FC2ブログ

札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 胆振東部地震お見舞い

2018/10/03

篠路高見倉庫の行く末

 JR篠路駅の東口駅前に遺る「篠路高見倉庫株式会社」の倉庫3棟です。札幌軟石を用いています。かねて拙ブログで記してきたとおり、この場所は都市計画事業(区画整理)により、駅前広場の設置が構想されています(本年1月26日1月31日参照)。
篠路高見倉庫 201805
 倉庫3棟の行く末が、地元で案じられてきました。

 10月2日、倉庫群の行く末に大きな影響を及ぼす「篠路駅東口駅前広場の在り方検討会議」が篠路会館(北区)で開催されました。7月30日の第2回(8月1日ブログ参照)に続く第3回です。会議を傍聴してきましたので、様子をお伝えします(末注)。

 今回、札幌市から駅前広場の「イメージ案」が3案、提示されました。
 まず案1
篠路駅東口都市計画(区画整理事業)駅前広場のイメージ案1
 これは従前、示されてきたものです。
 都市計画決定された区画整理事業のエリアを赤い線で囲いました。黄色のベタはロータリー(バス、タクシーなどの滞留スペースと緑地)です。橙色の線で囲ったのが倉庫3棟で、この案ではその存置は物理的に不可能となります。

 次に、案2です。
篠路駅東口都市計画(区画整理事業)駅前広場のイメージ案2
 都市計画決定のエリアは変わらず、黄色のロータリーの面積が減ります。ということは、バスやタクシーなどの滞留スペースの面積が減るということです。その一方、倉庫2棟の存置が想定されています。

 そして案3
篠路駅東口都市計画(区画整理事業)駅前広場のイメージ案3
 都市計画決定の区域を変えるものです。面積は変わりません。倉庫3棟(橙色のベタ)は区域から外れます。
 
 札幌市から席上、本件倉庫の所有者が現在地で営業継続を希望しているとの表明がありました。この案はその意向を尊重したものでもあります。
 駅前広場の面積は変わらず、かつ倉庫3棟が所有者の意向のもとで存置される見通しです。ただし、この案だと、都市計画決定を変更する必要があります。札幌市によれば、変更しても当初の事業計画と比べて遅れは生じないとのことです。
 出席した委員の間では、案3を妥当とする意見が大勢を占めたように窺えました。委員のうち、倉庫の保存活用を求めて活動してきた住民グループ「わきあいあい篠路まちづくりの会」(9月3日ブログ参照)のⅠさんも、案3を支持する旨発言されました。

 Ⅰさんはじめ、粘り強く活動されてきた「まちづくりの会」の皆さんに、あらためて敬意を表します。私も、心中思うところは多々ありますが、都市計画=軟石倉庫の解体という流れが変わりつつあることを前向きに受け止めたい。微力ながらも、Ⅰさんたちの活動を側面的に応援してきたことを誇りに思います。ただし、これからがまた、新たな出発点です。

 注:拙ブログで伝える会議の内容は、掲載した「イメージ案」も含め、あくまでも私の見聞に基づくものである。正確には、おって札幌市サイトで公表されるであろう議事録要旨等を参照されたい。
スポンサーサイト

2018/09/23

古き建物を描く会 第63回を催しました

 篠路駅東口の風景を、9名が描きました。
JR篠路駅東口 マツの木 高見倉庫
 風が少し強かったのですが、秋晴れに恵まれたのがなによりです。

 写生後、例によって青空展覧会をしました。
描く会 第63回 青空展覧会
 これまで拙ブログで綴ってきたように、駅及び駅前の風景は大きく変わろうとしています。情勢はまだ流動的ですが、1934(昭和9)年築という駅舎は姿を消すでしょう。今から申し上げるのは早いかもしれませんが、「80年以上にわたってご苦労様でした」というねぎらいを込めて、スケッチブックに遺しました。

 ところで、駅舎内で、気になったディテールがあります。
篠路駅 駅舎内
 画像のほぼ中央、窓の左側の壁です。

 壁に出っ張りがあります。
篠路駅舎 室内 でっぱり
篠路駅舎 室内 でっぱり 持ち送り
 これが気になってしまいました。

 どうも昨日、今日のモノではありません。この出っ張りの必然性は何か。
 少しのことにも、先達はあらまほしき事なり。
 9月2日に開催された「篠路のまちづくりを考える第2回シンポジウム」第2回の駅周辺まち歩き(9月3日ブログ参照)で、篠路駅長を務めたSさんに教えていただきました。「定期券の購入申込書などを書く台」だったのいうのですね。言われてみればなるほど、なのですが。

2018/09/03

 「篠路のまちづくりを考える第2回シンポジウム」盛況御礼

 9月2日に催された「篠路のまちづくりを考える第2回シンポジウム」は、参加人数というのみならず、中味の充実感という意味も込めて、盛況でした。御礼申し上げます。

 第1部の篠路駅周辺まち歩きは46名が参加しました。
第2回 篠路シンポジウム 第1部 まちあるき①
 私自身は拙ブログで予告したとおり、あまりしゃべらなかったつもりです。当日参加されていた方にしてみると、「え、あれでか?」と思われたかも。

 元篠路駅長Sさんの案内で駅構内も探訪しました。
第2回 篠路シンポジウム 第1部 まちあるき②
 参加者の一人で私の旧知にして篠路在住、元JR職員!のKさんが「目からウロコだった」と感激していました。

 第2部は約80名が、川嶋王志さん(小樽石蔵再生会)の基調講演を聴きました。
第2回 篠路シンポジウム 第2部川嶋さん講演
 実践家だけあって、口から出るコトバが空中を遊離していなかった。しかも篠路の実情と噛み合っていました。

 その後、7~8人の小グループ8班に分かれ、参加者が語り合いました。
第2回 篠路シンポジウム 第2部 小グループ語り合い
 シンポジウムというと、ともすればエライ人が壇上で語って、その他大勢が拝聴、せいぜい質疑応答が二三という例が多いところ、今回は参加者がお互い行き来できた思います。

 今回のテーマである篠路駅東口の都市計画を進める札幌市事業推進課からも職員が3名、参加されていました。これまでも「わきあいあい篠路まちづくりの会」に毎回参加されていることと併せ、立場は異なりますが、敬意を表します(末注)。「篠路駅東口駅前広場の在り方検討会議」の委員も来てくれれば良かったと思います。委員の中には、駅前倉庫の保存活用について「どういう価値があるのか?」とか「判断できない」とか、検討会議で宣う方がいました。格好の判断材料が地元で提供されたのに、実にもったいないことです。かような方々を、コトバの悪い意味で「評論家」というのでしょう。

 注:仄聞するところ、検討会議委員の中には、市職員が市民グループの会合に顔を出していることを快く思わないヒトもいるらしい。会合に来られれば判ることだが、職員は決して市民グループに阿諛追従してはいない。

2018/08/31

9月2日篠路駅周辺まち歩きに備えて

 9月2日に催される「篠路のまちづくりを考える第2回シンポジウム」が明後日に近づきました。その第1部・篠路駅周辺「まち歩きワークショップ」の資料を作り終えたところです。これまで調べてきた内容を再構成したものですが、A4判全9ページ、そこそこの力作??になりました。
 資料は力作になりましたが、当日は私はあまりしゃべらんことにしましょう。先に記したとおり、駅前の風景をぼーっと眺めるだけでも意味があるのではないかと思います。ぼーっと見てたら、チコちゃんに叱られるかもしれませんが。

 駅周辺まち歩きを控え、7月30日に開催された「篠路駅東口駅前広場の在り方検討会議(第2回)」で、出席した委員の一人の発言を思い出します。

 地元の小学生を現地学習で案内したりしている。個人的には篠路駅と駅前のマツの木には由緒を感じたが、軟石の倉庫には感じなかった。

篠路駅東口 180507
篠路高見倉庫 201805
篠路農協煉瓦造倉庫 2号、小豆加工場、17号

 発言はこの委員の感性に基づくものであり、もとより「いい悪い」「正しい、間違っている」という話ではありません。「いや、私は由緒を感じます」と反駁しても、「議論」にはならない。
 あえて言わせてもらうと、私はこれまで札幌軟石の倉庫などをあちこち訪ね、この委員が感じないという「由緒」を感じることができて、幸せです。見るモノ、聞くモノ、ときに触るモノ、嗅ぐモノなど、身近なところでそれらのモノに「お宝」を感じて満足します。公共交通の料金程度で満足感を得られるのですから、こんなありがたいことはない。

 しかし、これを他者に「押し付ける」ことはできません。「押し付ける」ことはできなくても、自分が「お宝」と感じることは伝えたい。どこまでが押しつけで、どこまでがそうでないか、この線引きも難しいところです。8月3日ブログで伝えたように、お役所ですら(お役所だから、なのか)、「地域のお宝、教えてください!」とまで奨励しています。「あなたが残したい・伝えたいものは何ですか?」と。お宝を感じる→残したい、伝えたい心情は連続帯です。

 くだんの委員の感性と私のそれのどちらが多数か、実際に調べたことはありません。憶測でモノを言うのは慎みつつ、いくつか挿話的に記します。
 8月18日の「わきあいあい篠路まちづくりの会」に参加していたとき、会場となっていた地域食堂にたまたま若い女性が入ってきました。その彼女は、駅前の軟石倉庫をお宝と感じていました。なぜ、軟石倉庫を遺したいか。「あるものを壊すのはもったいない」から。
 「倉庫には由緒を感じない」と宣った先の「検討会議」の委員は、年配の男性です。何をお宝と受け止めるか、まあ、年齢や性別という属性で傾向を云々するのも慎みましょう。

 8月23日、STVの夕方の番組「どさんこワイド179」で、篠路の街と歴史が特集されていました。私も7月に出させてもらった「てくてく洋二」というコーナーです。ここでも、駅前の軟石や煉瓦の倉庫のことがお宝視されていました。かような公共の電波に乗るところを見ると、まんざら少数でもないのかなとも思えてきます。
 今回の案内人を務めた札幌市公文書館のEさんによると、テーマは札幌のタマネギで、候補地は当初、丘珠と篠路の2箇所だったそうです。結果的に篠路になったのですが、Eさんから「あんたの差しがねでないかい?」と疑われてしまいました。いやいや、私にテレビ局への影響力なんてありません。もとはといえば、私が7月に出演したのはEさんの推挙です。私は「そんな悪知恵、はたらきませんよ」と否みつつ、思い出しました。そういえば6月、この番組の担当ディレクターHさんから「街中だけでなくて、郊外も取り上げたいんですよね」と言われたとき、私は「郊外なら、いまホットなのは篠路ですよ」と口走ったなあ。

 2日の篠路駅周辺まち歩きに備えて、公文書館のEさんにもご教示たまわりました。STVの番組では「農産地・篠路」がクローズアップされていましたが、Eさんが提示したキーワードは「駅前文化」です。そうなんだよな。駅と駅前倉庫はセットです。「駅は由緒があるが、駅前倉庫は由緒がない」、あるいはその逆という二元論ではなく、駅あっての倉庫、倉庫あっての駅なんだわさ(北海道弁)。もし篠路駅に「由緒」が感じられるとすれば、周辺の倉庫群がそれを演出しているのかもしれません。 

2018/08/30

札沼線 謎かけ五題

 望月橋の目くるめくカオスに酔いしれています(昨日ブログ参照)。ほんとうは、こんなことに嵌まりこんでいる場合ではありません。8月27日ブログに載せた私の当面の予定にあるとおり、今度の日曜、9月2日に催される「篠路のまちづくりを考える第2回シンポジウム」で、「まち歩き」の案内人を務めます。その準備に余念がない。…はずでいなければならないのに、余念だらけではありませんか。しかも、札幌建築鑑賞会通信『きー すとーん』次号の発行も近い。編集長Sさんのお顔が脳裏に浮かびます。

 篠路駅前の「まち歩き」に備えては、これまで調べてきた倉庫の歴史を土台にしようと思っています。ただ私は駅や札沼線のことに疎い。駅のことは、今回の行事を主催する母体でもある「篠路まちづくりテラス『和氣藍々』」で、参加者の多くはすでに学んできています。また、今回一緒に案内する塚田敏信先生が詳しいので、私があらためてモノ申すことはありません。とはいえ、自分自身の予備知識は蓄えておきたい。

 そこで昨日、北海道鉄道史の生き字引にお目にかかりました。
 『北海道の鉄道』2001年
 田中和夫先生です。

 先生の著述を拝読し、お話も直接伺って、札沼線に関する謎かけを思いつきました。
 ① 札沼線は‘東武鉄道’だった?
 ② なぜ、桑園につながったか?
 ③ なぜ、急行が走らなかったか?
 ④ もともと‘学園’都市線だった? 
 ⑤ 篠路駅にまつわる田中和夫車掌のエピソード

 
 ただし、9月2日は篠路「駅前」がメインテーマなので、直接は関係ありません。時間的にも、当日は触れる余裕がないので、拙ブログで遊ぶこととします。

 余談ながら、先生には別件でご教示いただきたいこともありました。申すまでもなく、旧薩摩藩士にて開拓使札幌麦酒の生みの親・村橋久成に光を当てたのが先生です(本年6月4日ブログ)。先生はすでに40年以上も前、開拓使の古文書を洗いざらい漁っておられます。
 
 これまた8月27日ブログに載せた私の当面の予定にあるとおり、私は来たる10月28日、「北海道ヘリテージウィーク」の「地域の歴史・文化を学ぶ講座」でお話をします。小一時間ほどいただく拙話のテーマとして考えているのが、「薩幌」です。薩摩と札幌のつながり。会場が旧永山武四郎邸・旧三菱鉱業寮なので、永山を中心に語りたいと思っています(本年6月22日ブログ参照)。それには、先達の御高論を抜きにできません。

 結局、私の時空逍遥は網の目のごとく、どっかこっかでつながっているのですね。というか、万里を飛んだつもりでいて、やはり偉大な先人の掌の中を遊んでいる。

2018/08/19

篠路のまちづくり 第2回シンポジウム ご案内

 標記シンポジウムが9月2日(日)に開催されます。
篠路 第2回シンポジウム 案内チラシ オモテ
篠路 第2回シンポジウム 案内チラシ ウラ
 2月に続き、2回目です(1月24日ブログ2月4日ブログ参照)。 

 JR篠路駅東口の将来をめぐっては、正念場を迎えています(8月1日ブログ参照)。駅前の軟石倉庫群は、9月には行く末が見えるといってよいでしょう。そこで、もう一度シンポジウムを開いて、駅東口の将来に思いを馳せようということに相成ったしだいです。
 
 この行事が企画されたとき、私は「どうせなら“座学”の議論だけでなく、みんなで現地を歩きましょうや」と提案しました。それで、前半は「駅周辺 まち歩きワークショップ」、後半は「パネルディスカッション」という2部構成となったのです。私は、塚田敏信さんとともに前半のまち歩きの案内人を務めます。
 第1部 「駅周辺 まち歩きワークショップ」 午後0時30分~1時15分 篠路駅東口集合
 第2部 「世界遺産と日本遺産の2都市から学ぶ まちづくり・まちおこし」 午後1時30分~3時30分 篠路コミュニティセンター


 第1部は「ワークショップ」と銘打たれていますが、私個人としては極論すると、駅前の風景を「ただ、ぼーっと眺める」だけでも全然かまわないと思っています。第1部、第2部のいずれかのみの参加も歓迎です。一応、チラシに事前申込書が付いていますが、これは人数把握の目的でもありますので、当日直接参加でもどうぞおいでください。

 私は、本年1月末の札幌市都市計画審議会(1月31日ブログ参照)を傍聴して以降、「わきあいあい篠路まちづくりの会」の会合にほぼ毎回参加し、札幌市主催の「篠路駅東口駅前広場の在り方検討会議」も傍聴してきました。「まちづくりの会」の皆さんのご尽力には頭が下がります。楽しいこと、きれいごとではすまない積み重ねが今に至っています。それだけに、外の空気を吸いながら、肩の凝らない散策をしたいものです。これまで拙ブログで触れられなかった倉庫群の歴史をお伝えできたらと思います。一方で、大所高所から美辞麗句を謳うだけの役回りには自分自身がならぬよう、心したい(そもそも修辞は得手ではありませんが)。

2018/08/01

篠路駅東口駅前広場の在り方検討会議(第2回)

 7月30日に開催された標記会議を傍聴してきました。
篠路駅東口駅前広場の在り方検討会議 第2回 開会前
 画像は議事進行前の様子です(進行後は撮影禁止)。手前には多くの傍聴者が詰めかけていました。 
 この会議が開かれるに至った経緯は、札幌市サイトの「篠路駅周辺地区のまちづくりについて」をご参照ください。また、私がなぜ会議を傍聴したか、その理由はこれまで拙ブログで綴ってきた篠路駅東口関係の記事(末注)に由ります。

 ひとことでいうと、篠路駅前に遺る札幌軟石の倉庫群の行く末に大きく影響を及ぼす会議だからです。
篠路高見倉庫 201805
 篠路駅東口に関わる都市計画(区画整理事業ほか)で駅前広場の設置が構想されており、その予定地に本件倉庫があります。札幌市は、地区住民、有識者の意見を参考にしながら事業を進めていくこととしており、この会議もその一環です。 

 実は、今回の会議で私は傍聴席から発言しました。私は会議の構成員(委員)ではありませんので、議事進行の委員長のお許しを得てのことです。
 なぜ、私が発言することになったかというと、6月6日に開催されたこの会議の第1回で、「倉庫を残す価値があるか、歴史的建造物と言えるかどうか」といったことが少なくない出席者から出されたからです。そこで、委員の一人である「わきあいあい篠路まちづくりの会」会長のNさんからの依頼を受け、本件倉庫の歴史的地域資産としての価値を私が報告しました。前回の会議ではさらに「まちづくりと併せてどのように活用していくかが重要」という指摘もあったため、これは委員のNさんが倉庫活用についての提案を説明しました。

 これらの報告、説明の後、委員の間で意見交換がありました。その内容はかいつまむと、「倉庫群はなんとか一棟だけでも残してほしい」という発言もありましたが、議論の在り方に対する批判が相次ぎました。曰く「倉庫ありきで、話が進んでいる」「倉庫のほかにも議論すべきことが多くある」「保存ありきではない」「持ち主の意向が第一である」「倉庫を残すことを前提として、持ち主不在で議論が続いている」「会議時間の多くが倉庫のことに費やされている」など(正確な内容はおって札幌市サイトで「議事要旨」が公表されると思いますので、そちらを参照してください)。
 
 今回の会議を傍聴して、私は次の感想を抱きました。 
 私の報告を含むNさんの説明・提案は、なぜか「保存ありき」の議論と受け止められたきらいがあります。しかしNさんの発言は、前回会議での指摘を受けたものです。そもそも、前回会議で委員長から「議論の主なポイント」として提示されたのは「ロータリーの形状をどうするかということと、軟石倉庫が地域資源として重要かどうか、重要な場合はその残し方について」でした。もとより私の報告は、委員が保存活用の是非を判断する前提としての情報を提供したにすぎません。
 にもかかわらず、少なからぬ委員の発言は、倉庫を話題にすること自体を問題視しているように私には聞こえました。委員長が提示した「議論の主なポイント」からして、倉庫のことに時間が使われるのは当然でありましょう。問題はその中身です。私の報告やNさんの提案に対して疑義があるなら、それは具体的に大いに質せばよい。
 「持ち主の意向」について申し上げるならば、委員に問われているのは、建物をどのように評価し、持ち主にどのようにモノ申すか、ではないでしょうか。もちろん、最終的に持ち主の意向が絶対であるのはいうまでもありません。しかし、それこそ「意向ありき」ではない。第三者との関係で、意向は変わりうるものです。例えば、登録文化財の多くは、最初から持ち主が登録を発意したものではありますまい。有識者や行政が持ち主に働きかけて実現に至った例は枚挙にいとまがない。
 しかも、本件倉庫の場合、札幌市が現在の持ち主から底地を都市計画用地として購入することになっています。ならば、札幌市はどう判断するのか。それを形成する一環が、この会議でありましょう。委員各位には、主体的な考えを持ってもらいたいものです。その材料は提供しているのですから。
 駅前広場(ロータリー)の形状については、一義的にはそれを必要と考える人・組織がいわば挙証すべきです。証拠をそろえて、具体的に大いに提案したらよろしい。
 この会議は、予定では9月12日に第3回を残すのみです。少なくともこれまでの2回を聞いた限りでは、これをもって「地域の方々と札幌市との協働によるまちづくり」というのだろうかと、私は懐疑的になりました。

 それにしても、一つの建物に向き合うというのは、エネルギーを要しますね。
 「なくすのは簡単。でも篠路の歴史を想起させる風景は上書きされる。いま一度、倉庫群の物語に耳を済ませたい」(北海道新聞2017年9月8夕刊コラム「今日の話題」、2018.2.1ブログ参照)。
 繰り言ですみませんが、遺すことの大変さを想うと、「なくすのは簡単」と私は簡単に言えません。いや、こういうキレイゴトを謳うのもいい。ただし、遺すためのシンドイ作業も背負いながらでないと、空疎に響くのです。

注:2018.1.24ブログ「篠路のまちづくりを考えるシンポジウム」
  2018.1.25ブログ「札幌市都市計画審議会を傍聴しました。」
  2018.1.26ブログ「JR篠路駅東口の土地区画整理事業」
  2018.1.31ブログ「篠路駅前の倉庫をめぐる都市計画審議会の議論」
  2018.2.4ブログ「篠路のシンポジウム、終わりました。」

2018/07/23

丸〆街道のカフェ再生

 前に北区篠路の古道「丸〆街道」のことを拙ブログで綴りました。街道沿いに木造下見板貼り・腰折れ屋根の元馬小屋が遺っています。2016年5月からカフェに再利用されていたのですが、昨年閉店しました(2017.7.18ブログ参照)。

 このたび現地に行ってみたところ…
篠路9条 うまごやKope
 再びカフェとして使われていることを知りました。

 カフェと小物雑貨の店です。「Bob’sカフェ うまごやKope」といいます。昨年(2017年)10月に開店したそうです。丸〆街道の歴史を調べて以来、思い入れを深めていただけに、この建物が再々生されたのを嬉しく思います。
 北区篠路9条6丁目1-5 営業時間10:00-17:00(木・土11:00-16:00)不定休

 本題とは関係ありませんが、昨日7月22日をもって拙ブログが満4年に達しました。昨日までの1,461日間で公開した記事は1,438本です。ブログを始め、続けるに当たって心がけているモットーの一つである「日々更新」をほぼ実現してきました。モットーは他に二つあります。「初出・一次情報」と「出所明示」です(2015.7.23ブログ参照)。情報を日々発信しつつ質を維持できているかどうか、その判断は読者に委ねることとしましょう。参考までに数的(量的)指標を末注に載せます。

 ご愛顧してくださっている皆様に深く感謝申し上げます。コメントを寄せてくださる方、「拍手」してくださる方、ありがとうございます。数的(量的)指標では測りづらい質的反響を大事にしながら、今後も可能な限り続けていきます。オフラインのリアルなコミュニティともいうべき札幌建築鑑賞会という活動を27年続けてきたのも、「とにかく続ける」ことに意味があるという思いがありました。拙ブログもそのつもりです。と記しながら、もしかしたらある日突然、やめてしまうかもしれません。時空逍遙とはそんなものでしょう。所詮うたかたです。それくらいの気持ちでいたほうが却って長続きするという逆説でもありますが。

注:ブログを始めて1年余の2015年9月4日から閲覧者数を数えるようにした。いわゆる“ユニークユーザー”で、一日当たりの実閲覧者数。奇しくもというべきか、その数が本日をもってちょうど6万名に達し、本日までの日数で均すと60,000名/1,054日≒57名/日。2,015年当初の4週間(28日)の平均は30名/日、2016年9月では53名/日、2017年7月では65名/日、本年の直近4週間では88名/日である。ちなみに拙ブログが加入しているFC2というサイトで、「歴史」ジャンルに登録されている約1,000のブログ中のランキングは、直近でおおむね10~20位(上位1%台)。

2018/07/10

篠路町篠路の煉瓦造倉庫 ②

 昨日ブログに記したように、煉瓦造倉庫は伏籠川の古川たる篠路川のほとりに遺ります。
篠路町篠路 煉瓦造倉庫 遠景
 市街化調整区域で幹線道路から外れたところということもあって、目につきづらい場所です。

 札幌市内にはまだまだ、かような大物な遺っていたのですね。
篠路町篠路 煉瓦造倉庫②
 フットパスとして設定されたおかげか、川沿いの道が整備されています。私が歩いたときも、路傍の草刈りをしている人がいました。要所に標識や駐車(輪)場なども設けられています。このようなことがなければ、本件煉瓦造倉庫は日の目を見なかったかもしれません。

 倉庫の近くに人家らしい建物は見当たりません。本件のみ、ぽつねんと建っています。持ち主を知る手がかりはないものかと、川沿いの道を200~300m歩いたら畑仕事をしている人を見かけました。「煉瓦の倉庫はどなたのものでしょうか?」と伺うと、持ち主はCさんという方だということが判りました。元は倉庫のところで農家をしていたが、今は別の場所に移ったとのこと。Cさんはタマネギを作っていたらしい。移った先もお聞きしました。時空逍遥探偵としては幸先がいい。

 お聞きしたCさん宅は歩いても行けるところで、この際だからと訪ねたのですが、残念ながらご不在でした。そこで、ご近所にあるもう一軒のCさん宅を訪ねました。持ち主の分家に当たるお宅です。実は分家の方が近くにお住まいであることも、私はお聞きしていました。
 さいわい分家のCさん宅は奥さんがご在宅で、お話をお聞きすることができました。といっても、奥さんが1955(昭和30)年にお嫁に来たときには本件倉庫はすでにあったということで、建築年はさだかではありません。やはりCさん宅はタマネギ農家だったとのことで、本件倉庫はタマネギを収蔵していたようです。ともあれ、本件は少なくとも築60年以上であること、タマネギ倉庫であったことが判っただけでも収穫としましょう。

 それにしても、これまで東区や北区のタマネギ農家で見てきた倉庫の多くは札幌軟石製の切妻屋根です。煉瓦あるいは腰折れ屋根もないわけではありませんが、たいてい馬小屋でした(2015.2.282015.5.172016.11.182016.12.72017.1.72017.8.7各ブログ参照)。
 小端空間積みも、これまたないわけではないが、比較的少ない(2015.1.182015.6.1ブログ参照)。
 本件が“純粋”にタマネギ貯蔵用だったのか、あるいは馬小屋など畜舎も兼ねていたのか、確かめたいところです。本件の開口部は、アーチ型の入口のほかには、妻破風に各1箇所と側面に2箇所、鉄扉の小さな窓が付いているのみです。畜舎にしては窓が小さいような気もします。

 腰折れ屋根の小端空間積み煉瓦は、酪農家の牛舎やリンゴ農家の馬小屋兼倉庫で見ました。これがいかにして北区篠路町篠路のタマネギ農家に伝播したかも、興味をそそります。

2018/07/09

篠路町篠路の煉瓦造倉庫 ①

 かねて実物を確かめてみたいと思っていました。
篠路町篠路 煉瓦造倉庫
 場所は北区篠路町篠路、市街化調整区域に遺る煉瓦造の倉庫です。いや、探訪前に用途は判ってなかったので、とりあえず倉庫としておきます。

 本物件を知ったきっかけは、『太平百合が原 フットパスガイドマップ』という冊子です。2011年に発行されたその冊子を今年になって入手しました。ぱらぱらめくっていたら、煉瓦造とおぼしき腰折れ屋根の建物の写真が載っていたのです。写真では煉瓦かどうか、さだかには判らず、由来なども記されていませんでした。
 かてて加えて、先月「わきあいあい篠路まちづくりの会」で、参加者のお一人から「茨戸の方に煉瓦の建物がありますが、ご存じですか?」と訊かれたのです。気になっていただけに、その場で仔細をお答えできなかったのが残念でした。

 それで先日、篠路へ行ったついでに現地へ足を運びました。本件は篠路川沿いに面しています。篠路川というのは、伏籠川の旧河道です。いわば伏籠古川。フシコはアイヌ語で「古い」の意なので、古古川というところか。ただし古地図に照らすと、微妙に河道が異なっています。このことは稿をあらためます。

 本題に戻りまして、煉瓦造物件です。
 小端空間積み。最下部の3段と、腰折れ屋根破風の底辺の7段はイギリス積みです。軒に蛇腹を廻しています。

 この軒蛇腹の意匠を、これまで私はデンティル(歯状飾り)と記してきました。
篠路町篠路 煉瓦造倉庫 軒蛇腹
 しかし、本来的な歯状飾りとは趣を異にしています。

 「本来的な」歯状飾りというのは、こういうものを指すのでしょう。
元中部電力稲沢営業所 デンティル
 黄色の矢印の先で示した意匠です。‘dental’なカタチが並んでいます(本件の所在地は2015.1.9ブログ参照)。たいてい“すきっ歯”です。

 しかるに、本件軒蛇腹は煉瓦の角っこをギザギザ∧∧∧∧∧に突き出して並べています。喜田信代さんはこれを「稲妻蛇腹」と表現しています(2017.4.25ブログ参照)。この用語はたぶん、月寒の煉瓦職人・長浦数雄から発せられたものと想います。豊平区方面に遺る元りんご倉庫に見られる軒蛇腹はたいがい、このフォルムです。長浦の得意技だったらしい。

 煉瓦でも、すきっ歯の本来的デンティルの軒蛇腹は見られます(2017.5.30ブログ参照)。
手稲前田 Tさん宅サイロ デンティル
 しかし、札幌で多く見受けられるのは稲妻蛇腹です。 

ホーム

HomeNext ≫

 

プロフィール

keystonesapporo

Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

カレンダー

09 | 2018/10 | 11
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

最新記事

最新コメント

カテゴリ

閲覧者数(2015.9.4からカウント)

検索フォーム

ランキング

↑ クリックすると、ランキングが見れます。

月別アーカイブ

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

最新トラックバック