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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 新型冠状病毒退散祈願

2020/05/31

白一点

 市道北4条線のベニバナトチノキが、今を盛りと咲き誇っています。
北4条線 ベニバナトチノキ
 この通りは片側一車線の車道に比して歩道の幅が広く、街路樹帯もゆとりをもって設けられています。

 普通だったら車道を片側二車線、確保してもよさそうなくらいです。
北4条線 ベニバナトチノキ並木
 そうなっていないのはおそらく、街区の途中で道幅が細くなっているからでしょう。かつての市町界に由来します。
 
 上掲画像は西から東を望みました。札幌市側です。この反対側、つまり西側が旧円山町(その前は藻岩村大字円山村)で、道が狭くなります。片側一車線しか取れない幅です。街区の途中で車線数が変わるのはあんばい悪いので、一車線で通したのでしょう。その分、歩道幅が広くなり、街路樹帯も大きめになったという私の推理です。旧札幌市・旧円山町境界付近の道路幅員については気になることもあるのですが、おってあらためることとします(末注①)。

 別に気になったのは、樹のことです。
北4条線 トチノキ?
 ベニバナ色の花を咲かせていない樹があります。
 
 よく見ると、一房、花を付けているのですが、白い。
北4条線 トチノキ? 拡大
 おや、ベニバナトチノキでない樹もあるのかしらと、帰ってから造園家Rさんのブログを読み直しました(末注②)。
 ↓
http://blog.sapporo-ryu.com/?eid=1233
 なるほどと合点しました。

 庇を貸して母屋を取られる、みたいなことでしょうか。いや、もともとトチノキが母屋で、接木されたベニバナトチノキのほうが間借りの立場ですか。とすると、大家さんが店子を追い出したようなものか。
 Rさんには怒られるかもしれませんが、もともとの自然植生でもないのだし、これはこれでいいのかなと思ってしまう私です。

 注①:2017.9.15同9.16ブログ参照。旧札幌市・円山町境界をめぐる道路幅員については、昨年〈2019年)5月27日のUHBみんテレ「となりのレトロ」桑園編でも紹介
 注②:ベニバナトチノキについては2018.6.10ブログに関連事項記述
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2020/04/14

すすきのにある「馬頭観世音菩薩」碑

 地下鉄豊水すすきの駅の近くにあるお寺です。
新善光寺 築山
 境内の一隅に築山が設けられています。右方奥に観音様?が浮き上がって見える自然石が祀られていますが、本題はそちらではありません。

 遠巻きには良く見えないのですが、近寄ると左方に碑も窺えます。
新善光寺 馬頭観世音菩薩碑
 「馬頭観世音菩薩」と刻まれている碑です。

 よくある馬魂碑、馬頭さんの類かなと思っていたのですが、そうでないことを知りました。そもそも、馬頭さんを「よくある」類と一括りはできないのでありましょう。
 

2020/04/03

「札幌市民憲章」の古いプレート

 街中の、とあるビルの地下へ行き来する階段の入口で見かけました。
札幌市民憲章 古いプレート
 あえて場所は明示せず、場所がわかる電照広告も網かけしておきます。
 さようにもったいぶって載せるのも、稀少な名残物件だと思ったからです。

 比較的よく見る札幌市民憲章の新しいほうのプレートです。
札幌市民憲章 プレート
 「新しいほうの」といっても、そこそこ黄ばんできていますが。こちらは1986(昭和61)年以降です。

 前掲の古いほうが稀少だと思ったのは、「前章」の全文が書かれていることにあります。前章というのは「わたしたちは、時計台の鐘がなる札幌の市民です。」という最初の一文のことです(末注)。前掲の古いほうのプレートには、その下に囲みで文章が書かれています。いわば憲章の制定趣旨です。この全文が、新しいほうには書かれていません。
 この前章全文に、そしてその全文が新しいほうで省略されたことに、私は歴史性を嗅ぎ取ってしまいます。それは私の勘繰りというもので、たぶん深い意図はないのかもしれません。ちなみに、前章全文が書かれているポスターも見たことがあります。そちらのほうがさらに新しそうなので、また復活したのでしょうか。
 ともあれ、冒頭の古いプレートも名残物件として遺ってほしいと冀います。

 注:古いほうのプレートでは「わたしたちは 時計台の鐘が鳴る札幌の市民です。」で、「わたしたちは」に読点(、)がなく、「なる」は「鳴る」。

2020/03/26

屋上屋を重ねた石蔵

 すすきのにある「魚のあんよ」という店が閉じました。
すすきの 魚のあんよ 閉店
 建物の突出し看板には「海鮮問屋」とありますが、海鮮料理の店です。

 閉店を伝える貼り紙には「建物解体のため」と書かれています。
魚のあんよ 閉店の貼り紙
 営業は2月末で終わりました。前掲画像のとおり、すでに足場が組まれています。

 この店は、外から一見したところはわからないのですが、中に石蔵がビルトインされていることで知られていました。
魚のあんよ 元夢蘭 蔵座敷 2階入り口
 立派な、いわゆる座敷蔵または蔵座敷です。札幌には珍しいと思います。もともと「夢蘭」(むうらん)という名前の料亭でした。「魚のあんよ」に変わったのは2012(平成24)年です。

 「夢蘭」閉店直前の様子を、ホッケン研のYさんが「札幌ノスタルジック散歩」に留めています。
 ↓
http://cache.yahoofs.jp/search/cache?c=-mq6nbbFYFEJ&p=%E2%80%9D%E5%A4%A2%E8%98%AD%E2%80%9D++%E2%80%9D%E8%BB%9F%E7%9F%B3%E2%80%9D&u=www.sapporowalk.justhpbs.jp%2Fphototop.html
 「魚のあんよ」に変わって大衆化されたようですが、私が夢蘭に行ったのは自分がまだ羽振りの良かった頃です。私に羽振りが良い時代なんてあったか? 古い手帳を見返すと、2005(平成17)年の1月の新年会でした。

 当時のリーフレットです。 
夢蘭 リーフレット オモテ
夢蘭 リーフレット ウチ
 記念にとっておきました。2005年はちょうど、札幌建築鑑賞会で札幌軟石の物件調べ(札幌軟石発掘大作戦)をスタートした年です。新年会は鑑賞会とはまったく関係ない別の集まりで、私が幹事ではなかったのですが、これ幸いと堪能させていただきました。

 ところで、本件石蔵はビルトインされていると前述しましたが、それも札幌では珍しいと思います。屋上屋を重ねた、いわゆる内蔵(うちぐら)です。内蔵は内地に見られるようですが、札幌で私が知る限りでは現存は本件ともう1件、解体は2件です。などと稀少なことを知っているかにふるまいますが、私の知識はたいてい札幌建築鑑賞会の諸先達のご教示に由ります。
 内蔵といっても、“種類”があります。いえ、これは私が勝手に分類しただけです。
 ①本来的内蔵:もともと内蔵として座敷などを主屋の中に建てたもの
 ②結果的内蔵:別棟の文庫蔵などを、あとから主屋を増改築して中に取り込んだもの 
 札幌で私が知る他の例はいずれも、おそらく②だと(だったと)思います(2015.6.212015.2.6ブログ参照)。
 本件はどうでしょうか。私はてっきり①だと思ってきたのですが、建物の由来を聞くにつけ、自信がなくなりました。由来については、機会をあらためて記したいと思います。ああ、こうしてまた一つ、書き残しが増える。

 ところで、石蔵のビルトインについて「外から一見したところはわからないのですが」と前述しました。
元夢蘭 右側面 軟石
 向かって右側面、隣の建物との隙間からわずかに軟石がのぞいています(黄色の矢印の先)。いや、今となっては足場が組まれて近づけなくなったので、「のぞいていました」。

2020/02/23

北門館の思い出

 昨日ブログでお伝えした場所には思い出があります。
 正確にいうと、その場所にあった旅館です。40年余り前の3月、一泊しました。大学の合格発表があった後、下宿先を決めるために札幌に来たときのことです。

 そのときの名刺サイズのカードやら領収証やらをとっておいてました。
北門館 名刺オモテ
北門館 名刺ウラ
北門館 領収証 1978年
 当時つまり18歳の頃から、こういうモノを残しておく癖(へき)があったのですね。自分にとっては人生の大きな節目だったので、思い入れが大きかったのでしょう。

 前掲の名刺サイズのカードは、札幌駅の旅館案内所で紹介されてもらったものです。
日観連旅館案内所 オモテ
日観連旅館案内所 ウラ
 カードを入れる紙袋のウラに宿の一覧が載ってます。懐かしい名前がチラホラ。

 下掲の画像は、十数年前に入手したものです。
北門館 外観 (500x393)
北門館 客室内
 たしか、北門館の在りし日の姿です。

 私が泊まったとき、外観の印象はほとんど残っていません。ただ、宿に着いて部屋に案内されたとき、「結構大きな旅館だなあ」と思った記憶がうっすらとあります。上掲の部屋ほど大きな間取りではありませんでしたが、高卒生が一人で泊まるのは少し分不相応な立派な部屋だったような覚えです。中庭もあったようにも思います。道庁のまさに北門にあって、出張者の宿に使われたのでしょう。

 今から思うに、増築された建物に廊下を伝って通されたので、大きく感じたのかもしれません。これも「今から思うに」ですが、昔ながらの風情のある旅館でした。札幌市サイトの「再開発」のページに、本件旅館のあった地区について次のように書かれています(末注、引用太字)。
 この地区は、昭和30年代の古い木造の旅館・飲食店などが密集し、土地の利用度が低く、防災上も問題がありました。
 ところで、上掲の客室には、隅にいわゆる「ファンシーケース」が置かれています。いいですね。
 注:http://www.city.sapporo.jp/toshi/saikaihatsu/redevelopment/jigyo/chuo/redevelopment/n4w5-s.html

2020/02/22

日本生命北門館ビル

 中央区北4条西5丁目にある「日生ポケットパーク」です。
日生ポケットパーク
 道庁からこの空間を抜けて仲通りを渡り、北側のビルの中を通ると、札幌駅へ短絡します。

 1983(昭和58)年、第1回札幌市都市景観賞を受賞した物件です。この空間の存在を知って30年余、これまでここを歩くときは「都市景観賞初回物件だなあ」という潜在意識を抱いていました。ただ、本体のビルのほうに目を向けたことはありません。
 
 それが先月末、このビルの前を通りかかり、初めて「ほぉ」と足が止まりました。
日本生命北門館ビル 外壁
 建物の外壁に眼が留まったのです。煉瓦タイルの積まれ(貼られ)方。

 フランス積みで積まれて(貼られて)います。
日本生命北門館ビル 外壁 タイルの積まれ方
 30年余、気づいてませんでした。

 これは、本件建物の南側にある建物を意識したのではないか。
道庁赤れんがから見た日生北門館ビル
 道庁赤れんが、です(画像左方が本件日本生命北門館ビル)。

 フランス積みで積まれています。
道庁赤れんが フランス積み
 (煉瓦のフランス積みについては2018.7.19ブログ参照)

 「日生ポケットパーク」の都市景観賞受賞理由を読み直してみました(末注、引用太字)。
 本市初の個人施行の再開発事業により、植樹、ベンチ、照明灯、屋外小ギャラリー等をとり入れた、やすらぎのある公開空地と歩行者空間を創出している。建物の外壁を旧道庁庁舎の屋根の色に合せたり、ポケットパークから道庁庭園への視覚的広がり等、周辺との景観上の配慮がなされた公開空地となっている。

 建物外壁は「旧道庁庁舎の屋根の色」に合わせた、と。
日生北門館ビル側からみた道庁赤れんが
 これも知らなかった(画像左方が日生北門館ビル)。いろいろ隠し味を効かせた建物だったのだなあ。

 注:『あなたと市営交通を結ぶ情報誌 ウィズユー』増刊号、2008年2月、p.16

2020/02/18

古写真に写る建物を推理する(承前)

 昨日ブログの続きです。
 「ヒント1」の画像から手がかりを探ります。
朴沢家寄贈写真 上棟式 部分拡大 社章
 黄色の矢印を付けた先です。

 その部分を拡大します。
朴沢家寄贈写真 上棟式 部分さらに拡大 社章
 横断幕に星形のマークが描かれています。真ん中に模様も窺えます。棟上げされた建物の施主さんの印とおぼしい。

 これと同じマークが描かれた小プレートが手元にありました。
星型に「北」の社章
 直径4.5㎝大。20年余り前、とあるお宅が解体される際、玄関に貼られていたものを貰いました。
 星形の中央に「北」という文字が象られています。ある会社の社章です。現在は別のデザインに変わっています。

 「ヒント2」の画像の全体像です。
朴澤家寄贈写真上棟式に写る建物の2008年(全景)
 この画像が撮られてまもなく、解体されました。2008(平成20)年だったと思います。

 前掲の建物があった場所の現在の風景です。
朴沢家寄贈写真 上棟式の建物があった現在地
 建物は昨年(2019年)、供用開始されました。この東隣(画像左方)には冷暖房と電力を供給する「エネルギーセンター」が設けられています。主なエネルギー源は「天然ガスコージェネレーション」とのことです(末注)。
 
 注:参考文献 「北ガスアリーナ札幌46」(一社)北海道建築指導センター『センターリポート』211号、2020年1月、pp.14-17及び『北ガスグループ本社ビルのご案内』p.11

2020/02/13

電柱「中沼幹」の謎

 2月1日ブログに、電柱銘「中沼幹」を載せました。
市道東9丁目南線 電柱 中沼幹 再掲
  札幌で「中沼」というと、私はまず東区の町名を思い浮かべます。しかるに、本件「中沼幹」の所在地は札幌市中央区北3条東9丁目です。

 その位置関係を現在図で示します。
現在図 「中沼幹」の所在地と「中沼町」の位置
 地図上、左下(南西)の赤いを付けたところが電柱「中沼幹」の所在地です。一方、東区中沼町は右上(北東)の赤いを付けたあたりに位置します。直線距離にして、約9㎞です。かくも離れたところに、なぜ「中沼」か?

 その「なぜ」を探る前に、周辺の電柱銘はどうなっているか調べてみました。
現在図 北3東9 「中沼幹」周辺
 電柱銘は以下のとおりです(元図は地理院地図)。
 :中沼幹
 :北3東幹
 :北2東9幹
 :北2東10幹
 :北8東7幹
 :日本ビール幹
 :北8東7幹
 :北3東6仲幹
 :北八東七幹
 :北2東9幹 
 の「中沼」との「日本ビール」以外は「北○東(○)」という表記です。

 「中沼」銘の電柱は道路(市道「東9丁目南線」)の西側にありますが、向かいあって東側にはの「北3東」という異なる銘の電柱が立っています。
市道東9丁目南線 電柱 北3東幹
 この道路の東側は、①の場所以外も「北3東」です。この銘鈑には「NTT東日本」のマークが描かれていますが、「中沼幹」のほうは電電公社時代のマーク(冒頭画像の「共架」と書かれた上にうっすらと緑色)です。西側は●以外に、残念ながら(?)銘のある電柱はありません(末注)。本件「中沼幹」はかなり古いモノと思われます。

 注:固有名詞等の銘は電々(NTT)柱(北電との共架柱を含む)で、北電柱の表記は数字の羅列である(2016.2.13ブログ参照)。宇都宮市で見た東電の柱は名詞表記されている(2019.12.28ブログ参照)。

2020/02/01

札幌厚生病院の傍らの電柱

 中央区北3条東9丁目です。
札幌厚生病院東側 市道東9丁目南線 電柱
 「東9丁目南線」という市道が、厚生病院の東側を南北に通じています。

 電柱銘鈑は「中沼幹」です。
市道東9丁目南線 電柱 中沼幹
 なぜ、ここに「中沼」か。

2020/01/24

旧苗穂駅舎跡 拾遺

 JR苗穂駅前の在りし日です。
苗穂駅前 オンコの木
 旧駅舎当時の2018(平成30)年9月に撮りました。駅舎が役目を終えたのは、この年の11月です(2018.11.16ブログ参照)。 

 正面に写るオンコの木の行く末が気になっていました。駅舎移転に当たり、向かいの公園に移植されると駅長さんにお聞きしていたからです(2018.10.42018.11.25ブログ参照)。

 その後、すでに1年と4か月あまり。遅ればせながら、このたびようやく確かめてきました。
旧苗穂駅舎跡 2020年1月
 駅舎の跡地は、きれいに何も残っていません。

 昨年4月に撮った風景です。
旧苗穂駅舎跡 2019年4月
 旧駅舎は板が打ち付けられていましたが、このときはまだ残っていました。オンコもそのままです。こののち、建物は解体工事に入りました。

 同じ向きで道路の向かいから撮った現在です。
旧苗穂駅舎跡-2 2020年1月
 どちらから見ても、何もありません。

 向かいの公園です。
旧苗穂駅前 小緑地 オンコの木
 正面に写るオンコが、移植されたものではないでしょうか。現地では自信がなかったのですが、前掲の画像と較べてみると、樹形が同じに見えます。

 近くに立っていた看板を、これまたあとからよくよく見ると…
苗穂駅周辺まちづくり協議会「はばたく苗穂」第57号
 赤矢印を付けたところに、オンコの移植のことが以下のとおり報じられています(苗穂駅周辺まちづくり協議会「はばたく苗穂」第57号 本年1月発行から、引用太字)。

 旧苗穂形前のオンコの木が移植されました
 旧苗穂形前のオンコの木が、昨年9月に南側の緑地に移植されました。イルミネーションが飾られたりして地元では馴染みの樹木ですが、根付くことを願っています。また、動輪のある緑地の看板も「苗穂地区の歴史と苗穂駅周辺まちづくり事業」をテーマに更新されます。 


 ひとまず、よかった、よかった。
 かなりの樹齢を経たであろう木なので、移植は大変だったのではないでしょうか。関係者の尽力に敬意を表します。木のそばには、移植の経緯などを記したものは見当たりません。もしかしたら積もった雪に隠れているのかもしれないのですが。前述の看板に掲げられた記事は、新しい号に更新されたら読めなくなるでしょう。木とともに、由来も末永く伝えられてほしいものです。
 つっかい棒で支えられていることからしても、この木がまさに根付くのはこれまた大変ではないかと慮ります。移植の場所を私は「向かいの公園」と前述しましたが、札幌市のサイトで調べてみても該当の名前が出てきません。引用したまちづくり協議会記事には「緑地」と記されています。市の都市緑地などでもないようです。どこが管理しているのかな。

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プロフィール

keystonesapporo

Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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