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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 胆振東部地震お見舞い

2018/10/28

三里東排水の上流を遡る 地震の痕跡

 里塚霊園に行ったついでに、三里東排水の暗渠を辿ってみました。
三里東排水 美しが丘4条7丁目 暗渠
 清田区美しが丘4条7丁目です。

 まず、前掲色別標高図に示した赤いの先。
三里東排水 美しが丘4条7丁目 液状化? 
 液状化とおぼしき泥砂の名残が見られ、赤いセイフティコーンが置かれたマンホール蓋の箇所が突起しています。地盤が沈下したようです。

 次に、水色のの先。
三里東排水 美しが丘4条7丁目 マンホール修復跡
 ここもセイフティコーンが置かれ、マンホール蓋の周囲が補修された形跡です。

 当該マンホール蓋には「河」と刻まれています。
三里東排水 美しが丘4条7丁目 修復マンホール 河

 「河」マンホール蓋の先の電柱は、傾いています。
三里東排水 美しが丘4条7丁目 復旧工事中の電柱
 おそらくこれも地震の影響でしょう。(2018.10.29削除) 緑色のシートが巻かれ、「復旧工事中」と貼り紙されています。

 さらに遡ると、住宅地の間をフェンスで囲まれた細長い土地に行き着きます。
三里東排水 美しが丘4条7丁目 住宅地の間の暗渠
 濃い青のの先です。一見不思議な空間ですが、暗渠だと知ると納得できます。手前の道路のマンホール蓋はやはり「河」です。ここは特に地震の影響は見られませんでした。この細長い土地の奥に里塚霊園があります。

2018.10.29 電柱に関する記述を削除。10.29ブログ参照
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2018/10/27

里塚霊園の地形

 札幌市河川網図です。
河川網図 三里東排水上流部
 三里川の上流に、三里東排水という支流が流れています。ただし暗渠です。

 昨日ブログに載せた里塚霊園周辺の標高図に、三里東排水をなぞってみます。
色別標高図 里塚霊園 三里東排水
 白抜きの実線が三里東排水です。

 標高図で色分けされた等高線で見て取れるように、昨日ブログに載せた墓石群の区画に向かってこの排水が谷を削っています。かつては川が流れていたのでしょう。

 古い空中写真(1961年)を見ても、ほぼ同じところに沢地状の地形が窺えます。
空中写真1961年 三里東排水?
霊園が造成される前の地形です。

 全景色別標高図で、黒い矢印の先に示したところを撮りました。
里塚霊園 美しが丘5条9丁目との境
 三里東排水の上流部と思われる箇所です。画像右方の宅地に擁壁が組まれていることでもわかるように、かなりの高低差があります。

 こうしてみると、昨日ブログで伝えた墓石群の区画は、谷底地形を人工的に整形した場所と想われます。
 
 札幌市の公式サイトに「市営霊園・墓地の被害状況について」公表されています。

 上記サイトに基づいて、各区画ごとの被害件数を全体図に落としてみました。
里塚霊園 区画別 墓石被害数
 数は「墓石が倒れそう」「墓石・その他施設等が倒壊している」「隣の区画に被害を与えている」の合計です。
 
 霊園の全体にわたって被害が生じていることがわかります。、昨日ブログで伝えた墓石群の区画は、「4-3」という区画の中の赤い■で囲ったところです。「4-3」で被害件数は156件です。各区画の墓石の総数に対する被害件数の比率が判らないのですが、当該区画が他の区画と比べて格別多いようには見受けられません。ただ、同じ「4-3」でも、赤い■でなぞったところとそうでないところを現地で比べた限りでは、前者ほうがブルーシートの比率が高い印象を受けました(末注)。

 注:被害はあるがブルーシートで蔽われていない墓石もあるので、単純にブルーシートの数だけで判断はできない。また、墓石の形状によって倒れやすいものとそうでないものもあるので、被害の数だけで区画ごとの傾向を即断することもできない。
 

2018/10/26

里塚霊園 墓石の被災

 里塚霊園です。
里塚霊園 4期3号
 ブルーシートで蔽われている墓石が目につきました。このたびの大地震で損傷を受けたものと思われます。

 全体を確認したわけではありませんが、前掲の画像は比較的ブルーシートの比率が高い区画と見受けました。
 この墓石群の区画を、霊園の全体図で示します。
里塚霊園 全体図 4期3号
 赤い■で着色したところです。

 現在図でその場所を示します。
現在図 里塚霊園 4期3号区画

 次に、色別標高図で見てみます。
色別標高図 里塚霊園4期3号
 標高80m以下から5mごとに7段階で色分けしました(国土地理院サイトから)。
 白抜きの□で囲ったのが当該墓石群の区画です。

2018/10/25

里塚霊園のシンボルタワー

 昨日ブログでお伝えした厚別区青葉町の「第1団地幹」。私は「下野幌第一団地」に由来するのではないかと思います。
 同団地は1962(昭和37)年に造成開始されました。1969(昭和44)年に一帯が「青葉町」と命名されます(末注①)。ここに造成された市営住宅はかつては「下野幌団地」でしたが、十数年前に「青葉団地」に変わりました。ちなみに「下野幌第二団地」」は現在の「新さっぽろ団地」「第三団地」は「もみじ台団地」です。
 ところで10月21日ブログに載せたこの地のフラワーポットは、青葉町の宅地化の時期に設けられたとすれば1960年代ということになります。「札幌ノスタルジック散歩」のYさんによると、このフラワーポットが札幌で出回ったのは1960年代の後半らしい。年代的には合いますね。

 さて、里塚霊園に行ってきました。目的は来たる28日の「北海道ヘリテージウィーク」の連続講座(10月23日ブログ参照)で話す永山武四郎です。彼の墓を再訪しました(2015.9.24ブログ参照)。
 永山の墓のことはここで記すと28日のネタ晴らしになるので控えます。毎度のことながら、いろいろ寄り道してしまいました。一つは9月の地震による被災状況です。これもおいおい綴ることとしましょう。

 今回お伝えしたかったのは、こちらです。
里塚霊園 円形広場
 霊園の中央に円形の広場があります。

 載せたかったのは広場そのものではなく、ここにあったはずのモノです。確か、高い塔というかモニュメントがあったと記憶しているのですが。このたび行ってみたところ、無い。
里塚霊園 現地案内図 シンボルタワー
 現地の案内看板には、「シンボルタワー」と書かれています(黄色の矢印の先)。

 タワーがあったとおぼしき跡です(末注②)。
里塚霊園 シンボルタワー跡
 
 管理事務所に行って訊いてみました。
 私「たしか、塔が建ってたと思うんですが…」
 職員「あ、あれは平成27年まであったんですけど…」
 私「撤去されたんですか?」 
 職員「ええ、倒れて危ないというんで…」

 平成27(2015)年といえば、私が前にここを訪ねた年です。
里塚霊園 シンボルタワー2015.9.17
 このとき撮った写真が、シンボルタワーの見納めになってしまいました。

 できれば、もう一度拝みたかった。 
里塚霊園 シンボルタワー2015.9.17 拡大
 近くまで行こうと思いつつ「ちょっと遠いな」と躊躇して遠景ですませたのが仇となりました。私が画像に収めて間もなく解体されたのでしょうか。 

 2015年に撮った本件のてっぺんが、そこはかとなく北海道百年記念塔を彷彿させたからです。 
北海道百年記念塔 てっぺん 再掲
 全体像を確かめたかった。

 『聖地に星のまたたき 豊平墓地移転記念誌』1988年の見返しに、里塚霊園の鳥瞰写真が載っています。 
里塚霊園 鳥瞰写真
 1984(昭和59)年撮影。ちょうど本の折り目と重なって判りづらいのですが、本件シンボルタワーも写っていました。


注①:『あつべつ区再考』1992年、pp.115-119
注②グーグルで空中写真を見ると、前掲画像の円形はタワーのそばにもともとあった花壇らしい。

2018/10/06

清田区美しが丘地区の地形 地震被害との関係 ②

 昨日ブログの続きです。

 地震被災地と三里川の位置関係を、空中写真2008年で示してみました。
空中写真2008年 三里川上流
 青の実線:三里川(明渠)
 青の破線:支流を含む暗渠
 黒い○:里塚地区の被災集中地域
 赤い○:美しが丘小学校の液状化とみられた箇所
 黄色の○:美しが丘2条6丁目、3条6丁目の液状化とみられた箇所

 札幌市の液状化危険度マップに引き写してみます。
液状化危険度マップ 三里川上流
 液状化危険度を示す地の色の凡例は以下のとおりです。
 ピンク色:液状化発生の可能性が高い
 黄色:液状化発生の可能性がある
 水色:液状化発生の可能性が低い
 青紫色:液状化発生の可能性が極めて低い
 このマップは9月11日ブログにも載せましたが、今回は美しが丘の液状化とみられた箇所を加筆しました(末注)。

 9月11日ブログを私は「今回実際に発生した液状化(とおぼしき現象)が、前掲危険度マップと完全に一致しているかというと、当然のことながら、そうではない」と結びました。本日お伝えしたかったのはそのことです。
 黄色の○を付けた美しが丘2条6丁目、3条6丁目は「液状化発生の可能性が高い」のピンク色に色分けされていますが、赤い○を付けた美しが丘小学校グラウンドの損壊箇所は、「液状化発生の可能性が極めて低い」の青紫色です。また、このあたりのピンク色の「可能性が高い」ところのすべてで液状化が起きたかというと、もちろんそういうわけではないと思います。

 液状化危険度マップが有力な手がかりであることは違いありません。“イロハのイ”だとは思います。しかし、当然のことながら知見の制約、限界もある。このたびの被災で判ったのは、自然的地形の(とりわけ旧河道の)人工的改変との相関関係を重ね合わせて判断することでしょうか。
 9月11日ブログで私は、「河道跡が地震や液状化とどこまで因果関係があるのか」、「相関性はこのたび、地形地質の専門研究組織の指摘により裏付けられたとみてよさそうです」とも記しました。しかし、これも“結果論”を否めません。旧河道の地形を人工的に改変した場所は、おそらく清田区内のほかにもあるでしょう。さりとて、いうまでもなくそのすべてで液状化が起きたわけでもないと思います。「清田区なかんづく液状化頻発地帯の局所特殊性」(9月12日ブログ)を、ぜひ専門家に解析していただきたい。

 昨日(10月5日)北海道新聞に、このたびの大地震に関連して文部科学省が北大に緊急の調査研究費を交付するという記事が載りました。「地質や建物の被害状況、揺れ方のデータなどを基に、斜面崩壊や都市部での液状化のメカニズムを解明する。災害予測の精度向上も目指す」とのことです。研究費の額は3,190万円。
 一段のベタ記事ですが、見逃せません。いずれ成果が明らかになることを、忘れないでいたい。

 注:黒い○、赤の○、黄色の○はあくまでも私自身が現地を確かめた箇所に限られ、里塚、美しが丘地区で生じた家屋の傾倒や地盤の亀裂等のすべてを伝えているものではない。

2018/10/05

清田区美しが丘地区の地形 地震被害との関係

 10月2日ブログで、先の北海道胆振東部地震により、液状化とおぼしき現象が札幌市清田区の里塚地区だけでなく、同区の美しが丘地区でも見られたことを記しました(『道新青葉中央販売所だより』連載拙稿「厚別ブラ歩き」10月5日号#13参照)。

 折しもというべきか、本日(10月5日)の北海道新聞で、「里塚以外でも家傾く 札幌・清田 美しが丘の20戸」と報じられました。以下、一部を引用します(太字、第35面「第一社会」)。
 胆振東部地震で札幌市清田区美しが丘地区の小学校グラウンドに亀裂ができたり、約20戸の家が傾くなどの被害が出ていたことが4日、分かった。市教委はグラウンドの亀裂は応急処置をしたものの、本格的な補修工事は来春の雪解けを待って行う方針で、体育授業など影響が長引きそうだ。
 美しが丘地区は液状化など大きな被害が出た清田区里塚地区から南に約1キロ。市は関連について「分からない」としている。
 市教委によると、美しが丘小、真栄小のグラウンドで被害が出た。特に美しが丘小は亀裂の深さが最大2メートル近くに達し、一部の地面が斜めに傾いたり、フェンスの土台が壊れたりした。

 
 上記記事では、美しが丘の被害が「4日、分かった」とされていますが、先月の地震直後から明らかだったこともあります。
 下掲の画像は、その美しが丘小学校(美しが丘2条5丁目)のグランウンドで、地震発生の翌々日(9月8日)、私が撮影しました。
美しが丘小学校 亀裂 180908
 赤い○で囲ったところに地盤の変形が窺われます。

 泥水が噴き出たような跡が見られました。
美しが丘小学校 液状化跡? 180908

 グラウンドのコンクリート擁壁が、損壊しています。
美しが丘小学校 グラウンド擁壁の損壊 180908
 これは私が「発見」したことではなく、地震の翌日(9月7日)、ラジオで「美しが丘小学校のグラウンドでも液状化(とおぼしき現象)が起きている」と報じられていました。それで、里塚に行った後、ここまで足を延ばしたのです。

 この場所を現在図で確認します。
地震 里塚 美しが丘 液状化とみられる場所
 元図は国土地理院サイトから作成した色別標高図(標高50m以下から5mごとに10段階で色分け)です。前掲小学校グラウンドの損壊箇所に赤い○を付けました。住宅の傾倒が集中している里塚地区(里塚1条1丁目、2丁目、9月9日ブログ参照)は、黒い○を付けました。白ヌキの実線と破線が三里川とその支流です。「札幌市河川網図」に基づき加筆しました。実線が明渠で破線が暗渠です。破線で示した支流(暗渠)の一つ、「三里東排水」の上流に白い○を付けました。町名でいうと美しが丘2条6丁目、3条6丁目です。私は9月8日、ここでも液状化とみられる現象を目視しました。これは小学校の近くの住民に教えていただいたものです。

 前述引用の記事によると、「美しが丘地区は液状化など大きな被害が出た清田区里塚地区から南に約1キロ。市は関連について『分からない』としている」そうです。札幌市が「分からない」ということに言及するのは気が引けますが、私は美しが丘地区の被害にも因果関係を推測しました。三里川(流域の人工的改変)との因果関係です。
 白い○を付けたところは、明らかに三里川の支流「三里東排水」が流れています。一方、赤い○の美しが丘小学校は、地図上では一見、三里川と関係なさそうです。

 しかし、古地図を見てみましょう。
1952年地形図「厚別」 三里川上流
 古地図といっても、1952(昭和27)年の地形図です。
 
 まだ宅造成される前の自然的地形が描かれています。三里川を水色の実線で加筆しました。破線は、この地図上では川として描かれていないのですが、私が等高線を読み取って上流部と推測して補ったものです。前掲現在図(色別標高図)に示した白ヌキの河道とほぼ一致します。
 破線は、茶色でなぞった国道36号の旧道の弯曲部分で二股に分かれます。左岸側が現在の三里川の暗渠、右岸側が三里東排水の暗渠に当たります。
 前掲現在図(色別標高図)で赤い○を付けた小学校の損壊箇所は左岸側の破線、すなわち三里川の上流域に当たると私はにらみました。

2018/09/18

液状化した「里塚ニュータウン」 往時の販売広告③

 9月9日ブログに記したとおり、「札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます」というモットーの拙ブログながら、楽しいとは言いがたい話題をしばらく綴っています。当分の間、サブタイトルに「地震お見舞い」を付します。

 「里塚ニュータウン」で戸建て住宅が土地付き建売りされた頃、札幌及び近郊の販売市場はどんなだったでしょうか。
 
 1970年代後半、197*年*月の1箇月分の新聞縮刷版から、住宅宅地販売の広告をひととおり拾い、現在図に落としてみました。
新聞広告にみる宅地分譲地の分布図1970年代後半某年某月 
 凡例
 赤い:建売り(土地建物)の販売箇所
 橙色の:土地(宅地)のみの販売箇所
 黄色の(赤い矢印の先に示した先):里塚ニュータウン
 緑色の:市中心部(地下鉄大通駅)からの距離5㎞
 青色の:同上10㎞

 土地付き建売りは5㎞から10㎞の圏内が多かったようですが、10㎞以遠にも拡がっています。本件里塚ニュータウンもその一つです。土地(宅地)のみの分譲は、南東部に集中しています。これは、1974(昭和49)年に札幌市が策定した「東部地域開発基本計画」(末注①)を反映しているのでしょう。

 各物件を、販売価格順(昇順)で一覧表にしてみました。  
新聞広告にみる建売り住宅の価格(価格順)
 赤いで囲ったのが里塚ニュータウンで、最低価格と最高価格の2件です。前者は土地244.17㎡、建物84.24㎡、価格1,335.8万円、後者は土地223.75㎡、建物102.06㎡、価格1,652.8万円。この表で載せている全51物件中、前者は上から5番目、後者は28番目に位置します。
 9月16日ブログで紹介した広告によると、このとき全42戸が販売されました。最多価格帯は1,400万円台で23戸です。これは前掲表でいうと13位から17位に当たります。

 文字情報の表は見づらいでしょうから、グラフにしてみます。
新聞広告にみる建売り住宅の価格(グラフ)197*年*月
 タテ軸の単位は万円です。ヨコ軸で物件を左から右へ販売価格の昇順に並べました。赤い棒が里塚ニュータウンの2件です。この2件の間に含まれる最多価格帯の1400万円台は、この年この月に販売された物件の中では、比較的お手頃の価格であったと察せられます。
 9月16日ブログで紹介した広告には、「月々3万円台からの一戸建」というキャッチコピーが謳われています。この広告が出た当時、私は6畳一間のアパート暮らしをしていて、家賃が15,000円/月でした。その実感からすると、土地付き戸建て住宅で月々のローンが3万円台(末注)というのは惹かれます。

注①:札幌市ウエブサイトの「東部地域開発基本計画」参照
注②:本件の毎月返済額「3万円台」は、広告を仔細に見ればわかるとおり最低価格の1,335.8万円の例である。頭金205.8万円を払い、残余を公庫融資及び民間ローンとし、ボーナス払い(年2回)222,791円という条件で組んだもので、正確には37,590円/月となる。かかる表示は、不動産商品の広告には珍しくない。

2018/09/17

液状化した「里塚ニュータウン」 往時の販売広告②

 昨日ブログの続きです。
 
 「里塚ニュータウン」の販売広告に描かれた分譲住宅の「完成予想図」をトリミングしました。
里塚ニュータウン 販売広告 完成予想図
 変形屋根(招き屋根)は1970年代に特徴的ですね(末注)。

 このたびの地震による液状化で傾いた住宅です(立入り規制線の外から撮影)。
里塚1条1丁目 液状化した地盤の住宅
 外観の意匠が前掲予想図に似ています。この住宅は造成当時に建てられたものと思われます。

 隣の住宅は無落雪の陸屋根で、1980年代以降の普及です。こちらも傾倒しています。ちょうど両者の境目辺を谷底にして地盤がへっこんだようです。元地形は毛細的な沢筋だったのかもしれません。

 一昨日の新聞の読者投稿欄に「清田の液状化に不安と憤り」と題した記事が載りました。以下、一部を引用します(太字)。
(前略)
 札幌市清田区でも、液状化によるとみられる家屋損壊が起きました。現場は40年以上も前に宅地造成された際、田畑だった谷を埋め立てたエリアだったそうです。谷の盛り土は水を含みやすく、まさに液状化を起こしやすい土地だったのですが、住民の中にはそれを知らなかった人や家を建ててから知った人も多かったといいます。
(中略)
 人命がかかっています。安易で無責任な宅地開発は許されません。関係機関はもっと厳しく規制してほしいと思います。

 投稿者の特に(中略)以下の主張に、私も異存はありません。ただし問題は「40年以上も前」(末注②)の時点で「もっと厳しく規制」が可能だったかどうかです。「谷の盛り土は水を含みやすく、まさに液状化を起こしやすい土地だった」という認識が、当時「関係機関」にどこまであったのだろうか。

 これまで拙ブログで私は、液状化を旧河道との関係で注目してきました(9月8日ブログ参照)。しかるにこのたびの液状化では、盛り土の地質的な問題も原因とされています(末注③)。これは研究者の中では昨日今日ではなく、かねて問題視されていたようです(末注④)。しかし、これが1970年代後半の本件宅地造成時に、どうだったか(注⑤)。
 
 注①:足達富士夫『北の住まいと町並み』1990年、pp.83-85 参照
 注②:昨日ブログで引用した本件分譲住宅の販売広告によると、開発行為及び宅地造成の検査は39年前の1979(昭和54)年である。
 注③:北海道新聞2018年9月13日記事「『液状化対策』早く」参照
 注④:(社)日本地すべり学会関東支部「ニューズレター」№2.0、2008年3月8日参照。安田進東京電機大学教授は「危険な宅地盛土を抽出し、合理的な対策工を実施することが重要」と説いている。
 注⑤:岡田成幸「エッセイ 地震から安心して暮らすために」『さっぽろ文庫77 地形と地質』1996年では、「過去に埋め立てや造成の履歴があるかどうか」が震度に影響を及ぼすことを指摘している(p.276)。しかし、あくまでも一般的・概括的な表現である。「液状化」という概念も、明確には言及されていない。ましてや今回の要因たる盛り土の地質には至っていない。
 清田区における地震被害は、1968(昭和43)年地震にまで遡ることができよう。しかし当時の新聞報道では、「火山灰で地盤の悪い」地域での「地盤沈下や隆起」といった記述である(北海道新聞1968年5月17日)。造成による問題は、中心的には窺えない。一方、札幌地理サークル編『北緯43度 札幌というまち…』1983年では「都市化のすすむ台地 -清田-」の章で、「清田団地」について次のように述べている(p.153、太字)。
 団地完成後少しずつ人口が増加していったが、昭和43(1968)年の十勝沖地震で、団地の一部において、安易に造成された個所が崩壊し、団地住民に不安を与えた。しかし団地の人びとの自分の土地を守ろうとする結束と、この反省にたって、業者の火山灰台地における宅地造成に対する積極的工夫が行われ、45年以降着実な人口の伸びを示している。
 実際にどのような「積極的工夫」が講じられたのだろうか。「にもかかわらず」というべきか、2003(平成15)年十勝沖地震では美しが丘地区で被害が出た。このときは新聞報道で「液状化」の言葉が表面化している。研究者による指摘は次のとおりである(北海道新聞2003年9月27日、太字)。
 北大大学院工学研究科の岡田成幸助教授(地震防災学)も「清田区は火山灰が堆積(たいせき)してできた軟らかな地盤の場所が多い。今回は発生場所からみて宅地造成の時に池や沼などを埋め立てた場所で液状化現象が起きたとみられる」と指摘する。
 やはり、盛り土そのものの問題には達していない。繰り返すが、本件「里塚ニュータウン」造成の1970年代後半、「谷の盛り土は水を含みやすく、まさに液状化を起こしやすい」という直截的な知見は得られていたのだろうか。私自身は今、「後出しじゃんけん」」のような気がして、「まさに液状化を起しやすい土地だったのです」とまではなかなか言えない。

2018/09/16

液状化した「里塚ニュータウン」 往時の販売広告

 このたびの大地震で液状化が生じた札幌市清田区里塚1条1丁目、2丁目は、1970年代後半に宅地造成されました。
 
 新聞の古い縮刷版を漁って、造成された住宅団地の販売広告を見つけました。
里塚ニュータウン 分譲住宅 販売広告
 「○○里塚ニュータウン」です。

 ○○にはデベロッパーの固有名詞が入ります。開発分譲業者の名前は調べればすぐ判ることですが、拙ブログは液状化についてのいわゆる“犯人捜し”を目的とするつもりはありませんので伏せます。同様の理由で、この広告の引用元の出典も割愛をお許しください。
 
 さて、広告の右上に載っている現地見取り図を拡大すると…。
里塚ニュータウン 分譲住宅 販売広告 現地見取り図
 「ニュータウン」は、このたびの被災地とほぼ重なります(9月9日ブログ参照)。 

 私の主たる興味関心は、この住宅地が分譲されたときの背景を知ることです。当時、札幌及び近郊でどのあたりが宅造されたか、いくらくらいの価格で販売されたか、など。
 その本筋からは外れますが、見取り図を見て、あることに気づきました。

 最寄りのバス停の名前です。
里塚ニュータウン 分譲住宅 販売広告 現地見取り図 バス停
 「三里塚」。

 旧道のいわゆる里塚大曲のほぼ頂点に、バス停の名前としてかつて遺っていたのですね。私は9月8日ブログで、この大曲に三里塚の記憶を嗅ぎ取ったことを記しました。これはまんざらではないかもしれません(末注)。なお、現在のバス停名は、旧道北側の住宅団地名たる「桂台団地」である。

注:現在、三里塚小学校や三里塚神社など「三里塚」を冠した場所はこの地点から約1.2㎞ほど北広島寄りである。また、2004年(平成16)年に再現された「三里塚」標は、逆札幌寄り約600mに位置している。このことは稿をあらためて述べたい。

2018/09/11

里塚1条1丁目、2丁目の地形 ④ 液状化マップ、または文化地質学

 私が札幌市清田区里塚の地震被災地を実際に見てきたのは9月8日です(同日ブログ参照)。その後、電網上を渉猟しましたところ、すでにその前日、産総研地質調査総合センターがサイト上で「札幌市清田区の地盤災害について」発信していたのを知りました。
 同サイトから一部を引用します(太字)。
 現時点で確認できる被災地は、いずれも旧谷地形を谷埋め盛土した地域にあります。
 今回の地震では、前日までの降雨の影響もあり、谷埋め盛土で液状化現象が起こったと考えられます。


 2年前の9月8日ブログで私は、「河道跡が地震や液状化とどこまで因果関係があるのか、素人が速断するのは憚られますが、ひとまずは平岡における相関性ということに留めておきましょう」と記しました。
 素人の私が2年前に憚りながら述べた相関性はこのたび、地形地質の専門研究組織の指摘により裏付けられたとみてよさそうです。

 札幌市の液状化危険度図から、今回の被災地を拡大トリミングしました(同市サイトからプリントアウト)。
札幌市液状化危険度図 里塚トリミング
 液状化危険度の凡例は以下のとおりです。
 ピンク色:液状化発生の可能性が高い 黄色:液状化発生の可能性がある 水色:液状化発生の可能性が低い 青紫色:液状化発生の可能性が極めて低い

 例によって三里川を白ヌキ(実線:明渠、破線:暗渠)、旧道を濃赤色でなぞりました。黄色のは道路が陥没したり、家屋が傾いたのを目撃した箇所です。やはり、液状化危険はこの地域においても旧河道(暗渠)と重なり合っています。

 3日前の9月8日、私は黄色のの箇所(の立入禁止規制の外側)で住民の方と立ち話をしました。
 私:昔、このあたりは川が流れていたと思うんですが、ご記憶ございますか?
 住民A:いえ。ただ、そうだったらしいと(地震が起きてから)聞きました。
 私:ここにはいつからお住まいでしょうか?
 住民A:35年前です。
 私:そのとき、川は?
 住民A:いや、見たことないね。
 住民B:そこの道路のマンホールに「河」と書いてあるよ。
 私:(「河」のマンホールを確認して)あれは下水ではなく、河川のマンホール(蓋)のようですね。暗渠になっているところでよく見ます。(河川網図を見せて)このとおり、ちょうどこの道の下が三里川の暗渠になっているんですよ。
 住民A:知らなかった。
 私:(液状化危険度の地図を見せて)、こういう地図をご覧になったことありますか?
 住民A:いえ、初めてです。
 住民C:ここはその地図でいうと、どの辺ですか?
 私:(液状化地図で)この、ピンク色のところですね。ピンク色は、地震が起きたら液状化する危険が高いとされるところです。
 住民C:なんだ、まんまじゃん。 
 私:この地図は札幌市のホームページで見ることができますよ。

 余談ながら、住民の方に話しかけた当初、私は「どこのヤジウマか」というような怪しげなイデタチでした。しかし、河川網図と液状化マップを見せながら話をしたことで、住民の方々と多少ともコミュニケーションが成り立ったのは良かったと思います。
 地震が起きる前、道総研地質研究所のHさんから「文化地質学」というコトバを聞きました。札幌軟石絡みでの話だったのですが、昨日ブログに記したアイヌ語地名のことといい、これは従来の学問の枠組みを超える世界かもしれません(末注)。

 ところで、今回実際に発生した液状化(とおぼしき現象)が、前掲危険度マップと完全に一致しているかというと、当然のことながら、そうではないのですね。

 注:「文化地質学」というと高尚だが、2年前の9月8日ブログで「ぶらじょに」さんがコメントしているような口承を丹念に聞き起こす世界でもあろう。

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プロフィール

keystonesapporo

Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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