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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 胆振東部地震お見舞い

2018/05/16

江別・大曲

 一昨日ブログに記したとおり、江別市の地名「大麻」は「大曲」と「麻畑」に由来します。

 「大曲」という地名は、大正5年地形図に出てきます(末注①)。
大正5年地形図 江別  大曲
 ここで道(江別街道)が大きく曲がっています。

 なぜここで大曲か、地形図を見て悟りました。札幌から北へ進むと、ここで沢地にぶつかります。等高線のヒダがかなり混みあっていて、起伏の激しさが想われます。

 現在の標高図です(国土地理院サイトから作成、5m以下から5mごと色別、陰影付き)。
5m以下から5mごと色別 江別 大曲
 かつての街道は道道「大麻東雁来線」として直線化されています。

 「大曲」の現況です。
江別 大曲 現況
 前掲色別標高図に赤い○で囲った地点です。札幌側から江別方向を望みました。旧道は、画像左方へ大きく曲がっていました。 直線化されている現在の道道は、なだらかな起伏です。なぜここで大きく曲げる必要があったか、現況では実感できません。

 「大曲」の実感はできないのですが、ここは実は江別でも古くから人が住んでいたところです。これもつい1年前に知ったことの受け売りですが、「古くから」といって、いつごろだと思います? 縄文時代早期の住居跡です。のみならず。なんと旧石器時代!まで遡ります(末注②)。画像中央に写るコンビニの前あたりで、それらしい石器が発見されました。旧石器とか縄文早期といわれてもなかなかピンとこないのですが、紀元前11,000年から同3,000年です。太古、この沢地が人びとのくらしに向いていたのですね。その名残が大曲というわけです。コンビニがここに立地するのも、有史前の記憶を継承しているのかもしれない。というのは穿ちすぎ。

 沢地は、道道から東方の「2番通り」側のほうで地形を色濃く留めています。大麻西公園です。
江別 大麻西公園
 これが「大麻沢町」という地名の由来だということも、最近実感しました。

 1947(昭和22)年空中写真です。
空中写真 1947年 江別 大曲
 「大曲」地点まで、まだ沢地の地形を留めています。

 この空中古写真や前掲古地図をアタマに入れて道道を通ると、痕跡が察せられます。
江別 道道大麻東雁来線 大曲 沢地の痕跡
 前掲色別標高図の赤い○の上のあたりで、画像左方の街路樹が道道です。畑地の奥に雑木林が見えます。この木々がどうも沢地の名残のようです。1万年以上前から、人が暮らしていたのだなあ。

 実は、ここまでは前置きでして、本題は大曲の旧道をお伝えすることです。旧道が今でも遺っていることも、私はこのたび初めて知りました。
 前掲標高図の赤い○の大曲を左へ、ぐいと大きく曲がって進みます。
江別 大曲①
 
江別 大曲②

江別 大曲③

江別 大曲④

江別 大曲⑤
 旧道は、こんどは右へ大きく曲がって「4番通り」に通じます。それまでずっと、砂利道が続きます。明治・大正の頃の江別街道はこんなだったんだなあと想いを馳せることができました。

 注①:「大曲」の地名は明治期の江別村の地図にも書かれている。
 注②:大麻13遺跡。『江別の遺跡をめぐる』2010年によれば、「旧石器時代末期の可能性が高」い(p.100)。
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keystonesapporo

Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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