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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 新型冠状病毒退散祈願

2016/07/14

ハルキポントンネ川②

ハルキポントンネ川を現在の地図で再確認しておきます。
清田区地図 トンネ川
 札幌市清田区役所発行「清田区ガイド」から取りました。
 赤い矢印の先がハルキポントンネ川、橙色の矢印がポントンネ川、黄色の矢印がトンネ川です。ハルキがポントンネに合流し、ポントンネがトンネに合流する、という関係です。ハルキとポントンネが合流する三角地帯のところに清田トンネ公園があります。

 ところで、ハルキポントンネはアイヌ語由来だと思います。『さっぽろ文庫1 札幌地名考』1977年には以下のとおり記述されています(p.211)。
 
 トンネ川
 羊ケ丘の農業試験場辺りに発して、国道三六号線を横断し清田地区で厚別川に合流する小川である。アイヌ語で「トンニ・ウシ・ナイ」(ナラの木が群生する川」という意。 (中略)
 この川に注ぐ「ポントンネ川」(小さいトンネ川)もある。

 
 ならば、ポントンネ川に注ぐハルキ…は何ぞや? 『札幌地名考』には残念ながらハルキ…までの説明はありません。しかし、山田秀三先生の著書でとても参考になる記述がありました。『アイヌ語地名を歩く』1986年です。
 同書によると、「ハルキ」は「左」です(pp.86-87)。すると、ハルキポントンネ川は「左の・小さい・トンネ川」という意味になります。
 
 語義が判ってめでたしめでたし…と一筋縄ではいきません。
 山田先生は次のように説明しています。
 アイヌ時代は、だいたいは海に近い川尻のあたりに住居することが多かった。したがって川はそれをさかのぼっていくものなのであった。
 だから山の方に向かって左をハルキ(左)、右側をシモン(右)と呼んだ。当時の生活環境の中ではそれが自然な左右である。
 和人の場合でも、山に行って働く人たちは似た考え方になったらしい。二川の合流点を流れから見て「落合」ともいうが、下から上って行った見方で「川股」ともいう。
 その場合、左股、右股と呼ぶが、これは山に向かっての左右で、アイヌの流儀とおなじなのであった。


 西区に「西野二股」という地名があります(正式な町名ではないが、バス停の名前に残る)。ここでは山に向かって、右側の道を右股通り、左側を左股通りと呼び慣わしています。山田先生の説明どおりです(末注)。

 しからばハルキポントンネ川はどうか。
位置関係を模式的に図示すると、こうなります。
ハルキポントンネ川 位置関係模式図
 川の下流から上流に向かって、つまり山側に向かって右側にハルキポントンネ川、真ん中にポントンネ川、左側にトンネ川が流れています。山田先生の説明とは逆なのです。これは、どう理解したらよいのだろうか。

 こういう疑問を投げかけてくれるにつけても、山田先生の業績は偉大だなとつくづく思います。前掲書の先生の著述の小題は「川の左右」です。私の関心事にぴったり向き合うテーマで書かれている。痒いところに手が届く著述があるからこそ、その説明と逆の実例を見つける悦びがあるというものです。

 注:山田先生は同書で、登別市を流れる岡志別川を例示し、上流(山側)に向かって左側の川をハルキ・オカシペツ、右側の川をシモン・オカシペツと記している。

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Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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