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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 胆振東部地震お見舞い

2019/04/15

北大に遺る競馬場の地形

 本日もまず、お知らせを一つ。
 明日16日(火)の北海道新聞朝刊(札幌圏版)に、北海道百年記念塔にちなむ話題記事が載る予定です。

 さて、15日夕刻放送されたuhb(8ch)「みんテレ」の「となりのレトロ」コーナー、“余話”(+コトバ足らずの補足)は拙ブログでおいおいお伝えします。
 ①なぜ、競馬場が(今の)クラーク像前に設けられたか?
 ②沢田商店が北大から預かったモノ
 ③時空逍遥の原風景

 全部消化しないうちにまた次の収録・放送が来て“積み残し”そうですが、お許しください。

 ①なぜ、競馬場が(今の)クラーク像前に設けられたか?
 2016.7.31ブログでの謎かけの答えになります。

 番組でもお見せした開拓使育種場の地図です。
開拓使 育種場地図
 (「明治15年5月 引継書類 勧業課」道立文書館蔵から)
 
 この地に育種場の前身となる「札幌官園」が設けられたのは、1871(明治4)年から1874(明治7)年にかけてのことです(末注①)。その後、敷地の東半分くらいが札幌農学校の「農黌園」となります。前掲の地図は西半分で、官園から育種場に改称された後のものです。競馬場の楕円コースが描かれています。造られたのは1877(明治10)~78(明治11)年です(末注②)。

 このあたりの現在の標高図を観ます(国土地理院サイトから作成)。
標高図 北大 クラーク像周辺
 図中「北海道大(農)」と書かれたところの「大」と「(農)」の間に記されている記念碑記号がクラーク像の位置です。そのすぐ東側は青く塗られています。つまり標高の低い地帯で、サクシュ琴似川が削ったくぼ地(一種のコッネイ→コトニ→琴似)です。これは現在の標高図ですが、原風景に近いのではないかと私は想います。

 冒頭画像の明治初期の育種場地図を再掲します。
開拓使 育種場地図 着色加筆
 川を水色で着色加筆しました。東側(画像上、右方)を流れるのがサクシュ琴似川です。西側(画像上、左方)の二本の流れはコトニ本流ですが、今は姿を消しています(末注③)。サクシュ琴似川は、流路が今もあまり変わっていません。

 前掲標高図と照らして、クラーク像の位置を黄色の△の先に示しました。その部分を拡大します。
開拓使 育種場地図 着色加筆 競馬場周辺
 このあたりに、/////////というケバ線が描かれています。いわば高低差です。

 その現在の風景です。中央ローンと呼ばれています。
北大 サクシュ琴似川 クラーク像
 この画像はおおむね前掲の育種場図に加筆した黄色の△の位置と向きで撮りました。赤い矢印の先がクラーク像です。
 クラーク像から左方へ、生垣が植えられています。生垣に沿って、少し小高くなっているのがおわかりいただけるでしょうか。この生垣が、前掲育種場のケバ線とほぼ見合います。つまり、明治の初めに描かれた高低差が、今も生垣に沿って遺っているのです。

 ここで、競馬場の位置を現在の標高図に想定します。
標高図 北大 開拓使競馬場想定位置
 白ヌキの△が前掲中央ローンの撮影位置と向き、□はクラーク会館です。競馬場の想定位置を楕円で示しました。

 結論的にいうと、開拓使の競馬場はサクシュ琴似川とコトニ本流の間の微高地に設けられたのではないでしょうか。コースの整備のために盛り土されたという可能性もありますが、比較的均平で地盤の良さそうなところが選ばれたように見えます。

 クラーク会館から、北を眺めました。
北大 クラーク会館から北望 競馬場の高低差
 右方、シラカバの根元に連なるの生垣を、微高地側から見ています。真ん中に通るのは、北大の背骨ともいえる「メインストリート」(中央道路)です。競馬場はこの左方奥にあったと想います。
 
 お伝えしたかったのは、明治の初め(その前から?)の高低差が今も遺っていることです。
 育種場は農学校に移管され、明治後期に校舎が時計台のあたりからここに移転しました。校舎も、競馬場跡の良さそうな土地に配置されたと想えます。メインストリートも、この微高地に通じました。

 では、そもそもなぜ、ここに官園が設けられたか。長くなるので(というか、もうすでに長い)やめましょう。

 注①:『さっぽろ文庫50 開拓使時代』1989年、p.93、富士田金輔「開拓使の洋風農業導入における札幌官園の現術生徒の役割」『「新札幌市史」機関誌 札幌の歴史』第52号2007年、pp.21-34
 注②:『札幌競馬沿革誌』1928年、p.18。現在のレースに近い形では道内で初めてで、国内でも4か所しかなかった一つだったという。
 注③山田秀三『札幌のアイヌ地名を尋ねて』1965年、pp.42-60。同書に記されるとおり、サクシュ琴似川は本来「サクコトニが原音に近く、「アイヌ語にシュにあたる子音はないようだ」(p.47)。これまで拙ブログではサクシコトニと表記してきたが、今回は札幌市管理の川名にしたがい、サクシュ琴似川とする。
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2019/02/24

篠路の高校生の行動力に脱帽

 本日は、午前中は北区篠路で「第3回 篠路のまちづくりを考えるシンポジウム」、午後は札幌市資料館で「札幌軟石と北の石文化」展の「セミナー」に参加しました。2月19日ブログでお伝えしたように、どちらも札幌軟石絡みです。

 篠路のほうは40名ほどの方が来られてました。 
第3回篠路まちづくりシンポジウム 190224
 地道な積み重ねに、幾度も敬意を表します。

 私は「篠路高見倉庫の歴史的価値について」報告しました(末注①)。昨年1年間を振り返ると、私はこのテーマで4回、しゃべっています(末注②)。よくまあ何度も、と我ながら感慨深い。繰返しお呼びがかかることに感謝しつつ、自分がそれに応えきれているだろうか忸怩を抱きつつ、皆さんの“向学心”に感服するものです。

 地元の札幌英藍高校の生徒さんのラジオ放送が紹介されました。篠路高見倉庫を取材した番組です。私は驚きました。何が驚きかというと、生徒さんたちが高見倉庫の内部に入ってレポートしたことです。これが驚くべきことなのは、篠路に関わってきた方でなければただちには伝わらないかもしれません。昨年1年間、「わきあいあい篠路まちづくりの会」のメンバーは、「高見倉庫さんの中を一度、見せていただけないだろうか」とずっと語り合ってきました。私にしても、建物の「歴史的価値」をうんぬんする以上、実際に拝見させていただくのは必須です。しかし、実現することなく過ぎてきました。ダイの大人が1年間、悶々としつつ果たせなかったことを、高校生がさらっと(なのかどうかは判りませんが)やってのけたのです。畏るべし、高校生。

 これは、英藍高の前身の札幌篠路高校で長く教鞭を取ってきたT先生のたまものだと私は想像しています。先生の地元での信頼関係の蓄積があってのことでしょう。

 注①:「篠路高見倉庫」の「高」は「髙(はしごだか)」だが、「高(くちだか)」で表記する。
 注:2018.5.23「わきあいあい篠路まちづくりの会 学習会」、7.30「第2回篠路駅東口駅前広場在り方検討会議」(オブザーバー報告)、9.2「第2回篠路まちづくりシンポジウム」、11.16「第2回篠路まちあそびカフェ」

2018/11/26

篠路駅東口駅前広場の行方、大詰め

 本日(11月26日)篠路会館で開催された「篠路駅東口駅前広場の在り方検討会議」第5回を傍聴してきました。地域住民及び有識者からなるこの会議は、本年1月の札幌市都市計画審議会で審議された篠路駅東口の都市計画事業についてさまざまな意見が出たため、地域住民の意見をあらためて取り入れるべく始まったものです(末注)。
 
 今回はその最終回で、これまでの議論をまとめて札幌市に提出する「提言書」について議論されました。
篠路駅東口駅前広場の在り方検討会議第5回
 札幌市は今後、「提言書」を尊重して都市計画を練り直すことになります。

 提言書(原案)の最大の眼目は、1月に決定された駅東口に係る都市計画の区域を変更することです(本年10月3日ブログ参照)。当初決定された区域内には「篠路高見倉庫株式会社」の倉庫3棟が立地しています。倉庫の存続と都市計画事業の両立が困難を極めていました。しかし提言書案では、倉庫の価値を評価するとともに、都市計画の区域を変更することにより倉庫の存続が望ましいという方向性が示されたのです。出席委員の意見交換を経て、提言書案は大筋了承されました。

 提言書案には、篠路高見倉庫の歴史的地域資産としての評価が書き込まれています。その内容は、7月30日の第2回検討会議で私が傍聴者席から報告した「篠路高見倉庫の『歴史的地域資産』価値ついて」のとおりです(札幌市サイト第2回会議議事要旨参照)。微力ながら私自身が調べてきたことを活かしてくださったことは大変ありがたく、感慨深く受け止めています。もとより、これは「わきあいあい篠路まちづくりの会」の共同の成果です。

 「ただし」と、拙ブログでは付け加えておきます。私が報告した内容は精査検証が必要です。一次的史料に当たらず二次的な文献に依拠しているため、推測の域にとどまる評価が含まれています。これがそのまま独り歩きするのはコワイのです。さらには、7月30日の報告以降に得られた知見もあります。今回の会議で石本委員(わきあいあい篠路まちづくりの会会長)が「私たちが議論してきたことを書き込んでいただいたことには感謝します」と述べつつ、「この内容(提言書案)は、(高見倉庫の)持ち主の方にも目を通していただいたほうがよい」と発言されたことは、その意味でも的を射ています。

 注:札幌市サイト「篠路駅周辺地区のまちづくりについて」ページ参照

2018/11/18

社会教育の観点から、篠路駅前を見渡す

 11月17日、「北海道社会教育フォーラム2018」の分科会に参加しました。
北海道社会教育フォーラム2018 石本さん報告
 北大の人文社会科学総合教育研究棟(“軍艦講堂”を増築した建物)で開催されたこの会合は、道内の社会教育・生涯学習の研究者や実践者からなる実行委員会が主催したものです。

 私が参加した「暮らし続けられる地域」をテーマとする分科会の趣旨は次のとおりです(同フォーラム資料から、引用太字)。
 地域には各々固有の歴史がある。その歴史や歩みと出会うことは、現在を確認し、暮し続けられる地域づくりの未来を展望することにもつながる。本分科会では、歴史的建造物の保存や活用における現状と問題を共有しつつ、それらを生かした地域づくりの可能性と課題について、(中略)報告いただき、議論を行う。 

 報告者は、栗山町・小林酒造の小林精志さん、「わきあいあい篠路まちづくりの会」の石本依子さん、大村雅幸さんのお三方です。石本さんと大村さんが、篠路駅東口の都市計画に関わってきた活動(本年10月3日ブログ参照)を報告されました。小林さんの話も大変面白かったのですが、機会をあらためます。
 私も加わってきた篠路での「歴史を生かした地域づくり」を、社会教育の実践という観点から振り返ることができました。議論を終えて鈴木敏正先生(北海道文教大学教授、北大名誉教授)がまとめた発言を私なりに理解すると次のとおりです。

 ①地域住民が積極的に行動して、都市計画を動かしつつある。
 ②「わきあいあいまちづくりの会」が、“熟議の民主主義”を貫き、“バックキャスティング”(末注)を追求してきた。
 ③意識的に歴史を学び、調べ、新たな発見をして、その過程で人びとの新たな繋がりを拡げ、その成果を人々の間で共有してきた。
 ④上記①~③をなしえてきたのは、「和氣藍々」という場の存在があったからこそである。

 私も今年の3月から「まちづくりの会」に毎回させていただき、上記のことを肌身に感じます。ほぼ月2回のペースで開かれてきた会合に、篠路住民でない私が遠路はるばる足を運ぶのはしんどかったのですが、石本さんたちのご尽力を想うと心と体が動かされてきました。特に③の「歴史を学び、調べ…」ということは、これを抜きにすると、ともすれば古い建物の保存が自己目的化される陥穽にはまります。私自身、最初から唱え続けてきたことでもあり、良かったと思います。ただし、弛まざる再検証は必要ですが。

 フォーラムのあとの懇親会で旧知のMさん(北大教授)と話をしたときに、“プレイスアタッチメント”というキーワードを聴きました。カタカナ言葉はどうも聞き慣れないのですが、“場の愛着”ということですか。歴史的景観資産の評価でいうところの“思い入れ価値”か。
 篠路高見倉庫も含め、最近の私は景観資産の“思い入れ価値”に消極的でした。「情緒や郷愁で古いモノを保存できるのか」という反問に抗しえない自分がいます。それが「地域的価値」とか「文化的価値」とか「物語性」とかを掘り起こすモチベーションにもなっていたのですが、原点に立ち返ったほうがいいなと思い直しました。「駅前の風景」展(昨日ブログ参照)はその原点です。
 しかし、拙ブログで綴っているのは、プレイスアタッチメントそのものではないか。理論的には整理できないにしても。

 注:バックキャスティングは、“現状の延長”から出発してものごと考えるのではなく、「こうありたい」姿から「今をどうするか」考える方法らしい。 

2018/11/17

「駅前の風景」展

 uhb(北海道文化放送)の夕方の番組「みんなのテレビ」で11月19日(月)、苗穂界隈のことが報じられます。性懲りもなくというべきか、案内役で顔を出す予定です。大きな報道等が入らない限り、午後3時50分から4時半くらいまでの間で、10分程度オンエアされるでしょう。冷や汗ものですが、よろしかったらご覧ください。

 拙ブログでもここのところ苗穂を取り上げていますが、本日のお題でいう「駅前の風景」は篠路です。
「駅前の風景」展
 コミュニティカフェ「篠路まちづくりテラス和氣藍々」の一隅に、11月16日から「駅前の風景」を描いた絵を展示させていただいています。 

 札幌建築鑑賞会で9月23日に催した「古き建物を描く会」(同日ブログ及び11月2日ブログ参照)で写生したときの作品から、5名の方が計6点を出品してくれました。Sさん、Fさん、Oさん、Kさん、Yさん、ありがとうございます。

 「和氣藍々」は、「わきあいあい篠路まちづくりの会」の母体ともなった存在です。同会はこれまで拙ブログで綴ってきたように、篠路駅前の都市計画のあり方をめぐって、活動を続けてきました(10月3日ブログ参照)。今回の展示も、その活動に鑑賞会も連携してきたご縁です。
 旧苗穂駅(もう「旧駅舎」というのですね)での展示(11月13日ブログ参照)と同じくささやかですが、「駅前の風景」を味わっていただければ幸いです。30日まで(定休日あり)。

2018/11/02

篠路まちあそびカフェ ご案内

 北海道遺産の第3回選定のことは新聞やテレビでも報じられました。
北海道新聞181102記事 札幌軟石紹介
 北海道新聞11月2日朝刊では「地域の話題 札幌」面で、「札幌軟石」も紹介されています。

 一昨日、記者の方から「“喜びの声”を聞かせてください」という問合せがあり、一晩おいてお答えしました。最初は「価値が認められてうれしい」というような感想を伝えるつもりでしたが、一晩寝かせたら、別のことが浮かんできました。札幌軟石の建物を訪ね歩いてお会いした持ち主の方や札幌建築鑑賞会で一緒に調べた仲間の人たちの顔です。私に報道機関が尋ねてきたということは、口幅ったいながらも、そういう人びとの気持ちを代弁せよということではないかと思い直しました。結果的にはいささか高踏的なコメントが活字になっていますが、どうか行間を汲み取っていただけたらと願います。勝手なお願いですみません。

 とまれ、これからも札幌軟石の伝道師の一人として、これ務めていきます。
 早速というわけではありませんが、11月16日(金)に篠路で軟石建物について語ります。
篠路まちあそびカフェ181116案内
 テーマは「篠路高見倉庫は何を物語っているか」。

 9月2日に催された篠路駅前まち歩き(9月3日ブログ参照)の座学版です。内容を深めて伝えたいと思います。午後6時から、篠路まちづくりテラス和氣藍々(わきあいあい)(北区篠路4条9丁目15-10)にて、参加費200円。

 「篠路高見倉庫」(10月3日ブログ参照)の高見さんも、前述の「札幌幌軟石の建物を訪ね歩いてお会いした持ち主の方」のお一人です。さる9月23日に札幌建築鑑賞会で開いた「古き建物を描く会」(9月23日ブログ参照)のとき、高見さんにお目にかかりました。偶然というより必然というべきかもしれません。高見倉庫の目の前で数名でスケッチしていたのですから。私は思いきって、高見倉庫について調べた資料を差し出しました。高見さんは「これまで、こういうふうに調べてくれた人はいなかった」と言って、私の資料を快く受け取ってくださいました。メンバーが描いた絵も、喜んで観てくださったのです。私の思い込みだったらお許しください。持ち主の方と気持ちが通じ合えたひとときでした。
 「札幌軟石」北海道遺産選定の内定を伝え聞いたのも、「篠路まちづくりの会」に参加した帰りのことでした。夜、篠路駅前のバス停でバスを待っていたときです。「軟石ネットワーク」の佐藤さんから携帯に連絡が来ました。高見さんのことと併せ、足繁く現地に足を運んで、いいこともあるなあとしみじみ思ったものです。

2018/10/03

篠路高見倉庫の行く末

 JR篠路駅の東口駅前に遺る「篠路高見倉庫株式会社」の倉庫3棟です。札幌軟石を用いています。かねて拙ブログで記してきたとおり、この場所は都市計画事業(区画整理)により、駅前広場の設置が構想されています(本年1月26日1月31日参照)。
篠路高見倉庫 201805
 倉庫3棟の行く末が、地元で案じられてきました。

 10月2日、倉庫群の行く末に大きな影響を及ぼす「篠路駅東口駅前広場の在り方検討会議」が篠路会館(北区)で開催されました。7月30日の第2回(8月1日ブログ参照)に続く第3回です。会議を傍聴してきましたので、様子をお伝えします(末注)。

 今回、札幌市から駅前広場の「イメージ案」が3案、提示されました。
 まず案1
篠路駅東口都市計画(区画整理事業)駅前広場のイメージ案1
 これは従前、示されてきたものです。
 都市計画決定された区画整理事業のエリアを赤い線で囲いました。黄色のベタはロータリー(バス、タクシーなどの滞留スペースと緑地)です。橙色の線で囲ったのが倉庫3棟で、この案ではその存置は物理的に不可能となります。

 次に、案2です。
篠路駅東口都市計画(区画整理事業)駅前広場のイメージ案2
 都市計画決定のエリアは変わらず、黄色のロータリーの面積が減ります。ということは、バスやタクシーなどの滞留スペースの面積が減るということです。その一方、倉庫2棟の存置が想定されています。

 そして案3
篠路駅東口都市計画(区画整理事業)駅前広場のイメージ案3
 都市計画決定の区域を変えるものです。面積は変わりません。倉庫3棟(橙色のベタ)は区域から外れます。
 
 札幌市から席上、本件倉庫の所有者が現在地で営業継続を希望しているとの表明がありました。この案はその意向を尊重したものでもあります。
 駅前広場の面積は変わらず、かつ倉庫3棟が所有者の意向のもとで存置される見通しです。ただし、この案だと、都市計画決定を変更する必要があります。札幌市によれば、変更しても当初の事業計画と比べて遅れは生じないとのことです。
 出席した委員の間では、案3を妥当とする意見が大勢を占めたように窺えました。委員のうち、倉庫の保存活用を求めて活動してきた住民グループ「わきあいあい篠路まちづくりの会」(9月3日ブログ参照)のⅠさんも、案3を支持する旨発言されました。

 Ⅰさんはじめ、粘り強く活動されてきた「まちづくりの会」の皆さんに、あらためて敬意を表します。私も、心中思うところは多々ありますが、都市計画=軟石倉庫の解体という流れが変わりつつあることを前向きに受け止めたい。微力ながらも、Ⅰさんたちの活動を側面的に応援してきたことを誇りに思います。ただし、これからがまた、新たな出発点です。

 注:拙ブログで伝える会議の内容は、掲載した「イメージ案」も含め、あくまでも私の見聞に基づくものである。正確には、おって札幌市サイトで公表されるであろう議事録要旨等を参照されたい。

2018/09/23

古き建物を描く会 第63回を催しました

 篠路駅東口の風景を、9名が描きました。
JR篠路駅東口 マツの木 高見倉庫
 風が少し強かったのですが、秋晴れに恵まれたのがなによりです。

 写生後、例によって青空展覧会をしました。
描く会 第63回 青空展覧会
 これまで拙ブログで綴ってきたように、駅及び駅前の風景は大きく変わろうとしています。情勢はまだ流動的ですが、1934(昭和9)年築という駅舎は姿を消すでしょう。今から申し上げるのは早いかもしれませんが、「80年以上にわたってご苦労様でした」というねぎらいを込めて、スケッチブックに遺しました。

 ところで、駅舎内で、気になったディテールがあります。
篠路駅 駅舎内
 画像のほぼ中央、窓の左側の壁です。

 壁に出っ張りがあります。
篠路駅舎 室内 でっぱり
篠路駅舎 室内 でっぱり 持ち送り
 これが気になってしまいました。

 どうも昨日、今日のモノではありません。この出っ張りの必然性は何か。
 少しのことにも、先達はあらまほしき事なり。
 9月2日に開催された「篠路のまちづくりを考える第2回シンポジウム」第2回の駅周辺まち歩き(9月3日ブログ参照)で、篠路駅長を務めたSさんに教えていただきました。「定期券の購入申込書などを書く台」だったのいうのですね。言われてみればなるほど、なのですが。

2018/09/03

 「篠路のまちづくりを考える第2回シンポジウム」盛況御礼

 9月2日に催された「篠路のまちづくりを考える第2回シンポジウム」は、参加人数というのみならず、中味の充実感という意味も込めて、盛況でした。御礼申し上げます。

 第1部の篠路駅周辺まち歩きは46名が参加しました。
第2回 篠路シンポジウム 第1部 まちあるき①
 私自身は拙ブログで予告したとおり、あまりしゃべらなかったつもりです。当日参加されていた方にしてみると、「え、あれでか?」と思われたかも。

 元篠路駅長Sさんの案内で駅構内も探訪しました。
第2回 篠路シンポジウム 第1部 まちあるき②
 参加者の一人で私の旧知にして篠路在住、元JR職員!のKさんが「目からウロコだった」と感激していました。

 第2部は約80名が、川嶋王志さん(小樽石蔵再生会)の基調講演を聴きました。
第2回 篠路シンポジウム 第2部川嶋さん講演
 実践家だけあって、口から出るコトバが空中を遊離していなかった。しかも篠路の実情と噛み合っていました。

 その後、7~8人の小グループ8班に分かれ、参加者が語り合いました。
第2回 篠路シンポジウム 第2部 小グループ語り合い
 シンポジウムというと、ともすればエライ人が壇上で語って、その他大勢が拝聴、せいぜい質疑応答が二三という例が多いところ、今回は参加者がお互い行き来できた思います。

 今回のテーマである篠路駅東口の都市計画を進める札幌市事業推進課からも職員が3名、参加されていました。これまでも「わきあいあい篠路まちづくりの会」に毎回参加されていることと併せ、立場は異なりますが、敬意を表します(末注)。「篠路駅東口駅前広場の在り方検討会議」の委員も来てくれれば良かったと思います。委員の中には、駅前倉庫の保存活用について「どういう価値があるのか?」とか「判断できない」とか、検討会議で宣う方がいました。格好の判断材料が地元で提供されたのに、実にもったいないことです。かような方々を、コトバの悪い意味で「評論家」というのでしょう。

 注:仄聞するところ、検討会議委員の中には、市職員が市民グループの会合に顔を出していることを快く思わないヒトもいるらしい。会合に来られれば判ることだが、職員は決して市民グループに阿諛追従してはいない。

2018/08/31

9月2日篠路駅周辺まち歩きに備えて

 9月2日に催される「篠路のまちづくりを考える第2回シンポジウム」が明後日に近づきました。その第1部・篠路駅周辺「まち歩きワークショップ」の資料を作り終えたところです。これまで調べてきた内容を再構成したものですが、A4判全9ページ、そこそこの力作??になりました。
 資料は力作になりましたが、当日は私はあまりしゃべらんことにしましょう。先に記したとおり、駅前の風景をぼーっと眺めるだけでも意味があるのではないかと思います。ぼーっと見てたら、チコちゃんに叱られるかもしれませんが。

 駅周辺まち歩きを控え、7月30日に開催された「篠路駅東口駅前広場の在り方検討会議(第2回)」で、出席した委員の一人の発言を思い出します。

 地元の小学生を現地学習で案内したりしている。個人的には篠路駅と駅前のマツの木には由緒を感じたが、軟石の倉庫には感じなかった。

篠路駅東口 180507
篠路高見倉庫 201805
篠路農協煉瓦造倉庫 2号、小豆加工場、17号

 発言はこの委員の感性に基づくものであり、もとより「いい悪い」「正しい、間違っている」という話ではありません。「いや、私は由緒を感じます」と反駁しても、「議論」にはならない。
 あえて言わせてもらうと、私はこれまで札幌軟石の倉庫などをあちこち訪ね、この委員が感じないという「由緒」を感じることができて、幸せです。見るモノ、聞くモノ、ときに触るモノ、嗅ぐモノなど、身近なところでそれらのモノに「お宝」を感じて満足します。公共交通の料金程度で満足感を得られるのですから、こんなありがたいことはない。

 しかし、これを他者に「押し付ける」ことはできません。「押し付ける」ことはできなくても、自分が「お宝」と感じることは伝えたい。どこまでが押しつけで、どこまでがそうでないか、この線引きも難しいところです。8月3日ブログで伝えたように、お役所ですら(お役所だから、なのか)、「地域のお宝、教えてください!」とまで奨励しています。「あなたが残したい・伝えたいものは何ですか?」と。お宝を感じる→残したい、伝えたい心情は連続帯です。

 くだんの委員の感性と私のそれのどちらが多数か、実際に調べたことはありません。憶測でモノを言うのは慎みつつ、いくつか挿話的に記します。
 8月18日の「わきあいあい篠路まちづくりの会」に参加していたとき、会場となっていた地域食堂にたまたま若い女性が入ってきました。その彼女は、駅前の軟石倉庫をお宝と感じていました。なぜ、軟石倉庫を遺したいか。「あるものを壊すのはもったいない」から。
 「倉庫には由緒を感じない」と宣った先の「検討会議」の委員は、年配の男性です。何をお宝と受け止めるか、まあ、年齢や性別という属性で傾向を云々するのも慎みましょう。

 8月23日、STVの夕方の番組「どさんこワイド179」で、篠路の街と歴史が特集されていました。私も7月に出させてもらった「てくてく洋二」というコーナーです。ここでも、駅前の軟石や煉瓦の倉庫のことがお宝視されていました。かような公共の電波に乗るところを見ると、まんざら少数でもないのかなとも思えてきます。
 今回の案内人を務めた札幌市公文書館のEさんによると、テーマは札幌のタマネギで、候補地は当初、丘珠と篠路の2箇所だったそうです。結果的に篠路になったのですが、Eさんから「あんたの差しがねでないかい?」と疑われてしまいました。いやいや、私にテレビ局への影響力なんてありません。もとはといえば、私が7月に出演したのはEさんの推挙です。私は「そんな悪知恵、はたらきませんよ」と否みつつ、思い出しました。そういえば6月、この番組の担当ディレクターHさんから「街中だけでなくて、郊外も取り上げたいんですよね」と言われたとき、私は「郊外なら、いまホットなのは篠路ですよ」と口走ったなあ。

 2日の篠路駅周辺まち歩きに備えて、公文書館のEさんにもご教示たまわりました。STVの番組では「農産地・篠路」がクローズアップされていましたが、Eさんが提示したキーワードは「駅前文化」です。そうなんだよな。駅と駅前倉庫はセットです。「駅は由緒があるが、駅前倉庫は由緒がない」、あるいはその逆という二元論ではなく、駅あっての倉庫、倉庫あっての駅なんだわさ(北海道弁)。もし篠路駅に「由緒」が感じられるとすれば、周辺の倉庫群がそれを演出しているのかもしれません。 

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プロフィール

keystonesapporo

Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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