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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 胆振東部地震お見舞い

2018/01/05

札幌の石文化のルーツは鹿児島か?

 昨日に続き、JR北海道誌記述の検証です。
 「ただ、札幌に石の文化が突然生まれたかというとそうでもなく、幕末、薩摩藩では産業革命的なことが既に起きていて、実験工場ともいえる集成館という石造建築物には凝灰岩が使われています。開拓長官の黒田清隆は薩摩出身ですから石材の良さはわかっていたと思うんです」。
 
 黒田清隆は1840(天保11)年、鹿児島藩士の子として生まれ、1863(文久3)年薩英戦争に参加、1871(明治3)年開拓次官、1875(明治7)年から開拓長官を務めました(末注①)。
 集成館機械工場は当初木造で建てられ、薩英戦争で焼失、その後1865(慶応元)年石造で再建されます(末注②)。薩英戦争に参加した黒田は、木造の工場の焼失を目の当たりにし、彼我の国力の違いを実感したことでしょう。このあたりから状況証拠による推理の世界に入りますが、石造のよる工場再建も黒田は見た、少なくとも知っていたのではないか。機械工場は鹿児島の溶結凝灰岩を用いています(末注③)。後年札幌軟石の存在を知ったとき、黒田の脳裏には郷里の溶結凝灰岩が甦った…。
 
 通説的には、黒田の家屋改良政策は自らの欧米視察や(それに伴って連れてきた)御雇外国人の報告助言に基づくものでしょう。しかしその素地には、薩摩での体験があったと思えるのです。

 注①:『さっぽろ文庫50 開拓使時代』1989年、p.245
 注②:藤森照信『日本の近代建築(上)-幕末・明治篇-』1993年、p.66
 注③:佐藤俊義「鹿児島と札幌をつなぐ石文化」札幌建築鑑賞会通信『きー すとーん』第75号、2017年1月、p.5
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Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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