札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。

2017/10/10

豊平・Ⅰ商店の蔵 1950年の浸水 ③

 「四箇村連合用水路」について、別の史料を見てみます。
歩兵25連隊明治43年地図 連合用水
 月寒の歩兵25連隊1910(明治43)年作成地図からの抜粋です。以下のとおり着色しました。
 濃い赤の線:室蘭街道(現国道36号)、赤の線:平岸街道、黄色の○:のちに定山渓鉄道豊平駅ができる地点
 水色①:第一号用水路、水色①’:自然河川(末注)、水色②:第二号用水路、水色③:第三号用水路、水色④:第四号用水路

 縮尺は2万5千分の1なので、明治29年、大正5年の5万分の1地形図よりも詳細な情報が盛り込まれています。この古地図は札幌南東部の明治期地理を知るうえで貴重です。地形図自体を陸軍の陸地測量部が作っていたように、当時もっとも地理に精通していたのは軍だったと思います。豊平町、白石村一帯の当時としてはもっとも正確詳細な地図でしょう。

 ただし、昨日ブログ掲載の四箇村連合用水路設計平面図と比べると、用水路の流れが若干異なっています。地図上、用水路とおぼしき実線を私は着色しましたが、室蘭街道の北側では第一号を除いて判然としません。この地図を作った時点ではまだ流路が延びていなかったのかもしれません。第一号と第二号の上流部分、平岸用水から枝分かれするところがはっきりした実線で読み取れませんでしたので、私の推測を破線で補いました。第三号は、昨日掲載の設計平面図では平岸街道から直線的に接続していましたが、この地図では曲線的にしかも二手に分かれて描かれています。もしかしたら、計画と実際の違いかもしれません。
 ともあれ、第三号用水路が1950(昭和25)年に溢れて定鉄豊平駅周辺で浸水を起こしました。

 注:これは、現在の南区澄川から平岸高台の崖を削り、北東へ流れていた「小泉川」であろう。前掲地図では第一号用水路と交差するあたりで西へ屈曲し、平岸用水方面から通じているように描かれているが、もともとは南から流れていたと思われる。さらにこの川は、札幌扇状地の古い「平岸面」を作った古豊平川の流路とも重なるらしい。平岸面ができたのは、「札幌面」(現在の札幌市中央区)が1万年前以降に形成されるよりも前なので、古々豊平川というべきか。道新りんご新聞2014.6.15「平岸の歴史を訪ねて 第8回 幻の川『小泉川』」札幌市博物館活動センター『ミューズレター』№66、2017.2参照
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