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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 胆振東部地震お見舞い

2017/09/29

豊陵公園 平岸街道の記憶

 9月14日ブログに、ぶらじょにさんからコメントをいただきました。その中で、豊陵公園(豊平区豊平6条3丁目)について言及されていました。この公園ができる前にあった三角地帯のことです。私も、その三角地帯のことが気になっていました。正確にいうと、平岸街道が現在の豊陵公園を突っ切っていたことです。その旧道のことを、ぶらじょにさんのコメントに乗じて取り上げたいと思います。コメントへのレスポンスが遅くなってすみません。

 さて、その豊陵公園です。
豊陵公園 南望
 北から南を眺めました。
 もともと黄色の線でなぞったように旧道があって、彼方の「国道453号平岸通」とつながっていました。

 公園の北側です。
豊陵公園から、旧道を北望
 旧道が遺っています。かつては手前の公園のところにも、道がありました。

 豊陵公園は「豊平橋南・豊平中央地区」市街地再開発事業の関連事業として、1995(平成7)~1998(平成10)年度に整備されました(末注)。
 1993(平成5)年撮影の空中写真で、整備前の様子を見ます(国土地理院サイトから)。
空中写真1993年 豊陵公園整備前
 赤い線で囲ったのが現在の豊陵公園の位置です。黄色でなぞったのが平岸通で、菊水旭山公園通とぶつかるところで、かつてはまっすぐ北へ細い道が通じていました。橙色でなぞった道です。現在の公園の東部は三角地帯となっていました。空中写真を見ると、家屋があります。

 次は、公園整備後の空中写真です。
空中写真2008年 豊陵公園周辺
 2008(平成20)年撮影(国土地理院サイトから)。

 市街地再開発の目的は密集老朽家屋の除却(いわゆるスラムクリアランス)と不燃高層化だと思いますが、公園の整備は三角地帯及び変形十字路の解消(三叉路化)も目論まれていたように見えます。
 実はここも、知人の造園家Sさんが整備に携わっていて、旧道の記憶を遺した話を以前聞きました。当時(20年前)、「ナナメ通りの思い出を残してほしい」という住民の要望があったそうです。
 
 地元ではこの道(平岸通から北へ、前景画像で橙色のでなぞった道)を‘平岸街道’と呼んでいるとも聞きました。ただし、私は平岸街道というと、もう一つ別の旧道を想い描いていたので、この道(橙色)も平岸街道というのが、ちょっと意外でした。私が気になっていたのはそのことです。

注:下記サイト参照
 ↓
https://www.city.sapporo.jp/toshi/saikaihatsu/redevelopment/pamphlet/documents/11_12p.pdf
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keystonesapporo

Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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