札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。

2016/01/31

2016センター試験 地理B

 昨年センター試験の地理Bを解いてみて、78点(100点満点、全受験生の平均点は58.59点、私の偏差値は62.7)だったことに気を良くしていました(2015.1.25ブログ参照)。大学入試から遠のいて40年弱の割にはまずまず、と思っていたのですが…。
 調子に乗って今年の問題に挑んだところ、結果は惨憺でした。66点。受験生の平均点は60.1点(中間集計)で、私の偏差値は54.2。昨年より平均点が上がっているのに、私は12点も減らした。これでは地歴公民オタクの名が泣きます。
 ちなみに、英語(筆記)は171点(200点満点、受験生の平均点は112.5点=中間集計)で、偏差値は63.9でした。昨年は188点(平均点は116.17点)で偏差値は67.5だったので、やはり落ちています。この一年間で、読解力や記憶力が確実に低下している。愕然としました。私にとっては長期記憶ともいえる受験知識にしてこの体タラクですから、短期記憶が思いやられます。

 地理Bの「地域調査」は時空逍遥にふさわしい問題です。以下に一部を紹介しますので、地理に興味のある方はアタマの体操のつもりで解いてみてください。

 大設問は次のとおりです。
 東北地方の高校に通うケイタさんは、山地にはさまれた岩手県北上市とその周辺の地域調査を行うことになった。次の図1の20万分の1地勢図(原寸、一部改変)を見て、ケイタさんの調査に関する下の問い(問1~6)に答えよ。
 
 図1というのが、こちらの地図です。
2016センター試験 地理B 問6 図1
 
 小設問の中に、次のような問があります。
 ケイタさんは北上市内を散策し、場所によって道路沿いの景観が異なることに気がついた。次の写真1中のサ~スは、図1中のA~Cのいずれかの地点での景観を撮影したものである。サ~スとA~Cの正しい組合せを、下の①~⑥のうちから一つ選べ。
 
 写真サ~スというのは、以下の3点です。
2016センター試験 地理B 問6 写真サ
2016センター試験 地理B 問6 写真シ
2016センター試験 地理B 問6 写真ス

 前掲図1の、A~Cの地点の部分を拡大してみましょう。
2016センター試験 地理B 問6 図1 拡大

 さて、写真サ、シ、スが地図上のA、B、Cのいずこか、というのですが、どうでしょう?

 写真サは、なんとなく郊外の住宅地ぽい。写真シも、郊外のように見える。道路沿いに大型の広告や郊外型店舗らしきものが写っている。写真スはアーケード付きの商店街が特徴的。これは中心市街地と察しがつきます。

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2016/01/30

中の島 元果樹園倉庫 ②

 「とよひら“ふるさと再発見”」(昨日のブログ参照)によると、中の島地区には「今では2軒の倉庫が残っているのみである」とのことです。そのうちの一棟は昨日記したようにすでにありませんが、もう一棟は遺っています。

 こちらです。 
中の島1-3 Mさん宅 元リンゴ倉庫
 中の島1条3丁目、Mさん宅の倉庫です。

 Mさん宅の前に「とよひら“ふるさと再発見”」の説明板が立っています。
とよひらふるさと再発見 説明板
 ほとんど文字が剥落しているのですが、リンゴ倉庫であったことがなんとか読み取れます。

 では、中の島地区で軟石の元リンゴ倉庫の現存は、もはやこの一棟のみか?
 私たちの「札幌軟石発掘大作戦」2007年豊平区調査では、もう一棟軟石倉庫が確認されていました。
 こちらです。
中の島1-6 Oさん宅 元リンゴ倉庫
 中の島1条6丁目にあります。
 住宅地図で見ても持ち主が定かでなく、由来が判っていませんでした。
 しかし、昨暮れの札幌軟石展に来られた方から“証言”をいただきました。やはりご近所にお住まいの札幌建築鑑賞会員Fさんで、この石蔵はリンゴ園を営んでいたOさんという方のリンゴ倉庫だったというお話です。リンゴ倉庫にしては、建物の平(ひら)面の開口部が大きいなと思いますが、長年中の島にお住まいのFさんのお話には信憑性が感じられました。

 中の島地区の軟石元リンゴ倉庫は2007年の時点で3棟遺っていて、うち1棟がその後解体され、現存は2棟ということになります。軟石展を開催したおかげで、貴重な情報がいろいろ得られました。

2016/01/29

中の島 果樹園倉庫 

 昨暮れに開催した札幌軟石展で、来場した3人の方から「○○にも、軟石の倉庫がありましたよね」と声を掛けられました。
 その、○○というのがどこかというと…。
中の島1-4 T果樹園倉庫跡
 豊平区中の島1条4丁目です。 
 
 中古書店の駐車場奥に、石蔵がありました。著名な歴史的建物というわけでもないのに、3人と同じ話題を共有しえたことに私は驚きました。存在感というか、なくなると喪失感が大きいというか、そういう建物ってあるのですね。街のランドマーク。
 
 実は、札幌軟石発掘大作戦2007年豊平区調査で、この一帯を私が担当しました。くだんの石蔵もリストアップしたのですが、正直に告白しますと、そのときに現地を確かめていませんでした。ストリートビューですませてしまっていたのです。調査隊員として失格です。「そのうち、現地を見に行こう」と思っていたのですが、軟石の神様はこういう手抜きを許してはくれません。昨年見に行ったときには、建物はすでに姿を消していました。現地に足を運んで写真を撮っておかなかったことを悔やみました。
 
 軟石展で3人の方から話題にされる都度、心に痛みを感じる私だったのですが、その一人でこの建物のご近所にお住まいのUさんが「写真に撮っていた」と言われました。捨てる神あれば、拾う神あり。
 
 Uさんにお願いして、写真を送っていただきました。
中の島1-4 T果樹園石蔵

中の島1-4 T果樹園倉庫②
 撮影は2011年らしい。貴重な史料です。

 札幌市豊平区発行の「とよひら“ふるさと再発見”」1992年に、「軟石造り倉庫」として、中の島の2棟が紹介されています。その一棟がT果樹園宅の、この倉庫です。次のように説明されています。
 この地域で盛んに栽培されていたリンゴを保存するため、大正初めに石造りの倉庫が次々と建設された。その後リンゴ園は消えていき、今では2軒の倉庫が残っているのみである。

 次の古写真は『平岸百拾年』1981年 という郷土誌に掲載されたものです(p.176)。
平岸百拾年掲載 リンゴ倉庫写真
 「りんご園倉庫(昭和10年前後)」とキャプションが付いていますが、所在地は記されていません。
 全体的な外観、屋根の真ん中あたりに付いている換気口ぽい筒の形状、右側面の下屋…からして、前掲Uさん撮影のT果樹園と同じ建物のように見えます。

2016/01/28

平岸 軟石住宅 ②

 平岸には、札幌軟石の住宅で築50年以上とみられるお宅がもう一棟、あります。
平岸 軟石住宅 Ⅰさん宅
 こちらも表面仕上げが‘小たたき’であることから数に含めたのですが、裏付けを取りに行きました。
 持ち主のⅠさんのお話では、建てたのは「昭和31年」とのこと。軟石を用いたのは「実家が(南区)石山で石材業をしていたから」だそうです。
 
 まだ正確に統計を取っていないのですが、南区も含め、住宅として建てられている軟石建物は昭和30年代築が多いという印象をあらためて強くしました。絶対数からみれば木造が多いのでしょうが、同年代に建てられた木造よりも軟石のほうが、遺っている割合が結果的に高いのではないだろうか。これは想像の域ですが、住宅に限れば戦前よりも戦後築のほうが多いとも思います。

2016/01/27

平岸 軟石住宅

 昨日のブログでお伝えしたYさん宅の元リンゴ倉庫は天神山の南西に位置しています。
 東斜面側にも、軟石建物が一軒あります。こちらは住宅です。
平岸 軟石住宅 Mさん宅
 「札幌軟石発掘大作戦」2007年豊平区調査のときに報告されていた物件ですが、建築年等詳細は未把握でした。ただ、軟石の表面仕上げが‘小たたき’であったことから、「築50年以上」にカウントしていました。さて、真相は如何?
 持ち主のMさんに伺うと、1955(昭和30)年頃の建築であることが判りました。築60年。それにしても、平岸で軟石の住宅というのは、珍しい。ご当主の先代が石材屋さんと知り合いだったことから、軟石で建てたとのことです。「平岸では軟石の倉庫がたくさんありましたし、家も軟石で建てる人がいましたよ」と。石山からは、平岸街道または定山渓鉄道で直結している。
 Mさんの話では、この家を建てたとき、周囲はリンゴ畑だったそうです。

2016/01/26

南区澄川 元リンゴ倉庫

 久々の軟石建物編です。
澄川 Yさん宅 元リンゴ倉庫
 本ブログをご覧くださっているエルフェンバインさんから、昨年5月に情報提供いただきました(2015.5.27ブログ参照)。南区澄川の物件です。現物を直接確かめていなかったので、このたび見てきました。
 軟石の表面仕上げはツルメ。腰折れ屋根に同じく腰折れの開口部が付いています。このフォルムからすると、元馬小屋か。昨年、ストリートビューで外観を見たときに「築50年以上」と推認したのですが、はたしてどうか。道路をはさんで向かい側に持ち主とおぼしきお宅があり、ピンポンしてお尋ねしました。
 持ち主Yさんのお話によると、建てられたのは昭和33年、リンゴ倉庫として使っていたそうです。「リンゴはいつ頃まで作っておられましたか?」と問うと、「昭和52、3年頃まで。その後もわずかだが作っていて、最後にやめたのは一昨年」とのこと。平岸リンゴ、最近まで作っていたのですね(所在地は現在の町名で澄川だが、平岸一帯と言ってよかろう)。

 ところで、このYさん宅の東側を、遊歩道が通じています。
澄川用水路遊歩道
 旧河道クサイ。
 私はでっきり精進川のそれかと思い込んでいたのですが…。
 帰宅して、古地図を確かめて誤りに気づきました。

 明治29年の地形図からの抜粋です。
明治29年地形図 平岸 用水周辺
 濃い青でなぞったのが精進川で、薄い青が遊歩道の河道です。これは、精進川から平岸街道に引いた用水ですね。ちなみに前掲Yさん宅は精進川と用水の間、赤い●のあたりですが、この地図では周辺に果樹の記号が描かれています。

 現在の地図で見ると…。
南区 現在図 澄川用水路遊歩道
 札幌市南区役所発行「南区ガイド&MAP」から採りました。青い色が精進川で緑色が遊歩道です。「澄川用水路遊歩道」という名前が付いています。

2016/01/25

貯金箱 東海銀行 ② 地球儀

 懐かしの昭和レトロ貯金箱シリーズ、4回目です。
貯金箱 東海銀行 地球儀型
 東海銀行の地球儀タイプ。

 これは私が手元に置いて愛用したせいか、かなりぼろぼろです。
貯金箱 東海銀行 地球儀 球面
 半世紀モノです。

 この貯金箱が興味深いのは…。
貯金箱 東海銀行 地球儀 台座①
 台座に、海外旅行の費用が書かれています。
 「世界一周の旅 19日間 734,500円」「ヨーロッパの旅 18日間 569,000円」「ヨーロッパ・バスの旅 21日間 573,000円」「ソ連・東欧の旅 19日間 589,000円」…。当時の物価からしたら、文字どおり別世界の金額です。
 「総費用は昭和42年3月31日現在の概算額」とあります。この貯金箱で硬貨を貯めても世界一周は到底難しそうですが、子ども心に夢を膨らませた覚えがあります。

 安いところでは…。 
貯金箱 東海銀行 地球儀②
 「東南アジアの旅 8日間 268,000円」。安くない。今ならもっと廉価で行けるのでは?
 「台湾・沖縄の旅 6日間 133,000円」。沖縄はまだ、米軍統治下の「琉球政府」の時代でした。
 「韓国の旅 5日間 88,000円」。半世紀前の父の月給2か月分以上ですね。

2016/01/24

赤れんがテラス レストランの内装札幌軟石

 赤れんがテラス5階での展示「まち文化図鑑」をみた後、エレベータで下階に降りたところ…。
 レストランの前を通りました。
赤れんがテラス レストラン 内装軟石
 内装に、札幌軟石がふんだんに使われています。

 「札幌軟石」と書かれた説明板が貼られていました。
赤れんがテラス レストラン 札幌軟石説明
 新しい建物の外壁や内装に札幌軟石が使われる例は最近、ところどころで見かけますが、このような説明板まで設けているのは珍しい。感心しました。
 
 が。
 何と書かれているかというと…。
 「札幌軟石」は、第3代 北海道開拓使長官、黒田 清隆の招きによって来道した、米国の地質学者による調査で、明治4年(1871年)現在の南区 石山一帯で発見されました。正式な名称は、「支笏湖噴火溶結凝灰岩」といい、支笏湖を生み出した火山活動によって流れ出した火砕流が長い年月をかけ、固まったものといわれています。弾力性があって、加工しやすく、防火性にも優れていることから、開拓使本庁舎をはじめ、札幌本府の多くの洋風建築物や倉庫などに使用されました。(以下略)

 たびたびしつこく指摘してきましたが、「米国の地質学者による調査で」発見というのは、根拠が定かでありません(2015.12.16ブログほか参照)。「明治4年」もしかり。この年は御雇外国人アンチセルが地質調査をしたとされますが、彼が軟石を発見したという証拠は現時点で見つかっていません。断定するのには疑義があります。
 
 次に「開拓使本庁舎をはじめ、札幌本府の多くの洋風建築物や倉庫などに使用されました」の一文。これは「開拓使本庁舎」に札幌軟石が使われていたかのように(のみならず、軟石建物の代表的な一例であるかのように)読めます。

 「開拓使本庁舎」というのは、この建物のことと思われます。
開拓使札幌本庁舎 写真
 1873(明治6)年に竣工した札幌本庁舎(画像は北大図書館所蔵写真)。
 
 『さっぽろ文庫23 札幌の建物』1982年で、遠藤明久先生は次のように記しています(p.41)。
 …木造石張り案は石材が確保できないため、結局、断念することとなり、われわれが知っている下見板張り、白ペンキ塗り仕上げの設計に変更される。石材は硬石を建物のごく一部の集合煙突、基礎の一部、出入口前石段などに使い、目にふれる個所には、ほとんど使用されない程度にとどまってしまう。
 
 つまり本体は木造下見板張りで、石材はごく一部に使われているのみ、しかもそれは「硬石」であると。
 同書によると、開拓使は同じ本庁構内に、石造書庫を建てています。1878(明治11)年築。前掲遠藤記述によれば、この書庫には軟石が用いられています(pp.43-44)。
 もしかしたら、先に引用した説明文はこの書庫のことを指しているのかもしれません。そうならば、「開拓使本庁舎の倉庫などに使用されました」と書くべきでしょう。「札幌本府の多くの洋風建築物」…私の印象では木造下見板張りが強いのですが、これはさて措くとしましょう。

 札幌軟石をたくさん使った上に説明文まで付けていることには敬意を表したいのですが、その内容が誤解を招くとなると、いかがしたものか。

 以下は枝葉末節ですが、明治4年にアンチセルを招聘したとき、黒田清隆の職は「開拓次官」で、「長官」ではない(長官になるのは明治7年。『さっぽろ文庫50 開拓使時代』1989年p.29)。
 札幌軟石の特質として「弾力性」があることは、初めて知りました。そうだったのか。

2016/01/23

まち文化図鑑

 「北の道ばたモノ語り編」展示を見てきました。
まち文化図鑑
 「まち文化研究所」を主宰するT先生が朝日新聞道内版で連載している「まち歩きのススメ」を基にした展示です。
 マンホールや消火栓、公園の遊具、街区表示板など、街を歩いて何気なく目にするモノたちへの薀蓄が披瀝されています。パネルにして8枚ですが、情報が濃いいですね。「濃い」じゃなくて「濃いい」と言いたいです。

 たとえば、公園にある異形な遊具。どこの何というメーカーが作ったか、記されています。さりげなく書かれているが、これは結構大変なことだと私は思います。まず、遊具の異形に気づかねばならない。次に「これは、どうしてあるのだろう?」とか「誰が作ったんだろう?」と疑問に思う必要がある。そして最大の難関は、「その疑問を解くためにどうしたらいいか」を考え、実行すること。私は、この行程を想像しただけで「ああ、大変」と思ってしまいます。
 
 公園の遊具なら、私が思いつくのは、管轄している区の土木センターに問い合わせることです。
 私「あのー、公園の遊具のことでお尋ねしたいのですが…」
 土木センターの人「どんなことですか?」
 私「○○区△△にある□□公園にある遊具のことですが…」
 土「そこの遊具のどんなことですか?」
 私「あれは、その…。どこの会社が作ったのでしょうか?」
 ここまで持っていくのに、私は相当なエネルギーを要します。「モノ好きなこと訊いてくるな~」と思われはしまいか。「ナンデ、調べてるんですか?」と反問されたらどうしよう。小心な私は、あれこれ堂々巡りしてしまうのです。
 T先生は遊具のメーカー名だけでなく、その遊具に対する反響なども聞き取っています。これはこれで、それなりに問題意識を持っていないと聞き取れないと思う。

 本ブログの読者の中には「そういうオマエも、札幌軟石の建物などを根掘り葉掘り、調べているではないか」と問う向きも、もしかしたらいらっしゃるかもしれません。この軟石調べが、私には実にハードルが高い。人と話をすることが臆手で苦手な私です。いや、読者諸賢はそんな私の人間性を見抜いておられよう。軟石建物の持ち主宅をピンポンするときの、心拍の高まりは半端ではありません。
 と思うにつけ、この展示のモノ凄さを仰ぎ見ます。

 「まち文化図鑑」は、北2西4「赤れんがテラス」5階、眺望ギャラリーにて、1月31日まで。

2016/01/22

貯金箱 東海銀行 ①

 昭和レトロな貯金箱シリーズは、まだまだ続きます。
 その3回目、「東海銀行」です。
 
 愛知県で生まれ育った私にとっては、銀行といえば東海でした。中日新聞を読み、東海銀行に預金し、名鉄(名古屋鉄道)で通勤、名鉄デパートで買い物、というのが尾張地方の標準的家庭像だったのではないでしょうか。クルマはトヨタですか。ついでにいえば、野球はドラゴンズ。私の東海に対する愛着は、北海道民における「たくぎん」に対するそれに譬えられるかもしれません。
 
 で、私は例によって母譲りの東海の貯金箱を幾つか持っているのですが、貯金箱の話に行く前に、予習です。
東海銀行 マッチ箱 ラベル
 マッチ箱のラベルです。東海のシンボルマークが描かれています。「UFJ銀行」(現在の三菱東京UFJ銀行)に統合される前まで、このマークが使われていたと思います。

 同じく、東海銀行で配られたメモ帳です。
東海銀行 メモ帳 1968年頃
 1968(昭和35)年頃のものです。「東京オリンピックに協力しましょう」と書かれています。「協力しましょう」か。

 これに、古いシンボルマークが描かれています。
東海銀行 古いロゴ
 このマークが「東海」創業時のものでしょう。

 いよいよ本題の貯金箱です。
貯金箱 東海銀行 招き猫
 招き猫。陶器製です。

 背面を見ると…。
貯金箱 東海銀行 招き猫 背面
 東海の古いマークが描かれています。

 懐かし昭和な貯金箱をお持ちの方、情報をお待ちしています。

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keystonesapporo

Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。

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