札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。

2016/04/30

真鶴で時空逍遥 小松石の重さを札幌軟石と比べる

 真鶴の採石場で頂戴した小松石です。
真鶴 小松石 サンプル
 密度を計算してみました。

 体積はW15.3㎝×D15.15㎝×H2.8㎝=649.0㎤。
 重量は1630g。
 密度は1630/649.0=2.5g/㎤

 以前に測った札幌軟石の密度は、1.38g/㎤でした(末注①)。小松石は札幌軟石の1.8倍、重い。

 4月28日ブログで記したように、小松石が建物に用いられる例を地元で見かけませんでした。福井の笏谷石と同様に、建物には使われづらいようです(末注②)。その理由は、耐火性の低さと重さにあるのではないでしょうか(末注③)。
 あらためて、札幌軟石の特性を再確認した思いです。

 注①:2015.10.8ブログ http://keystonesapporo.blog.fc2.com/blog-entry-440.html 参照
 注②:2015.10.13ブログ http://keystonesapporo.blog.fc2.com/blog-entry-445.html 参照
 注③:札幌軟石のような凝灰岩系は耐火性が高い(火に強い)のに比して、安山岩(デイサイト)系は低い(火に弱い)とされる。なぜ耐火性に違いが出るかというと…文科系の私ではコトバ足らずなのでやめておきます。
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2016/04/29

真鶴で時空逍遥 岩海岸 海食洞

 真鶴の岩海岸です。
真鶴 岩海岸 海食洞
 4月18日ブログで記したように、岩というのは地名です。箱根火山の溶岩によって形成された地質で、いかにもジオサイト的な土地柄を表しています。

 海食洞(波によって浸食された海辺の洞穴)が幾つも見られます。
真鶴 岩海岸 海食洞 酸化鉄
 洞穴の一部に赤みを帯びているところがあります。

 現地に置かれている「箱根ジオパーク」の説明標識によると、これは地層に含まれる鉄分が高熱で酸化したものです。なぜ高熱かというと、この地層の上を溶岩が覆ったからだそうです。つまり、赤みを帯びた地層とその上とは、異なる地質らしい。私なりに解釈すると、火山の噴火→噴石物(火山砕屑物)の堆積→その上を溶岩流が覆う、という時系列でしょうか。
 地質の専門の方に糾していただければありがたいです。

2016/04/28

真鶴で時空逍遥 小松石③

荒切りされた小松石です。
真鶴 小松石 荒切り②
 猫がひなたぼっこしていました。


 荒切りの後、一昨日のブログで紹介した切削を経て、研磨されます。
真鶴 小松石 研磨
 研磨されると、光沢を帯びた濃灰色に仕上げられます。安山岩や花崗岩ならではの光沢ですね。

 小松石は、古くは江戸城石垣の算木(コーナーストーン)に用いられたほか、墓石や碑などに使われてきました。昭和天皇陵墓の玉垣にも、小松石が使われたそうです。上物は墓石に、質がやや落ちるものは建材に用いられるとのこと。上物は一切(一昨日ブログ参照)当たりの価格20,000円。建材といっても、建物にまるごと使われている例は真鶴では見かけません。福井の笏谷石(末注)同様、デイサイト系の‘硬石’は建物に用いられるとしても基礎部分程度なのでしょう。

 真鶴民俗資料館で「小松石は全国で二番目に良い石材」と聞きました。どういう基準で二番目か判りませんが、全国的にみても高級な石材らしい。ちなみに、一番良いのは香川県の庵治石(花崗岩、イサム・ノグチで有名)だそうです。

 注:2015.10.3ブログ http://keystonesapporo.blog.fc2.com/blog-entry-445.html 参照

2016/04/27

真鶴で時空逍遥 小松石②

 真鶴の小松石は、大まかに次のような生産工程と見受けました。
 採掘→荒切り→切削→研磨
 昨日のブログでお伝えしたのは切削の段階で、石材を直方体に仕上げるところです。

 その前に、‘荒切り’の作業があります。
真鶴 小松石 荒切り
 採掘現場で切り出した石を割り出しています。
 電動ドリルのようなモノで石を割っていますが、機械化される前は、‘矢’を打ち込んで、ゲンノウで叩いていたようです。そのあたりは、札幌軟石の‘小割り’の工程と似ています。

 真鶴町民俗資料館には、かつての採石で使われた道具が展示されています。
真鶴町民俗資料館 展示 矢
 ‘矢’もありました(画像左端)。札幌軟石で使われた‘金矢’と同じようなカタチです。

 切り出した石が不整形なところが、安山岩だなあと思いました。札幌軟石の場合、採掘現場で切り出す段階(野取り→割出し)で、ほぼ直方体にしていますが(末注①)、それができるのはたぶん柔らかいからでしょう。

 小松石の採掘場跡です。
真鶴 小松石 採掘場跡
 札幌軟石の採掘跡が平面的(末注②)であるのに対して、デコボコしています。いかにも硬そうです。かつては発破を使っていたとも聞きました。ちなみに、採掘現場の一箇所を‘丁場’(ちょうば)と呼ぶそうです。この丁場の裏側にも別の丁場があり、つまり画像に見える岩体は‘ツラ一枚’なのです。アブナイ。

 注①:北大総合博物館企画展示「わが街の文化遺産札幌軟石」図録2011年、pp.38-39参照
 注②:2014.10.11ブログ http://keystonesapporo.blog.fc2.com/blog-entry-79.html 参照

2016/04/26

真鶴で時空逍遥 小松石①

 真鶴を作った溶岩(安山岩、デイサイト)は、古くから石材として利用されてきました。「小松石」です。
真鶴 小松石 加工現場
 このたび訪ねた義父の親族宅が石材業を営んでいる縁で、採石の現場を見せていただく幸運にも恵まれました。真鶴という町を旅すること自体、小田原や箱根、熱海に比べればマニアックですが、そこへ持ってきて地場のなりわいを目の当たりにできたのはありがたい。札幌軟石フェティストとしても、無上の悦びです。

 採掘した石を‘切削’している工程です。
真鶴 小松石 加工現場②
 大きな円盤鋸で切っています。鋸の歯先はダイヤモンドと聞きました。安山岩は相当硬いモノでないと切れないだろうなあ。 

 石材の単位は、1尺立方で「一切(さい)」というそうです。これは札幌軟石と同じですね。ただし、札幌軟石では「才」という字を当てているとも聞きますが。

2016/04/25

真鶴で時空逍遥 ジオパーク

 真鶴で泊まった旅館に「箱根ジオパークガイド」という冊子が置かれていました。 
箱根ジオパークガイド 真鶴編
 A5判16ページで、真鶴の自然と文化が地質的な観点でわかりやすく説明されています。街を歩いて楽しむのにとても役立ちました。表紙に載っている衛星撮影画像の、黄色の○で囲ったあたりが真鶴です。箱根・芦ノ湖の東南にあたります。右方の平野部が小田原です。

 この冊子によると、真鶴の一帯は40年前に始まった箱根火山の噴火で流れ出た溶岩によって形成されたそうです。地質的には、溶岩が冷えて固まってできた安山岩(デイサイト)。札幌でいえば、札幌硬石ですね。ただし硬石山は470万年前!(末注) ちなみに、われらが札幌軟石は4万年前の支笏カルデラ噴火による溶結凝灰岩です。地球史的にみると、4万年前というのは「つい昨日のこと」みたいです(地球の歴史を1年に例えると、昨日どころか数時間前になるらしい)。

注:北大総合博物館企画展示「豊平川と私たち」図録2011年、p.37参照

2016/04/24

真鶴で時空逍遥 背戸道

 真鶴は、海と山に囲まれた起伏に富んだ地形です。
 
 尾根や谷地に沿って、細い路地が入り組んでいます。「背戸(せど)道」です。
真鶴 背戸①

真鶴 背戸②

真鶴 背戸③

真鶴 背戸⑥

真鶴 背戸④

真鶴 背戸⑤

 背戸道が織りなす迷宮性は、この町の魅力の一つです。
 伊勢神宮の門前町で、細い路地のことを「世古」(せこ)と呼んでいましたが、真鶴の「背戸」は伊勢の「世古」と語源的に通じるのだろうか。 

2016/04/23

真鶴で時空逍遥 港の見える風景

 高台から遠望した真鶴港です。
真鶴 港の見える風景
 4月7日ブログで記したように、真鶴は早い時期(1990年代)から景観保全に力を入れてきた町です。

 同じ港町でも、函館の洋風建築や小樽の石造倉庫群のような特色ある街並みを真鶴に求めることはできません。実は真鶴にも特色はあるのですが、一見したかぎりでは普通の風景です。普通の風景を守ることを主眼としたところに、真鶴の先駆的価値があると私は思います。
 「普通の風景」という表現は漠然としていますが、冒頭の写真で掲げた風景で例えてみます。もしここに、視界=港の眺望を遮るような高層建築が突出したならば、私は「普通」ではないと思います。普通の風景を守ることがいかに大変かは、函館の西部地区や小樽の運河周辺に林立する高層マンションを見れば察しがつきましょう。

2016/04/22

歩きスマホの金次郎

 ‘スマ金’です。
スマホ金次郎
 小田原の報徳博物館で、自分へのお土産に買いました(スマホスタンドになっていますが、私はガラケーです)。 

 二宮神社と博物館を参詣して、私はかなり報徳思想にかぶれてきました。
 博物館に3,000円の賛助金を寄進したところ、同館では「友の会だより」のバックナンバーを第1号から109号まで(108号からは「博物館だより」と改題)送ってくださいました。金次郎に関するマニア好みな情報が詳しく載っています。

 先日は、「北海道報徳社」というところを訪ねました。
北海道報徳社
 札幌中心部の、とあるビルに事務所があります。
 
 北海道は、尊徳門下の大友亀太郎や翁の子孫が開拓を指導していて、ゆかりがあります。報徳社は尊徳の教えを普及している団体で、農協や漁協と密接につながっています。同社が発行する「北海道報徳情報」という機関誌も定期購読することにしました。『報徳記』(門下の富田高慶という人が著した尊徳伝)の現代訳注版も買って、勉強を始めました。
 何を勉強するか?
 私はこれまで、二宮尊徳=封建思想の遺物という浅薄な理解しかしていませんでした。否、理解ではなく、思い込みです。しかし、どうもそうではないことが、うすうす判ってきました。日本における協同組合運動に大きな影響を与えてきたらしい。積極的意義をどう見出すか、がテーマです。これは、北海道の一次産業をどう守り、発展させるか、にも通じる。

2016/04/21

小田原 報徳博物館

 小田原・報徳博物館の入口前です。
小田原 報徳博物館 二宮坐像
 金次郎の坐像が置かれています。

 本像では、詠んだ歌をノートに書き込んでいます。
小田原 報徳博物館 金次郎坐像 書面
 「音もなく香もなくつねに天地(あめつち)は」。
 説明文によると、ここで筆をやすめ、下の句を考えているところだそうです。
 
 この坐像の作者は「慶寺丹長」(四代目)という人で、慶寺家というのは富山県高岡で鋳物師を務めてきた家です(末注)。昨日のブログで紹介した二宮神社の立像は三代目丹長の作とのこと。

 この博物館へは、義父母を連れて小田原駅からタクシーで行きました。神社のほうは知られていても、博物館はあまり知られていないようで、運転手さんは「?」という顔をしていました(我ながら、密かにしたり顔)。義父も「いいところを案内してくれた」と喜んでくれました。義父は空知のN町で稲作農家をしていて、農協の役員もやっていたので、報徳思想に親和的です。私としては自分の趣味と義父孝行の一石二鳥で、実に有意義でした。

 注:「報徳博物館 友の会だより」№25、1992年4月参照

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Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。

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