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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 新型冠状病毒退散祈願

2020/03/03

北海道の特徴

 新型コロナウイルスの感染者数は、国内では北海道がもっとも多くなっています。北海道知事は2月28日、「緊急事態宣言」を発しました。知事の記者会見を聴いて気になったことがあります。「北海道の都市構造上の課題」という言及です。曰く「北海道の特徴ですが、大きな都市に人が各地域から集まって、当然のことですけれども、その方々が地域にまた、帰っていかれるわけです」と(末注①)。
 これは「北海道の特徴」なのだろうか。本州では新幹線や高速道路などでかなり遠くからも東京と行き来していると思います。東京との行き来に限らず、他の都市圏でも地方との往来は見られます。北海道は、他府県と比較してその往来が顕著なのでしょうか。

 私は、「北海道の特徴」というなら「広域性」と「人口密度の低さ」ではないかと思います。
 よく言われることですが、内地人(末注②)は北海道の広さを錯覚しています。たとえば、私の部屋の壁に貼ってある日本地図です(公財国土地理協会)。
国土地理協会カレンダー
 北海道と内地が異なるスケールで描かれています。北海道は250万分の1、内地は150万分の1です。北海道のほうが小さいのですが、視覚的にはスケールをつい忘れてしまいます。
 私自身は40ン年前に初めて北海道に来たときに実感しました。実際に北海道に上陸するまで、函館と札幌の間を「目と鼻の先」と勘違いしていたのです。たとえるなら、北九州と福岡の間くらいかと思ってました(北九州-福岡間は約70㎞、函館-札幌間は小樽周りで約280㎞)。連絡船で函館に着いて、昼過ぎに急行(倶知安-小樽周りのいわゆる山線)に乗り、札幌に着いたのが夜9時前でした(末注③)。

 昨年宇都宮市で開催された「石のまち宇都宮シンポジウム」での佐藤俊義さんの「札幌軟石」発表です(末注④)。
石のまち宇都宮シンポジウム 佐藤さん発表
 佐藤さんは、札幌軟石が道内の広域に普及したことを地図で説明しました。ひときわ反応が大きかったのが、北海道の地図を本州に重ねた画像です。聴衆から「おぉ」というざわめきが起きました。前述した「内地人の錯覚」は今も根強いのではないかとあらためて感じたひとときです。

 上掲の北海道-本州重ね合せ画像を見ると、北海道の面積は首都圏から名古屋圏を含めて関西圏まで達します。新型コロナウイルスの感染者数はどうか。
 北海道76名に対し、画像で北海道と明らかに重なる13都府県の感染者数は以下のとおりです(末注⑤)。
 栃木県1名、千葉県13名、東京都37名、神奈川県24名、石川県4名、長野県1名、岐阜県2名、静岡県1名、愛知県32名、三重県1名、京都府2名、兵庫県1名、和歌山県11名。合計130名。
 広域性や面積を同等にして較べると、感染者数は明らかに内地のほうが多い。広域性という点では、内地も広域にわたっています。私が「北海道の特徴」として前述した「広域性」というのは、単一の自治体が管轄している広さ、という意味です。今さらいうまでもない当たり前のことではあります。
 これも今さらですが、北海道の特徴というのは結局、広域の単一自治体に比して人口が少ないこと(人口密度の低さ)ではないでしょうか。
 主な感染者数の対人口比は次のとおりです(末注⑥、比率は百万分比ppm)。
 日本全国:230名/126,443(千人、以下同)=1.819ppm
 前述13都府県:130名/58,400=2.226ppm
 北海道:76名/5,286=14.377ppm(札幌:16名/1,970=8.121ppm)
 東京都:37名/13,822=2.676ppm
 千葉県:13名/6,255=2.078ppm
 神奈川県:24名/9,177=2.615ppm
 石川県:4名/1,143=3.499ppm
 愛知県:32名/7,537=4.245ppm
 和歌山県:11名/935=11.764ppm

 北海道と和歌山県が‘桁違い’です。北海道が対人口比で突出しているのはなぜか(末注⑦)。インフルエンザが冬季間に流行することにちなんで、「寒いからか」と当初思いましたが、東北地方はほとんど検出されていません。むしろ、外気が寒いことではなく、内気が暖かいことでしょうか。つまり、寒冷地仕様の道内の建物です。室内の高気密性、いいかえれば密閉度が高いことが影響しているのではなかろうか。公衆衛生学の知見を要するので、私の手には負えません。

 注①:北海道ウエブサイト「知事定例記者会見」ページ→http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ss/tkk/hodo/pressconference/r1/r20228gpc.htm
 注②:「内地」という用語については2018.8.25ブログ末注、2015.5.14ブログ冒頭記述参照
 注③:いくら山周りの急行とはいえ、かくも長時間を要したのは、前日まで道内の国鉄が全線ストップするほどの荒天(大雪)のためだった。2015.3.13ブログ参照
 注④:2019.12.14ブログ参照
 注⑤:厚生労働省3月3日発表https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000602374.pdfによる。
 注⑥:感染者数は注⑤と同じ。人口は総務省ウエブサイト「人口推計(2018年10月1日)」ページhttps://www.stat.go.jp/data/jinsui/2018np/pdf/tables.pdfによる。札幌市の感染者数は3月3日報道、人口は「広報さっぽろ」3月号による。
 注⑦:北海道新聞2月26日朝刊記事「道内感染者はなぜ多い」では、「検査数が比較的多い」「冬の一大観光地」という要因のほか「屋内施設で余暇を過ごす時間が増え、飛沫や接触による感染が起きやすい」と指摘している。
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2020/01/10

怪物路 ⑦

 『北村村史』(旧村史)1960年に、「泥炭地分布図」が添付されています。
北村村史 泥炭地分布図
 方位は昨日ブログに載せた地図同様、おおむね1時半の向きが北で、色塗りされている一帯が村域(当時)です。色分けの凡例は次のとおり。
 橙色:高位泥炭 桃色:中位泥炭 黄色:底(ママ)位泥炭 緑色:真土(末注①)
 村域の大半が泥炭地です。池沼を水色でなぞりました。数多く点在しています。三等三角点「怪物路」の位置にを付けました。
 昨日ブログの「等高線・三角点図」で見ると、標高は一番高いところで15.0m、もっとも低いところで7.5mです。おおまかには、画像右下、岩見沢市との旧村界(左右に伸びる直線の右端)あたりが高く、画像左方、石狩川の下流沿いが低くなっています。全体にほとんど平坦で、しかも水分を多く含んだ土地です。

 前掲図の三角点「怪物路」のあたりを拡大します。
北村村史 泥炭地分布図 三角点「怪物路」あたり
 水色の直線でなぞったのが「三ケ月(三日月)排水」です。

 私は昨日ブログの末尾を「『怪物路』は『バケモノミチ』だったのではないか」と括りました。「点の記情報」を閲覧できればふりがなも確かめられるのですが、差し当たっては判りません。国土地理院に直接訊いてみようかしら。
 仮に「バケモノミチ」だとして、どの道を指すのでしょうか。昨日引用した村史だけでは識別できません(末注②)。やはりあらためて現地を訪ね、口承を聞き取りたいものです。

 もう一度、「石狩川三角網図」(石狩川治水事務所『石狩川水系一.二.三.等三角点成果表』)を見渡しました。
石狩川水系三角網図 三角点「怪物路」あたり抜粋-2
 周辺のほかの点名と較べたとき、「怪物路」は傑出しています。どんな思いで名づけたのでしょうか。私には、自然と人間の格闘が滲み出ているようにも感じられます。土地の記憶を伝える三角点です。

 現地まで私をクルマで運び、探索にもつきあってくれたK君(妻の甥)に、重ねて感謝します。
岩見沢市北村豊正 三角点「怪物路」探訪-10
 腐食して倒れていた標柱を風で飛ばされないように横たえて、現地をあとにしました(了)。
   
 注①:「泥炭は、構成する植物の種類や堆積した環境によって、“低位泥炭” “中間泥炭” “高位泥炭”に分類される(二ツ川健二「柔らかい地盤の形成」『さっぽろ文庫77 地形と地質』1996年、p.220)。沼の周辺が植物によって埋められ、低位泥炭が堆積(植生は札幌ではヨシ、ハンノキなど)→水位が低くなり、中間泥炭が堆積(植生はヌマガヤ、ワタスゲなど)→さらに堆積が進み、泥炭地の中央が盛り上がる→地下水位がいっそう下がり、高位泥炭が堆積(植生はミズゴケ、ホロムイスゲなど)。なお、「真土」(まつち)は、「耕作に適する良質の土」(広辞苑)で、北村では旧美唄川の流域に分布している。
 注②:『北村史(下)』1985年「資料編」には村内の道路の一覧も添えられているが、「怪物」「ばけもの」に類する路線名は見当たらない。まあ、正式な道路名にはなりづらいだろう。

2020/01/09

怪物路 ⑥

 北村の三等三角点「怪物路」の点名は、何に由って来たるか。

 『北村史(上)』1985年に、「北村等高線・三角点図」という図面が載っています(p.816)。
北村史(上)p.816 北村等高線・三角点図
 方位はおおむね1時半の向きが北です。当時の北村の村域を黄色の実線でなぞり、三角点「怪物路」が記されているところに赤い傍線を引きました(末注)。同書では「北村の等高線と三角点」という一節を設けて「三角点の数は多い」と記しています(p.815)。三角点などにもとづき地形を説明してはいますが、個々の点のことまでは言及していません。

 本件三角点「怪物路」が位置する豊正地区(旧称「第一区」)の地誌から以下、引用します(p.297、太字、原文ママ)。
 ・お化け排水-これは現在の三日月排水の一部をさすのであるが、明治のまだ三日月排水の整備されないころの一区方面のこのあたりは、元来ひどい湿地で少しの雨でも、それが大きな流れとなって流れているかと思うと、湿地の下をくぐって流れたりしていた。またなにかのひょうしに昨日まで流れていた川が湿地の下をくぐったり、見えなかった所に川ができていたりした。このようすを付近の住民はいつとはなしに「お化け排水」と呼ぶようになったといっている。また一説によるとここを掘ったのも囚人であるが、折角排水を掘っても翌年になってみると、排水の頭のところと終わったところが消えてなくなり、もとの自然排水になっていた、また掘っていくとやはり次の年には見えなくなってしまうので、誰いうとなく「お化け排水」というようになったということである。しかしここも何回かの改修によって今日の三日月排水として住民に大きな貢献をしているのである。また次のような話もある。製糖会社社長長谷七太郎がビート耕作を考えて一区乙から中小屋方面にかけて、土地の払下げを受け、道路や排水を開削したが、一冬越したら道路や排水の前後が埋没して途中だけが残ったので「ゆうれい道路」とか「化け物排水」といわれた、ともいわれている。どれが真実か今は知る由もないが、それほどひどい湿地であったのは間違いない。いずれにしても足の踏み入れることのできない浮草のような湿地の姿が目に見えるようである。

 「お化け排水」「ゆうれい道路」「化け物排水」。
 あらためて三角点「怪物路」のあるあたりの風景を眺めます。
岩見沢市北村豊正 三角点「怪物路」探訪-9
 画像右方、かなたに赤い三角で囲ったところが点の位置です。
 
 現在図と照らします。
地理院地図 北村豊正 三角点「怪物路」 
 地図上に付けた赤いと黄色のの場所を、前掲画像にも同じように加えました。

 この近くを「三ケ月排水」という水路が南北に流れています。村史でいう「三日月排水」でしょう。前掲画像で橙色のを付けたところが、その排水路に当たります。画像上では、かなたの地平線にちかいところを右から左へ流れています。地平線といっても、距離にして500~600mです。
 「怪物路」は「バケモノミチ」だったのではないか。

 注:北村はその後の合併により、現在は全域、岩見沢市に含まれている。

2020/01/08

怪物路 ⑤

 昨日ブログの末尾に載せた「人工的なモノ」を、さらに近寄って鑑みます。
三等三角点「怪物路」石標-1
 花崗岩らしき直方体です。上面に「+」が刻まれ、正面に文字が彫られています。右からヨコ書きで「三等」、その下にタテ書きで「三角點」。

 背面です。
三等三角点「怪物路」石標-2 背面
 ヨコ書きのアラビア数字で「1905」、その上は「No」(oの字の下にアンダーバー _ )でしょうか。
 
 同行してくれたK君が、さらに“発見”しました。 
三等三角点「怪物路」石標-3 標識柱
 これも、私一人では見つけられなかったでしょう。K君が、標石の手前の雪の中に「何か見えた」と、白い標識柱を掘り出したのです。「三角点」と書かれています。 
 
 たぶん、もとは立てられていたのでしょう。根元が腐食したらしく、横たわっていました。
三等三角点「怪物路」石標-3 標識柱 建設省
 「建設省」当時です。

 「大切にしましょう 三角点」。
三等三角点「怪物路」石標-3 標識柱 大切にしましょう
 標柱は折れても、標石そのものは健在です。「大切に」、四囲をブッシュで取り巻いています。

 残念ながら、というべきか、現地の標石や標柱で「怪物路」という点名を確かめることはできませんでした。他の例によると〈2016.10.16ブログ参照)、白い標柱の前掲「三角点」と書かれた側面の下のほうに点名も記されているかもしれません。本件の前掲画像を拡大してみましたが、文字は書かれていないようです。

 前掲の「No 1905」は何を意味しているのでしょうか。三角点の通し番号(標識番号)のようですが、地理院サイトで本件の「点の記情報」が閲覧できないため(1月3日ブログ参照)、詳細は不明です。

 同日ブログで引用抜粋した「石狩川三角網図」(石狩川治水事務所『石狩川水系一.二.三.等三角点成果表』)を再掲します。
石狩川水系三角網図 三角点「怪物路」あたり抜粋-2
 赤いで囲った「怪物路」に付けられた数字が、「1906」です。似通っています(末注)。

 この三角点は地元でどのように認識されているのでしょうか。雪が融けたらもう一度現地を訪ね、近傍にお住まいの方をお尋ねしたいものです。さしあたり、『北村史』から「怪物路」の由来を探ることとします。

 注:上掲「三角網図」では、近くの三等三角点「上美唄」に「1905」と付けられている。点の記情報によれば、同点の標識番号は第1905号であり、合致する。すると、怪物路の標石に刻まれた1905は何か。

2020/01/07

怪物路 ④

 1月5日ブログの続きです。
 北村の三等三角点「怪物路」のあたりの地図を再掲します。
地理院地図 北村豊正 三角点「怪物路」 
 赤い矢印を付けた地点から畦道を歩き、黄色のを付けたところにある立木まで行きました。

 立木まで達し、来た道を振り返って見た風景です。
岩見沢市北村豊正 三角点「怪物路」探訪-4
 畦道のかなた先、赤い矢印を付けたところから、歩いてきました。この画像では見えないと思いますが、妻の甥・K君が運転してくれたクルマを置いています。前掲地図の赤い矢印を付けた地点が、その場所です。黄色のを付けた立木から赤い矢印を付けた地点を観ているので、目当ての三角点はこの画像でいうと、畦道の左側に位置します。地形図からすると、道のすぐ傍らです。しかしここまでずっと路傍を観てきたのですが、それらしいモノは見当たりません。

 画像をご覧のとおり、一面雪景色です。三角点は雪に埋もれている可能性があります。この時季に探すのは、そもそも無理があったか。クルマまで戻る途中、地形図に照らしながらもう一度、見て歩きました。

 地形図によれば、三角点はこのあたりに位置します。
岩見沢市北村豊正 三角点「怪物路」探訪-5
 画像に写る畦道の左側路傍です。

 歩いてきた私とK君の足が止まりました。
岩見沢市北村豊正 三角点「怪物路」探訪-6
 前掲地形図に描かれているように、このあたりは田畑なのですが、その中にぽつんとブッシュが生えています。なんで、あそこだけ茂みがあるのだろう? K君も訝しげです。K君は水田農家を両親とともに営んでいます。田畑にこのような一隅があるのはなおのこと、不自然に感じたことでしょう。

 せっかくここまで来たのだから、念のためつぶさに鑑みることにしました。
岩見沢市北村豊正 三角点「怪物路」探訪-7
 K君が「なんか、石らしいモノがありますよ」と。目が悪い私ははっきり現認できなかったのですが、そう言われたらもう、近くまで行かないわけにはいきません。

 明らかに、人工的なモノがあります。
岩見沢市北村豊正 三角点「怪物路」探訪-8 
 人工的なモノを囲うかのように、ブッシュが生えていたのです。

2020/01/05

怪物路 ③

 北村の三角点「怪物路」へは、妻の実家での年始の後、クルマで向かいました。実家から現地まで、直線距離にして20㎞余りです。妻の甥・K君のクルマで運んでもらいました。もし公共交通機関を使うと、岩見沢から月形行きのバスで北村まで行き、最寄りのバス停から歩くことになります。最寄りといっても、本件三角点までは2.2㎞ほどです。現地は昨日ブログの画像のとおり、冬場だと天候次第では遭難の危険があるといっても、大袈裟ではありません。辿り着けたのはひとえにK君のおかげです。雪がまだ少なく、この日もほとんど降ってなかったことも幸いしました。クルマでも、吹雪いてホワイトアウトになったら、アブナイ。

 昨日ブログの赤い矢印を付けた地点から、三角点を求めて畦道をK君と歩きました。こんな酔狂なことにK君をつきあわせるのは申し訳なくもあります。帰途は自分で最寄りのバス停まで歩くので、ここで落としてくれればいいと私はK君に言ったところ、K君は「こんなところに一人で置いていけないですよ」と。気立てのよい青年の好意に甘えることにしました。

 三角点は、かなたに立つ木までの間の、畔道の右側にあります。
岩見沢市北村豊正 三角点「怪物路」探訪-2
 道の左右は、地形図によれば水田です。

 「怪物路」という点名は、何に由って来たるか。このあたりに魑魅魍魎が出るとか、狐狸の類に人が化かされる言い伝えでもあったのでしょうか。「長栄橋のキツネ」(昨日ブログブログ参照)の話ではありませんが。
  しかし、怪しい物が出没する気配は、一見したところでは感じられません。いや、ここをウロウロしている私とK君が、地元の人から見たら怪しい者に映るかもしれない。
 地元の人、といっても、正月早々のこの場所は人跡稀ではあります。しかし、実はこの日、人が通らなかったわけではありません。
 私たちが歩いたのは、下掲画像の赤くなぞった畦道です。左方かなたの立木まで、距離にして600m余り。
岩見沢市北村豊正 三角点「怪物路」探訪-3
 畦道の手前までは舗装された農道が通じていて、綺麗に除雪されています。画像右方の道です。この日も、私たちがいる間に除雪車が往復していました。お正月休みも、ご苦労様です。

 私たちは農道から畦道に入る地点(赤くなぞった右端)にクルマを置いたので、除雪車からはたぶん目撃されたでしょう。
 K君「『こんなところで何やってんだ?』と訊かれたら、どうしよう?」
 私「正直に、『三角点を探してます』というのが一番いい」

2020/01/04

カイブツロ ②

 UHB(8ch)「みんテレ」(15:50-)新春の“となりのレトロ”は、1月6日(月)放送予定です。
 ↓
 https://uhb.jp/program/mintele/ お正月にふさわしい場所を訪ねます。初笑いしてやってください。

 テレビといえば昨日、地域の歴史を伝える番組を拝見しました。J:COMチャンネル(11ch)の「ことにTVチャンネル」です。私がチャンネルを廻したとき、ちょうどお知り合いのNさんがブラウン管(相変わらず譬えが古い)に登場していました。札幌建築鑑賞会スタッフのNさんは、「発寒歴史漫歩倶楽部」の会員として街を楽しんでおられます。テレビでは、同倶楽部が制作した「長栄橋のキツネ」という作品が放送されていました。番組はこのあとも放送されるようです。Nさんにはご了解をいただいてませんが、勝手に拡散させていただきます。Nさん、ごめんなさいね。

https://c.myjcom.jp/jch/p/kotoniTVch/

 昨日ブログに続き、空知の北村の三等三角点「怪物路」を探ります。このコトバで電網検索しましたが、ヒットしません。図書館で文献もたぐったのですが、やはり見つけられません。ということは、探り甲斐があります。三角点を調べた目的は、もともと別にありました。こんな寄り道、わき見をしているから、時間を喰います。しかしそれが醍醐味でもあるので、やめられません。
 結論的にいうと、『北村史』(岩見沢市に合併する前の編纂)をひもといたところ「もしかしたら、これかなあ」という記述に行き着きました。三角点そのものには言及されていませんが、行間から読み取れるのです。先にそれを明かしたら興冷めしますので、まずは現地を訪ねます。

 現地は、こんな風景です。
岩見沢市北村豊正 三角点「怪物路」探訪-1
 こんな風景といっても、茫漠としています。

 上掲画像は、下掲図の赤い矢印を付けた位置・向きで撮りました。
地理院地図 北村豊正 三角点「怪物路」 
 画像の正面、畦道のかなた突き当りに木が一本、立っています。黄色のを付けたのが木の位置です。本件三角点「怪物路」の記号をで囲みました。つまり三角点は、畦道の右側、かなたの立木までの間の真ん中らへんにあるはずです。
 この一帯のどこが、何が「怪物路」か? 

2020/01/03

カイブツロ

 「石狩川三角網図」という図面の一部です。
石狩川水系三角網図(一部)
 石狩川の流域が、三角形を連ねて構成されています。
 
 三角形の各点は、何か。三角点です。わけあって、三角点の資料を図書館で漁っているうち、この図面に当たりました。石狩川治水事務所『石狩川水系一.二.三.等三角点成果表』という文献に収められています。1958(昭和33)年刊行です。
 三角点の名称はあらかた地名(山名なども含む)に由っています。古い地名や呼び慣わしが遺っていることは、前にも綴りました(2016.10.16ブログ参照)。今では使われていない当て字もときどき見られ、楽しめます。札幌からも望めるピンネシリに「賓根知山」と当てていたことも、三角点で知りました。

 この図面を眺めていて、ある三角点に目が留まりました。
石狩川水系三角網図 三角点「怪物路」あたり抜粋
 赤い傍線を引いたところです。「怪物路」と書かれています。カイブツロ? バケモノミチ?

 文献の本編にも、「怪物路」とたしかに記されています。
石狩川水系一.二.三等三角点成果表 怪物路測点
 三等三角点で、北緯43度17分50秒096、東経141度42分33秒993という位置です。

 地理院地図電子版を見ると、三角点記号が付けられています。
地理院位置図 三角点「怪物路」あたり
 所在地は、空知の北村です。今は岩見沢市に属しています。画像のほぼ中央、記号を赤い○で囲みました。

 地理院地図サイトの「基準点成果等閲覧サービス」でも確かめてみました。

https://sokuseikagis1.gsi.go.jp/index.aspx#14/43.299603/141.705694/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1f0
 当該三角点の詳細情報を観ると、名称はまごうかたなく「怪物路」です。「点の記情報」は、残念ながら「成果状態が正常でない為」閲覧できません。

 居ても立ってもいられなくなりました。直接、怪物路の現地を見たい。雪が融けるまで待ってられない。この衝動性は、ほんとにADHDですね。昨日、妻の実家へ年始に行ったついでに、北村に寄りました。いや、私の気持ちはもはや年始がついでで、三等三角点「怪物路」探訪が目当てになっていました。

2020/01/02

まゆだま

 昨年正月2日ブログの出だしと同じです。妻の実家(空知国)へ年始に行ってきました。 

 あとを継いでいる義弟宅では、正月に“まゆだま”が飾られます。
妻の実家 まゆだま
 義父(妻の父)によると「昔は餅で作っていた」そうです。妻の生家は、先祖が明治期、富山県から入植しました。

 まゆだまは、私の原体験にはありません。私の生家だけにその風習がなかったのか、郷里(愛知県尾張地方)にないのか。このたび初めて、ふと想いました。
 そのきっかけは昨年、内地で同じようなモノを見かけたことです。
飛騨高山 喫茶店で観た まゆだま
 飛騨高山(2019.5.21ブログほか参照)の喫茶店に飾られていました。

 まゆだまをあらためて意識するようになったのは、高山でお会いした達人Nさんのおかげです。Nさんによると、かの地では「花餅」といいます。Nさんは、花餅が岐阜県でどのように分布しているか調べておられました(末注)。なお、Nさんのことは先のブログで「おってご紹介させてください」と記したままです。すみません。
 岐阜県でも地域によって呼び方や仕様も変わるそうです。おおまかには、飛騨地方は「飾花」「花餅」、美濃北部は「餅花」が分布しています。東濃はそのほかに「繭玉・繭ダンゴ」、「花だんご」「オニギ・ニューギ」「祝い棒」などバラエティに富んでいます。お隣の長野県は「繭玉」らしい。残念ながら私は、それぞれどのように異なるのか想像できません。愛知県に近い美濃南部(岐阜市など)はあまり分布していないようです。

 恥ずかしいことに私は知らないのですが、札幌でも飾るのでしょうか。札幌といっても、るつぼのような一帯ですが。

 注:長瀬公昭「正月の風習について」『飛騨高山の歴史再発見』第6号2017年9月、pp.8-9、p.96

2019/12/21

小樽軟石研究会2019忘年会

 小樽軟石研究会の勉強会・忘年会に参加しました。会場はJR南小樽駅近くの「石蔵の宿」です。
 今回は、本年9月に急逝された松枝大治先生(北大名誉教授、元北大総合博物館館長)を偲ぶ会も兼ねての開催となりました。研究会は、先生が呼びかけて発足したものです。
 私は、2010年に北大総合博物館で開催された「わが街の文化遺産・札幌軟石」展がきっかけで松枝先生にお世話になりました。アカデミズムの殿堂ともいえる大学の博物館で、市民グループが活動成果を発表するという機会を先生が与えてくださったのです。学術的レベルからすれば拙い内容であったにもかかわらず、受け容れてくださったことをあらためて感謝申し上げ、ご冥福を祈ります。
 
 2015年に放送されたNHK「ブラタモリ」小樽編で先生が出演されている場面をDVDで観ながら、故人を偲びました。
小樽軟石研究会2019忘年会・松枝先生を偲ぶ会
 先生は、間違った情報が発信されることがないようにと、心を配っておられたそうです。奥様からお聞きしました。NHKの人気番組の影響力は絶大です。専門研究者としての葛藤もおありだったことと察します。多くの人々にわかりやすく、かつ正確に伝えることを想いました。

 と記しつつ、松枝先生の足もとに及ばないながら自戒を込めて。
 UHB(8ch)「みんテレ」(15:50-)の“となりのレトロ”コーナーは次回、12月23日(月)にオンエアされます。
 ↓
https://uhb.jp/program/mintele/
 クリスマスシーズンを札幌の街に引きつけ、少し掘り下げて探訪しました。

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プロフィール

keystonesapporo

Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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