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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 胆振東部地震お見舞い

2018/01/15

北海道百年記念塔 ⑥

 「北海道百年記念事業」に関する史料を漁ってあらためて見えてきたのは、この事業の目的がまぎれもなく“開拓”の記念、顕彰であったことです(末注①)。事業の根底にある歴史観が反映されています。北海道は明治以来の百年で開拓されたという歴史観です。これは明らかに、このたび2018年の「北海道150年事業」の歴史観とは異なります(末注②)。
 念のため申し添えると、私は後者の歴史観をもって前者を「誤りだった」と指摘したいのではありません。いわばそれは“後出しじゃんけん”です。1月13日ブログに対して、ぶんぶくさんが「過去に行われた歴史的判断について現在の価値観で是非を判定すること自体が間違っていると思います」とコメントしたこととも一部共通します。
 注目したいのは、「北海道百年」当時、“開拓”史観とは異なる歴史的判断がすでにあったことです(末注③)。「百年記念事業」に反対する意見は少数ながらも、あった。私は、50年前に“開拓”史観に異を唱えた先見の明には敬意を表します。これは後出しじゃんけんではない。しかし、それは当時の支配的な思想にはなりませんでした。

 先見の明には敬意を表するのですが、百年記念事業なかんづく記念塔が表象する支配的歴史観については、もう少し中身を解剖してみたいと私は思うのです。

 注①:北海道百年記念施設建設事務所『北海道百年記念事業の記録』1969年の「序文」参照。町村金五北海道知事は次のように述べている(引用太字)。
 この事業の意図したところは、北海道開拓につくしたすべての先人の労苦に心から感謝をささげ、さらにこの郷土の輝かしい未来の創造に向かって全道民がたゆみなく前進する決意をかためることにあったのであります。
 明治の初め、ほとんど原始未開の境であった新天地に、当時の先人は卓抜雄渾な構想をもって開拓の大業を興し、全国から陸続と移住してきた人びとはきびしい自然とたたかって不断の努力を続けてきたのでありますが、その尊い汗の結晶は今みごとに開花し、520万道民を擁して日本の発展に貢献する今日の北海道が築き上げられたのであります。
 
 注②:1月12日ブログ参照
 注③:1月10日ブログ参照
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keystonesapporo

Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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