札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。

2015/12/31

北12条のアイビーハウス

 札幌軟石展では、さまざまな情報が交わされました。

 札幌建築鑑賞会スタッフの一人から伝えられたのが、この場所です。
北12西4 Hさん宅跡
 地下鉄北12条駅の地上出口の前。建物が除却されています。

 ツタの絡まる古いお宅が、在りました(2013年撮影)。
北12西4 Hさん宅 2013年
 北12条駅といえばこのお宅という、ランドマークでした。居合わせたスタッフが皆、「あれが、なくなったのか…」という感慨を覚えたものです。

 跡地はきれいに更地となっていましたが…。
北12西4 Hさん宅跡地 近景
 隅にぽつんと何かが遺っています。

 煉瓦のようです。
北12西4 Hさん宅跡地 煉瓦
 なんで、これだけ遺っているのだろう。

 このお宅のことを、フリーライターのYさんがだいぶ前に記していました。
北12西4 Hさん宅② 2013年
 「オントナ」というフリーペーパーの1997年6月20日294号で、「蔦のからまる家」という特集です。
 
 北区の○○さん(記事中では実名)は、この場所に住んで50年。蔦で覆われた木造の家は行きかう人の注目を集めています。蔦はいつからか分からないほど何年も前からあるそうです。「手入れは何もしていません。夏は緑がいいし、秋は紅葉がきれいですからね。自然にまかせてあります。ただ、私はいいのですが、落葉が汚ないといわれて…」と○○さん。

 この建物のことが活字で一般に紹介されたのは、おそらくこの記事が唯一ではなかったかと思います。
 跡地には11階建ての共同住宅が計画されています。

 北12条界隈では、もう一つ、スタッフから解体情報が寄せられました。
北11条 Nビル 解体工事中
 北11条、N不動産の賃貸集合住宅です。

 昭和40年代築です(2013年撮影)。 
北11条 Nビル 2013年
 昭和戦後のいわゆる‘公団タイプ’を踏襲したものだったと思います。トイレは段差式。2013年の建築鑑賞会「大人の遠足」で歩いたとき、Nさんは「建てられた当時、札幌駅北口でこのビルが一番高かった」と回想しておられました。JALの社宅として使われたこともあったそうです。
 跡地には14階建ての共同住宅が建つようです。

 移り変わりゆく札幌の時空を、今年も逍遙してきました。ブログをご覧いただき、ありがとうございました。どうぞよいお年をお迎えください。
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2015/12/30

宮の森 Tさん宅の再生住宅

 中央区宮の森のTさん宅、札幌軟石の隣の木造家屋も気になりました。
宮の森4条 Tさん宅 木造
 これは、琴似八軒の日本食品工場の隣に在ったTさんのご先代宅を移築したものではなかろうか。

 ご先代宅というのが、こちらです(1999年撮影)。
琴似八軒 Tさん旧宅 1999年 
 全体のフォルムが似ています。 
 このお宅は1928(昭和3)年築と伺っていました。周辺の再開発事業に伴い、石造倉庫と同じく2003(平成15)年に解体されたのですが、Tさんはこちらも解体材を再生されたようです。

 旧宅の玄関廻りのディテールです(同じく1999年撮影)。
琴似八軒 Tさん宅 玄関廻り 1999年
 コーニス(軒蛇腹)や柱頭、ファンライト(欄間窓)など、忠実に再現されているようにお見受けしました。破風を楕円状に繰り抜いているところも同じです。

 ところで、Tさん旧宅の天井には‘メタルシーリング’という技法が用いられていました。
琴似八軒 Tさん宅 メタルシーリング 
 鉄板に模様を型押ししたものです。
 北大・池上先生によると、札幌でこの技法によって天井を貼った有名な建物としては「道庁赤れんが庁舎」があります(末注)。私は北九州・門司の「赤煉瓦プレイス」(旧サッポロビール九州工場)で見た記憶がありますが、それ以外には知りません。
 Tさんはメタルシーリングも再現されたのだろうか。一度お訪ねして拝見したいものです。

 Tさんが経営している日本食品製造合資会社の商標です。
日本食品 商標
 軟石展のとき、Tさんは別れ際、私に握手して去って行かれました。自然に手を差し出すところが、紳士だなあ。

注:廣田基彦『重要文化財旧北海道庁赤れんが庁舎記』1999年によると、創建時は漆喰塗だったらしいが、1909(明治42)年の火災の翌年、復旧工事でメタルシーリングが施された。同書には「オーストラリアより輸入」とあるが(p.55)、北海道庁総務課発行のリーフレットには「オーストリア・ワンダーリッヒ社製」とある。

2015/12/29

宮の森の再生軟石建物

 JR琴似駅北口にあった日本食品製造合資会社倉庫の札幌軟石が持ち主のTさん宅で再利用されているという話を、昨日のブログでお伝えしました。見に行ってきました。中央区宮の森です。
宮の森4条 Tさん宅 
 驚きました。
 
 昨日のブログで私は「(Tさんが)自宅の一部に再利用」と記しましたが、これは「一部」という次元を超えています。
宮の森4条 Tさん宅 再生軟石建物
 まごうかたなき「再生」物件です。もっと早く知っていれば、札幌軟石展で展示できたのに…。展示でTさんにお見せできなかったのが悔やまれます。それにしても、あの日食倉庫が、あのコンカリーニョの軟石が、ここに甦っていたとは…。
 「再生新築」(2015.8.17ブログ参照)として、現存軟石建物(築50年以上)にカウントします。12月22日時点の310棟に加え、311棟。

 ところで、この建物のことを札幌軟石展の会場でTさんからお伺いする直前、別の方からも「宮の森の住宅に軟石が使われているのを見た」という情報が寄せられました。本ブログの読者でもあるエルフェンバインさんです。「宮の森に軟石建物あり」と立て続けに私は聞いたのですが、昨日エルフェンバインさんからいただいたメールで、Tさん宅であることが同定されました。
 「もしや」とは思ったのですが、ほんの二三分差で同じ情報が寄せられた偶然にこれまた驚きを禁じえません。12月26日ブログの「どこでもドア」に続く、二度目の偶然です。札幌軟石の神様が、天から私たちを見守っているのではないだろうか。

2015/12/28

JR琴似駅北口にあった石蔵

 JR琴似駅の北口にも、かつて石蔵が煉瓦造とともにありました。
日本食品 元倉庫 1999年
 「日本食品製造合資会社」の元倉庫です(写真は1999年撮影)。1930(昭和5)年築と伝えられます。
 軟石展には、この倉庫の持ち主だったTさんも来てくださいました。Tさんは23日に来られたのですが、私がご挨拶しそびれたため、わざわざ昨日またいらしてくださったのです。

 この倉庫は、1994(平成6)年からはフリースペース「コンカリーニョ」として再利用されていました。駅北側地区の再開発により、2003(平成15)年に解体されたのですが、Tさんは倉庫を惜しみ、軟石を中央区宮の森にある自宅の一部に再利用(再々利用?)されたそうです。「一度見に来てください」とおっしゃってくださいました。行かねば。

 現在、倉庫跡地には超高層マンションが建っています(2013年撮影)。
日本食品 元工場跡地 2013年
 倉庫はなくなりましたが、煉瓦造の元工場は健在です(画像手前左)。1929(昭和4)年の築(末注)。日本初の野菜罐詰発祥の地とされます。現在は地元FMラジオ局スタジオとして再利用されています。

 その前は喫茶店として使われていました。
日本食品 元工場 2002年
 2002年に撮った写真では、「レンガの館」という店名が架かっていました。
 この店になる前は「サッポロ珈琲館」でした。現在市内各地に店を開いている同館のいわば1号店が、ここにありました。

 同館のマッチラベル(だいぶ前のものです)には、かつての店の建物がシンボルとして描かれています。
サッポロ珈琲館 マッチラベル
 同館がここを店としていたのは1980年代後半まです。ロゴに描かれている絵の由来も、人々の記憶から薄れつつあるでしょう。

注:Tさんへの聞取りによる。再利用後の史実は、札幌建築鑑賞会『さっぽろ再生建物案内』2000年、2003年による。 

2015/12/27

軟石展、最終日

 盛況裏に、つつがなく終えることができました。
 会場のオーナーYさんのご子息も、観覧に来てくださいました。「ここ数日、ずいぶん人が入っているので、様子を見に来ました」と喜んでくださいました。教育大学のサイテライト施設となっているこの建物は、ふだん同大学学生の作品などの展示に使われています。今回のような市民主体の催事はおそらく初めてであり、これまでの平均来場者数を更新したのかもしれません。 
 実は、この会場は市民向けの貸し出しはしていません。このたびは、同大学講師で札幌建築鑑賞会会員でもあるⅠ先生の研究活動の一環という位置づけでお借りしたものです。展示にもっともふさわしい建物をお借りできたのは、Ⅰ先生のご尽力のたまものであり、感謝申し上げます。これをきっかけに、市民と大学の協同(最近のコトバでいえばコラボレーションですか)の場としてこの建物が広く活用されていくことを願ってやみません。

 一週間、会場に詰めていて、さまざまな出会いがありました。‘リアルな充実’を体験しました。ありがとうございました。
 展示期間中、「○○の近くに、石蔵がありましたよね?」「ああ、△△のそばですよね?」という会話を幾度となく交わしました。札幌軟石の建物は、なくなると人の心にぽっかり穴が空く存在のようです。昨日来場したお一人は、「忘れかけていた記憶が、次々よみがえってきた」とおっしゃっていました。

 札幌軟石とは何であったか?
 土地の記憶であり、人々の原風景であることを、この一週間で再発見しました。生きていくうえでの‘よすが’にすら、なっている。ヒトは、札幌軟石をよすがにする種とそうでない種に二分されるのかもしれない。

 「□□にも、軟石建物があった」という新たな情報も、幾つか寄せられました。また確かめに行かねばなりません。ここのところ軟石ネタをずーっと続けてきたので、そろそろ別のテーマに変えたいと思っているのですが。

2015/12/26

軟石展、六日目

 今季初の真冬日。
 多彩な方々が来てくださいました。
 小樽の石造建物現存三百棟を調べ上げたTさん、北広島の島松軟石建物38棟の詳細な記録をまとめたKさん、厚別区大谷地の軟石建物持ち主のⅠさん(12月22日ブログ参照)、新聞を読んで旭川から訪ねてこられた方、岩手県久慈市から札幌のご実家への帰省の途、足を運んでくださった方(私のブログで催事を知った由)…。氷点下の外気の中、新聞記事を頼りに会場を探し当ててこられた方には、頭が下がります。

 札幌建築鑑賞会会員のYさんは、昭和30年代から札幌の街並みを撮り続け、写真や雑誌、業界紙などお宝をたくさん持っています。
 Yさんと、ススキノの西にあったC工業社長宅の話をしました。札幌の地場のゼネコン経営者だったお宅です。お屋敷の配置をYさんが記憶を頼りに描き起こしてくれました。
Yさん作画略図 C工業
 Yさんによると、その一角に石蔵があったそうです。

 その話題のきっかけは、この写真です。
どこでもドア
 C工業の駐車場に遺っていた物件。
 2005年の調査のとき、担当した軟石発掘隊員が見つけました。私たちは当時、‘どこでもドア’と名付けました。後に、C工業発祥地の記念に遺されたものと伝え聞きました。
 Yさんの記憶に基づくと、この物件はどうやら、かつてここにあった石蔵の一部だったらしい。
 …ということをYさんと話していたそのとき、展示を観覧していた別の男性が私たちの会話を聞いておられ、「私、Cですが、それは確かに、C宅にあった石蔵の一部です」と。
 
 会場に来られていたCさん(鑑賞会会員)は、C工業の分家筋に当たる方だったのです。Cさんは子どもの頃、その蔵に入ったことがあるそうです。Cさんによると、石蔵は敷地の南東角にありました。西側と南側は軟石の塀で囲まれていたそうです。
 縁故の方が居合わせる偶然。こういうことがあるのですね。驚きました。Cさんの証言により、‘どこでもドア’の出自が裏付けられ、長年の謎が解けました。

 C工業はその後、別の地元建設会社との合併に伴い、この地にあった社屋は売却されました。その際、‘どこでもドア’も消滅しました。

2015/12/25

軟石展、四日目、五日目

 発掘隊員のOさん、S先生がお見えになりました。
 Oさんは、「私が撮った写真も展示されていた」と、嬉しそうに覧になっていました。
 Oさんが10年前に撮影した石蔵の写真です。
南12西17 石蔵 2005年
 石蔵の屋上に屋を重ねてフラットルーフ化したこの形態は、特殊北海道・札幌的といえなくもありません。私は‘角隠し物件’と名付けたものです。
 
 昨年、この物件を所在地を訪ねたところ…。
南12西17 石蔵跡地 2014
 建物は跡形もなく、更地になっていました。
 Oさんが撮った写真が、在りし日の貴重な一枚となりました。

 弘前大学でリンゴを研究されていたS先生は、元大学教授をおくびにも出さず、一隊員として軟石調べに携わってくださいました。
 S先生は1934(昭和9)年から平岸にお住まいで、リンゴ畑を見て育った方でもあります。札幌におけるリンゴ栽培のことを根掘り葉掘り訊いてしまいました。
平岸リンゴ 旧選果場 2015
 平岸に今も遺る元選果場の建物は、S先生の師匠筋でリンゴ研究の泰斗・島善鄰(しまよしちか、元北大学長)が設計に関与したそうです。初めて知った。

2015/12/24

石山東の軟石住宅

 軟石展では、昭和30年代の軟石採掘作業や軟石住宅の建築風景を撮った貴重な写真を11点、展示しています。南区石山東にお住まいで、当時石工をしていたJさんが所蔵する写真です。昨日は、そのJさんが会場に来てくださいました。即席で、当時の思い出話をお聴きする会を設けました。
石山東5丁目 軟石住宅 1958年築
 手前の住宅は建築途中です。奥の住宅はすでに完成しています。 
 Jさんによると、札幌軟石は1尺立方が‘1才(切)’という単位で、標準ユニットは3才すなわち1尺×1尺×3尺です。この画像に写る住宅の窓の楣には、それよりも長い石材を渡しています。これを‘長物’と呼んでいたそうです。

 住宅建築の現場で、長物を積み上げている作業です。
軟石 長物積み上げ
 足場に板を掛けて、人力で引っ張っています。足場の一番上には、男の子らしい姿も見えます。「長物を積み終わった後には、皆で一杯やったものだった」とJさんは語っていました。写真を見ると、確かに「一仕事終えた」という実感が湧きます。

 Jさんが軟石の切り出しのみならず、建物の石積みにも携わっていました。Jさんが石を積んだ住宅が、今も石山東地区に4棟、現存しています。
石山東5丁目 住宅 現存
 前掲のモノクロ写真に写っている建物のいずれかと思われます。その一棟にお住まいの方から、建てられたのは1958(昭和33)年と伺いました。Jさんの本家が所有していた土地を、当時国鉄の職員だった6世帯が分譲購入したそうです。そのとき「軟石で家を建てる」というのが、いわば建築条件だったとのこと。
 
 石山条丁目地区にも、やはり国鉄職員が分譲購入した軟石住宅が2棟、残っています。ここも、建てられたのは昭和30年代の半ばとお聞きしました。同じ区画内に以前はさらに2棟、軟石の住宅があったそうです。石山は軟石住宅がとても多いのですが、その中にもさらに‘ホットスポット’があるのです。石造住宅(前掲写真をみると、木骨は入っておらず、純石造と思われる)の密度の高さは、全国的にみても稀有な部類ではないでしょうか。
 すべてを確認したわけではないので断定はできませんが、どうも昭和30年代に軟石住宅建築のピークがあったように見受けられます。これはなぜか?
 Jさんの話から想像するに、木造で建てるより建材単価も労賃も安かったようです。戦後、北海道・札幌の人口は増え続けました。昭和30年代は、戦後の混乱が一段落し、経済が高度成長にかかる時期です。国鉄職員が郊外にマイホームを購入するようになったという世相を、軟石住宅から窺い知ることができました。

2015/12/23

軟石展、三日目

 ‘地域の宝物に気づくこと’をテーマに、トークセッションを催しました。
軟石展2015 トークセッション
 札幌軟石発掘大作戦の隊員6名がリレーで語りました。
 隊員の中には地質の研究者や建築学の専門家もいますが、この大作戦の特色は専門の先生方の助言を受けつつ、専門非専門を問わず市民が同等に参加してまとめあげたことです。北海道教育大学函館校講師の池ノ上真一先生(札幌建築鑑賞会会員)は「市民による‘価値の発見と創造’」と総括してくださいました。自分の足で歩き、目と耳で確かめて価値を発見する悦び。発掘隊員A嬢のコトバを借りれば「キラキラした体験」です。

 会場は座席定員50名満杯の盛況でした。 
 ご参加いただいたすべての方に感謝申し上げます。会場でご挨拶しそびれてしまった方には、失礼をお許しください。
 軟石建物を所有するEさんから金一封を頂戴しました。持ち主の方が私たちを応援してくださっていることに、勇気づけられた思いです。ありがとうございました。 

 セッションの最後に、参加者のお一人から「軟石建物は300棟だけではない。まだあるはずだ」という爆弾(?)発言がありました。予定調和的には、終わらないものだなあ(苦笑。

2015/12/22

厚別区大谷地の軟石建物

 札幌軟石展の初日、来場者から「分布図に載っていない建物がある」という情報が寄せられました。
 教えていただいた所在地を訪ねました。
大谷地 Ⅰさん宅元米蔵
 しかと、軟石建物がありました。
 こんな物件を見逃していたとは、忸怩たる思いですが、主催者と観覧者による双方向の情報送受信や相互交流こそ、今回の催事に期していたところでもあります。早速それが実現しました。

 持ち主のⅠさんにお話を伺うことができました。
 「昭和2年頃、Ⅰさんのお父さんの代に建てられたとのことです。Ⅰさん宅は水田稲作をしていて、米穀や馬の飼料の燕麦を収蔵していたそうです。実は前もって住宅地図で目星を付けて伺ったのですが、Ⅰさんというお名前に心当たりがありました。Ⅰさんというのは、厚別旭町で石材店をやっていた方(2014.11.13ブログ参照)のご一族ではないか…。

 そのとおりでした。石材業を営んでいたご親戚によって積まれた蔵だそうです。ならば、この軟石はアシリベツ産か?
 Ⅰさんのお話では「この蔵がそうだったか断定はできないが、有明で軟石を採っていたとは聞いている。馬で軟石を運んできたと」。
 これで現存は310棟。明日展示会場に行って、分布図にシールを貼り足そう。

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keystonesapporo

Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。

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