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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 胆振東部地震お見舞い

2016/09/14

楊柳亭ありき

 競馬界の大立者・持田謹也が茶室を持っていたことを9月11日ブログに記しました。その一つ、「八窓庵」は中島公園内に移築保存されています。
 「その一つ」としたのは、持田は八窓庵以外にも茶室を所有していたからです。

 もう一つの茶室は、八窓庵にくっついている「三分庵」です。
三分庵
 これは、持田が1919(大正8)年に八窓庵(忘筌)を買い受けたときに付設したものとされています(末注)。

 あまり知られていないことですが、持田宅にはこのほかにも茶室がありました。
 「楊柳亭」です。 
 『北海道新聞』2003年6月18日夕刊に、「大正期の茶室供養」と題した記事が載っています。以下、引用します。
 札幌市中央区北四西十二に大正期から建つ草庵風の茶室「楊柳亭」で十五日、建築家や茶人が茶室供養の茶会を開いた。
 茶室はマンションに囲まれた駐車場の隅にあり、木造平屋十七平方メートルで、床の間付きの四畳半と三畳の水屋などからなる。一九二一年(大正十年)、札幌の実業家持田謹也が現在地に移築したが詳しい由来は不明。所有会社の倒産により、土地、建物ともに競売に付されている。屋根を支える垂木には白い樹皮の付いたままのシラカバが使われるなど、道産材により純和風建築を試みた当時の意気込みが伝わってくる。
 マンション用地として売却されれば取り壊しも予想される。
(後略)

 私は楊柳亭の存在を知ったのは、この記事が出る少し前でした。解体の危機にあるということで、耳にはさんだのだと思います。現地を見に行った覚えもあるのですが、当時はうかつにもここが持田の屋敷跡とは知らず、「古い茶室があるんだなあ」くらいにしか思ってませんでした。アルバムを見直したのですが、写真に撮ってもいませんでした。
 数年前に、札幌建築鑑賞会でこの界隈を歩いたときあらためて現地に足を運びましたが、時すでに遅く、茶室は跡形もありません。

 楊柳亭があった場所の現在です。
北4条西12丁目 楊柳亭跡
 前述引用の道新記事には写真も添えられていますが、自分で写真に撮っておかなかったのが悔やまれます。

 『札幌競馬場100年史』2007年によると、持田は1953(昭和28)年、「自宅敷地内にあった厩舎で没したと伝えられている」(p47)。ここで馬を飼っていたのか。

 注:札幌市文化財課『札幌の文化財』2002年、p.7
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keystonesapporo

Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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