに、同区西岡5条3丁目の月寒川流域が含まれています。
月寒川 西岡5条3丁目周辺 たんこぶ 再掲
 上掲地理院現在図の水色で塗られているのが月寒川で、赤矢印を付けた先が西岡5条3丁目です。

 本日ブログのタイトルに入れた「蛇行」というコトバを意識して、上図の赤矢印の先を見てみましょう。見えないものが、うっすら見えてきますよね。
 この一帯については、拙ブログで前に取り上げました(2015.8.18ブログ同8.19ブログ参照)。前述の文で、次回の「遠足」の探訪先を「豊平区福住」としたにもかかわらず、前述のとおりこの一帯は同区西岡5条3丁目という町名です。私は「西岡のタンコブ」と名づけました。もう一度おさらいがてら、考察を深めたいと思います。

 タンコブの一帯を色別標高図で見てみます。
地理院地図 色別標高図 西岡5条3丁目タンコブ
 国土地理院サイトで、標高65m以下から2mごとに9段階で色分けしました。

 現在直線化されている月寒川の東側、赤矢印の先あたりに特徴的な色分けが見られます。標高が低い。地形的に旧河道を想起させます。月寒川の流れは、南(図上、下方)から北(上方)へ下りです。

 あらためて前掲地理院現在図で、「西岡」と「福住」の町界を分かってみます。
地理院現在図 西岡5条3丁目 たんこぶ 町界
 赤くなぞった町界線の西側が西岡、東側が福住です。
 
 直線化された月寒川から右岸(東側)にタンコブ状に突き出た一帯のことについて、近くにお住まいのMさんにお訊きしました。Mさんは、タンコブの外側(東側)、すなわち福住側にお住まいです。Mさんには3年前もお会いしています(2015.8.19ブログ参照)。
 
 私「月寒川が直線化された後も、右岸側に『西岡』がタンコブ状に残ったのはなんででしょうね?」
 Mさん「住人が『西岡』のままでいることを要望したからね」
 私「住所を『福住』に変えたくなかったんでしょうかね」
 M「そう。だけど今、よそから訪ねてくる人には判りづらいようだね。川のこっち側を『西岡』だとは思わないみたいだ」

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Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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