札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。

2018/06/08

北光線(東8丁目通り) 東区最大のクランクの謎 ②

 昨日ブログの続きです。
 北光線(東8丁目通り)は、北12条でクランクしています。なぜ、このクランクができたか?
 あらためて確認すると、この通りは北11条以南と北12条以北で、拓かれた時期が異なります。前者が先で、後者が後です(末注①)。そして、それぞれ異なる根拠に基づき道が作られたことが察せられます。
 前者すなわち北11条以南については、拙ブログで過去にその経緯を記しました(2017.7.31ブログ参照)。端的にいうと、「創成川(の中心線)から東へ8町(=480間)」で引かれたとみられます。それが北11条までなのは、ここ(北12条通り)で旧札幌区と旧札幌村の境界が分かたれたからです。なぜここに境界線が引かれたかは、「東区 北光・鉄東の謎 4題」④で述べました(本年3月12~15日ブログ参照)。
 ではなぜ、境界線(北12条通り)以北で、道をまっすぐ延ばさなかったか? 行政区域が異なるからといってしまえばそれまでですが、そうせざるをえなかった物理的理由もあったと思います。

 明治29年地形図を見ます。
明治29年地形図 東区クランク 考察
 黄色と赤でなぞったのが本件東8丁目通りの原形ともいえる道です。この地図では、現在の北12条以北、北17条あたりまでの間は道がまだ通じていません。仮に赤い線を南へ直線的に延ばしていくと、黄色の線とはわずかにずれます。北12条以北は、この赤い線に基づいたと思われます(末注②)。では、この赤い線は何に基づいたか?

 結論的にいえば、橙色でなぞった線すなわち現在のいわゆる東1丁目通り(末注③)が根拠となったと考えます。
 黄色の線すなわち東8丁目通りの北11条以南が創成川からの距離に基づくことは前述しました。その創成川は、前掲明治29年地形図で青い線でなぞったのように、北11条あたりまでは直線的に掘られています。しかし、奇しくもというべきか、その北で向きを西へ曲げます。なぜ曲がったかは、「東区 北光・鉄東の謎 4題」②で推理しました(本年5月9日ブログ参照)。

 とまれ、基準となる線(基線)が曲がってしまったことにより、基準にしづらくなったのではないでしょうか。で、代わりに基線としたのが、川沿いに引かれた道(現在の東1丁目通り)です。こちらは北12条以北も直線的に延ばされています。
 詮ずるところ、東8丁目通りのクランクは北11条以南と北12条以北の基線の違い、と私は考えます。前者は創成川を基線とし、後者は東1丁目通りを基線とした。前者は、前述のとおり創成川(の中心線)から8町(=480間)の距離で引きました。では後者はどのように引いたのか?

 注①:昨日ブログ掲載の「札幌県石狩国丘珠村札幌村全図」参照。凡例からすると、赤茶色で描かれているのは既存の道路、薄茶色は「見込線」
である。
 注②:地形図をつぶさに見ると、赤くなぞった道は北17~20条あたりでわずかに曲がっている。どこまで正確に測量したものかどうかは判らない。
 注③:北11条以南は国道5号、北12条以北は札幌市の市道「幌北線」。
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1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。

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