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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 胆振東部地震お見舞い

2020/03/28

新型コロナウイルスの都道府県別「感染者率」をカルトグラムで表す

 新型コロナウイルスの国内における感染状況について、都道府県別の感染者率(対人口比)をカルトグラム(変形地図)で表現してみました。
カルトグラム 新型コロナウイルス感染者率(対人口比) 都道府県別 百万分比
 各都道府県の人口に対する感染者数の百万分比(ppm)です。人口、感染者数の数値は昨日ブログと同じデータに基づきます(感染者数はNHK特設サイト「新型コロナウイルス」掲載3月27日19時35分現在の記事、都道府県の人口は総務省ウエブサイト「人口推計(2018年10月1日)」ページ https://www.stat.go.jp/data/jinsui/2018np/pdf/tables.pdf )。
 図上、一つのが1ppmに相当します。たとえば宮城県、福島県の1は、それぞれの実数値0.86、1.07(ppm)を小数点以下1位で四捨五入したものです。北海道は31.97ppmで、が32個になります。人口528万6千人に対し、感染者累計169人で、人口100万人当たり約32人ということです。

 このカルトグラムを試みた理由は、以下の3点によります。
  都道府県ごとの感染者数は、その絶対数の多寡だけでそれぞれの地域における影響を判断することはできない。感染者数が同じ100人でも、人口1千万人のうちの100人と、人口百万人のうちの100人とでは意味合いが異なる。母数となるそれぞれの人口に対する感染者数の割合―ひとまず「感染者率(対人口比)」と称する末注①―を知ることにより、各地域の感染状況をより公平に判断しうる(末注②)。
  都道府県ごとの数値を視覚的に理解するためには、日本地図上で表現することは地域的な関係性を探るうえで効果的である。しかしその際、正積図では受け止め方にバイアス(偏り)が生じる恐れがある。同じ数値でも、面積の大きい都道府県と小さい都道府県では、数値に対する印象が左右される(末注③)。
  各都道府県の数値をそれぞれの面積に反映させたカルトグラムにより、Ⅱの欠点の是正が期待される。

 などと、しこしこ作っている間にもどんどん数字が動いています。おそらく太平洋ベルトの都府県がもっと膨らんでいくことでしょう。

 注①:昨日ブログで私は同じ統計処理に「感染者密度」という表現を用いた。「密度」はたとえば「人口密度」の場合、面積に対する比率なので、区別して「感染者率」としておく。
 注②:私がこのことを考えるきっかけは、2月28日の北海道知事による「非常事態宣言」である(3月3日ブログ参照)。その後、次のようなサイトにも当たった。
 ↓
札幌医科大学サイト「人口あたりの新型コロナウイルス感染者数の推移(国別)」
https://web.sapmed.ac.jp/jp/news/press/jmjbbn000000p5j4.html
 「良く(ママ)報道されているような国別の感染者数は人口の大小に影響されるため、単純に比較することができません。人口100万人あたりの統計でみることで,初めて正確な比較をすることが可能となります」。
 
 注③:たとえば、下掲画像はNHK特設サイト「新型コロナウイルス」に掲載された「都道府県別の感染者数」(3月28日閲覧のページ。「3月27日午前10時半までの情報を表示」と付記)である。
NHKサイト 都道府県別新型コロナウイルス感染者 図表
 感染者数によって各都道府県が色分けされていて、北海道、東京都、愛知県、大阪府、兵庫県はいずれも「100人~」の同じ色である。実際の人数は右の棒グラフに示されているとおり、もっとも多いのは東京都の259人で、次いで北海道が168人である。左の日本地図を見たとき、どのような印象を受けるであろうか。このサイトを観る前に自分でもまったく同じ図を作成して(昨日ブログ参照)実感したことである。
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2020/03/27

新型コロナウイルスの感染と地域性

 3月12日ブログで、新型コロナウイルスの感染力について「地域による湿度の高低との相関関係はありやなしや?」と自問しました。コメントをお寄せいただき、遅ればせながらまことにありがとうございます。
 
 >乾燥していると生活空間(地面から1m~2m)のウイルスの絶対量が増えますのでウイルスに接触する機会も増えてしまいます。これは風邪の原因ウイルス(アデノやライノ、コロナ)の特徴でもあります。
 
 このたびの新型に限ったことではないのだなあと、素人ながらも思いました。さりとて普通の風邪やインフルエンザのように季節が変われば(たとえば梅雨どきになれば)収まるだろう、と軽々しく予断できないところが厄介です(末注)。

 都道府県別の感染者数を、日本地図に色分けしてみました。 
新型コロナウイルス 国内感染者数 2020.3.27現在
 感染者数はNHKのサイトから3月27日19時35分発表データに基づきます(元図は国土地理院サイトから白地図に着色)。国内の感染者数は1,463人(クルーズ船を除く)で、上掲図はさらに中国からのチャーター機帰国14人、空港の検疫で確認された人など33人を除く1,416人が母数です。

 なおNHKでも特設サイトで同様に色分けして載せています。
 ↓
https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/data/ (3月27日閲覧時、同日10時30分までの情報が掲載) 

 こうして見ると、三大都市圏と北海道が多いなという印象を受けます。3月3日ブログで私は、「広域性や面積を同等にして較べると、感染者数は明らかに内地のほうが多い」と記しました。前掲図を見ると、北海道は一面マッカッカです。いかにも感染者が多いように見える。しかし、北海道とほぼ同等の面積を三大都市圏に当てはめると、3月3日から較べても感染者数は三大都市圏のほうがはるかに上回っています。
 結局、私の前掲図やNHKサイトに載る正積の日本地図でこの種の統計を表現すると、印象操作というか、バイアスがかかるのではないでしょうか。たぶんカルトグラム(変形地図)を用いるのが妥当だと思います。私にはまだその余力がありませんので、できればNHKさんにはお願いしたいところです。
 
 もう一つ、「相変わらず」というと語弊がありますが、今もって日本海側の感染者が少ないとも窺えます。感染者0の5県のうち4県が日本海側です(山形、富山、鳥取、島根)。鳥取や島根などはそもそも人口が少ない県でもあるので、人口比で地図に色分けしてみました。
 同じく国土地理院サイトの白地図に加工したものです。
新型コロナウイルス 国内感染者密度(人口比)2020.3.27現在
 感染者数は前掲図と同じくNHK3月27日19時35分発表、都道府県の人口は総務省ウエブサイト「人口推計(2018年10月1日)」ページhttps://www.stat.go.jp/data/jinsui/2018np/pdf/tables.pdfによりました。単位は百万分比(ppm)です。

 相変わらず北海道は感染者密度が高いのですが、人口の多い(人口密度も高い)三大都市圏も高くなっています。日本海側でも、新潟や石川、福井のように高めのところもあることがわかりました。おおまかには、太平洋ベルトの密度が高いとはいえそうです。ヒト、モノ、カネの動きがもっとも活発であろう一帯。
 それにしても、正積図だとやはり、国土の1/5強を占める北海道は感染者密度も実態以上に大変高く映ってしまいます。そこで、もう少し細かく見てみました。

 感染者数を14の振興局・総合振興局(かつての支庁)管内ごとに色分けしました。
新型コロナウイルス感染者数 北海道支庁別色分け2020.3.26
 感染者数は北海道新聞3月27日朝刊記事掲載(3月26日15時現在)の168人の内訳に基づき、元図は地理院サイトの白地図です。市町村ごとに境界線が引かれていますが、色はあくまでも振興局管内ごとに塗り分けました。ただし、感染者数が多い札幌(74人)、北見(13人)、旭川(10人)の3市は、市単体で色分けしています。たとえば石狩管内は85人でうち74人が札幌市なので、札幌以外の石狩管内市町村のエリアは85-74=11人とみなして色分けしました。

 当然のことながら、北海道全域が一様に真っ赤なのではなく、やはり分布に差異がみられます。しかし、これでもトリッキーです。たとえば胆振管内は感染者6人ですが、その6人は全員苫小牧市です。つまり同市周囲の他市町村(室蘭や伊達、白老など)は感染者がいません。本来なら苫小牧のみ色が塗られて、周辺の胆振市町村は白地とするのが実態に近い。同様に日高(2人)や十勝(1人)なども市町村ごとに色分けしたら、かなりの部分が真っ白になるはずです。

 注:しかるに北海道新聞3月24日特集版「新型コロナとは」で、ウイルス生態学者根路銘国昭氏は「中国の情報を見ると、3月には流行が終息期に入ったとみられます。日本も終焉期に入りつつあると私は判断しています。3月中旬をピークに、4月には新型コロナは消えていると予言しておきましょう」と語る。大胆。

2020/03/12

新型コロナウイルスの感染力と気候風土

 3月3日ブログで新型コロナウイルスの感染のことを綴りましたが、私は公衆衛生学はもとより生物も音痴です。そもそも理系音痴(昨年12月29日ブログ参照)であり、生物の知識についても恥をさらします。たとえば、私はウイルスと細菌の違いを説明できません。これまで、大きさが違うくらいにしか思ってませんでした。
 くだんの感染症がこれだけ世の中の大事になると、さまざまな流言蜚語が飛び交いがちです。その片棒を担がないよう自戒しつつ、関心事を綴ります。

 全国の都道府県のうち、現時点で感染者数が0の県は以下のとおりです(注①)。
 青森県、岩手県、山形県、茨城県、富山県福井県鳥取県島根県、岡山県、香川県、佐賀県、長崎県、鹿児島県
 青字の5県が日本海側にあります。青森県や佐賀県、長崎県も日本海に面していますが、他の海洋にも面しているので除きました。日本海と瀬戸内海の両方に面する兵庫県は、患者46名の居住地は皆、瀬戸内海側及び内陸です(末注②)。
 北海道の日本海側をみてみます。(末注③)。
 留萌管内0、石狩管内(札幌市を除く)9、札幌市41、後志管内1、桧山管内3。
 ちなみに日本海とオホーツク海に面する宗谷管内も0です。

 日本海側の県は発生が少ないのではないかという印象を私は抱きました。そのきっかけは、日々の道内のニュースです。道央、道南、道東へと感染者が拡がる中で、3月11日まで留萌や後志、宗谷がずっと0のままでした(3月11日、後志で1名発生)。それで全国的にはどうなのか、気になったのです。
 新潟県(11名)や石川県(7名)のように日本海側でもそこそこ多い県もあります。北海道でも、札幌市を含む石狩管内は突出して多い。日本海側は発生数が少ないといえる有意差があるのか、人口比でみてどうなのか、精査の余地はありましょう。ひとくちに日本海側といっても地理的条件はさまざまでもあります。
 という前提でなお、もしかしたら、とも想うのです。気候風土要因があるのではないか。この時期すなわち冬の気候の太平洋側との違いとか。電網検索したら、こんなサイトに当たりました。
 ↓
https://weathernews.jp/s/topics/201901/100085/ 
 冬の空気が「しっとり」または「カラカラ&しっとり」の県は以下のとおりです。
 青森県、秋田県、山形県、新潟県、富山県、石川県、福井県、滋賀県、鳥取県島根県 
 現時点で感染者が0の県を太字にしました。太字以外のうち新潟県、石川県は前述のとおりですが、秋田県は2名、滋賀県は1名です。

 冬季、日本海側で湿度が高く、太平洋側が乾いているのは、ある程度察しがつきます。いわゆるエアロゾル感染だと、空気が乾いているほうが感染しやすいようにも想います。新型コロナウイルスはいまのところ飛沫感染と接触感染といわれていますが、その感染力は地域による湿度の高低との相関関係はありやなしや?

注①:厚生労働省サイト「新型コロナウイルス感染症について」ページ「新型コロナウイルス陽性者数(チャーター便帰国者を除く)とPCR検査実施人数(都道府県別)【1/15~3/11】」の「陽性者数」による。→https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000607590.pdf 3月12日閲覧
 注②:兵庫県サイト「新型コロナウイルスに感染した患者の発生状況」ページによる。→https://web.pref.hyogo.lg.jp/kk03/corona_hasseijyokyo.html 3月12日閲覧。患者46名中、「丹波市」1名以外は中央分水嶺以南。丹波市は町内で分水嶺を分かつ。
 注③:北海道サイト「新型コロナウイルス感染症の道内の発生状況」ページによる。→http://www.pref.hokkaido.lg.jp/hf/kth/kak/hasseijoukyou.htm 3月12日閲覧
 札幌市の感染者数は札幌市サイト「新型コロナウイルス感染症の市内発生状況」ページ「新型コロナウイルス感染症の市内発生状況(3月12日時点)」による。→http://www.city.sapporo.jp/hokenjo/f1kansen/2019n-covhassei.html 3月12日閲覧

2020/02/27

大工の棟梁

 2月17日18日ブログで、札幌市公文書館に収蔵されている古写真に写る建物を推理しました。「朴沢家資料」の一枚です。今さら告白するのも気が引けるのですが、「推理」というのは口幅ったいことでした。実は、この写真には「札幌ガス会社屋棟上げ」という標題が記されているのです。「札幌ガス会社」というなら、「ははん、あそこにあったアレか」と察しが付きます。別に、建物のディテールや横断幕に描かれている社章を手がかりにするまでもありません。すぐにはわからなくても、今のガス会社に当たりを付けて、社史をひもとくなどすれば答えに近づけます。名探偵を装って大風呂敷を広げて失礼しました。ただ、このガス会社社屋を朴沢棟梁が手がけたということから、伊藤組の施工だったということ(末注①)を私は知ることができました。収穫です。もっとも、これも伊藤組のほうの社史を追えばわかることかもしれませんが。

 ところで、いま「朴沢棟梁」と記しました。これまでも拙ブログ記述で本件資料にかかわって私は「棟梁」と添えてきましたが、これは既往解題文献に依っています(末注②)。しかしこのたび、「棟梁」という肩書の使い方に無頓着だったなあと反省するに至りました。きっかけは、ほかならぬ2月16日の札幌市公文書館「札幌閑話」です。この日、角幸博先生(北大名誉教授)が(‘受講者’の一人として)来られてました。「閑話」が終わってから、角先生が講師に「棟梁」のことを尋ねたのです。曰く、朴沢の名が書かれた棟札では「大工」とあるのみだが、「棟梁」と記された史料はあるやなしやと。この日の演題はまさに「大工の棟梁~『朴沢家資料』からみる札幌の建物~」だったのですが、講師は建築の専攻者ではなくそこまでは未確認のようでした。傍で聞いていて、専門研究の世界では職能の用語一つにも厳密を期すのだなあと思い知った次第です(末注③)。

 と、ここまでが前置きでして、本日ブログも朴沢家資料からまた古写真を取り上げて逍遥したいと思っていました。しかし前置きだけで冗長になりましたのでやめます。逍遥する古写真のみ、載せます。
朴沢家寄贈古写真 豊平川鉄橋工事

 注①:2015.3.16ブログ参照
 注②:同上2015.3.16ブログ参照。朴沢は「「明治33年、旭川第七師団の兵舎建設のため伊藤亀太郎に招かれて北海道入りをし、組の棟梁として七師団兵舎落成後も、札幌中央郵便局、札幌駅、北海タイムス社、(中略)等の代表的建築物を手がけた」(栃内和男「郷土史料小解」『「新札幌市史」機関誌 札幌の歴史』創刊号1981年、p.54)。
 注③:同上2015.3.16ブログで私は次のように記した。「朴沢の名は、『伊藤組百年史』1998年において第七師団建設(明治32-35年)の項で出てきます(p.104、偕行社の棟札の記載として。ここでは棟梁ではなく「大工」)。朴沢はその後棟梁として腕を振るっていったのでしょう」。後段は史料的裏付けに基づかない憶測であることを、噛みしめる。

2020/02/17

古写真に写る建物を推理する

 2月16日、札幌市公文書館の「札幌閑話」を拝聴しました。テーマは「大工の棟梁~『朴澤家資料』からみる札幌の建物」です。
 
 会場で展示されていた古写真の一枚に目が留まりました。
朴沢家寄贈写真 上棟式
 朴澤棟梁(2015.3.16ブログ参照)が携わったであろう建物の上棟式が写されています。大正時代の撮影と思われますが、私には見覚えがありました。私の見覚えは竣工後の、もちろん近年の実物です。近年といっても、もう10年余り前になります。建物はその頃、解体されました。
 
 さて、この建物はどこにあったでしょう?
 
 ヒント1:部分的に拡大してみます。
朴沢家寄贈写真 上棟式 部分拡大
 手がかりが窺えます。

 ヒント2:上掲建物と同じとおぼしき近年の姿です。
朴澤家寄贈写真上棟式に写る建物の2008年〈部分)
 ほぼ同じアングルで、トリミングしました。2008(平成20)年に撮られた画像です。

2020/01/18

たこ足とねこ足 補遺

 昨年12月12日ブログで、標記「北海道のねこ足」のことを記しました。「ねこ足」とは、寒冷地稲作を普及させた水稲直播器の一種です。記述後一か月余り、ずっと気になっていたことがあります。北海道博物館の特別展示のことです。

 同日ブログに、展示物の画像(昨年10月撮影)を載せました。
北海道開拓の村特設展示「水稲直播器 ねこ足」北海道博物館蔵
 手前が「ねこ足」で、そのうしろの足の長いほうはやはり直播器の「たこ足」です。
 私は、展示物のラベルが「『ねこ足』だけです。『たこ足』も表記してもらえれば、よりありがたかった」と記しました。「たこ足」の表記ラベルは、本当になかったのか? 私が見落としていたのではないか。気になっていたのはそのことです。

 展示は明日(1月19日)で終わるのですが、もう一度、開拓の村に行って確かめてきました。
北海道開拓の村特設展示 「水稲直播器」
 ラベルは2箇所に貼られています。

 赤い矢印を付けたほうは…
北海道開拓の村特設展示 「ねこ足」ラベル
 「水稲直播器(ねこ足) 大正 北海道博物館蔵」と。これを私は昨年、視認しました。

 一方、黄色の矢印のほうには…
北海道開拓の村特設展示 「たこ足」ラベル
 「水稲直播器(たこ足) 昭和 北海道博物館蔵」と。「たこ足」のラベルは、しかと貼られています。

 冒頭画像に照らすと、黄色の矢印を付けた先、ちょうど「ねこ足」の展示物の陰に隠れたあたりです。
北海道開拓の村特設展示「水稲直播器」 再掲
 私の見落としです。申し訳ありません。

 展示パネルの一枚に、以下の一文が記されています(赤傍線の箇所、太字)。
北海道開拓の村特設展示 酒匂常明
 「その後開発された『水田直播器』は農作業の手間を飛躍的に省き、特に石狩・空知・上川など水田規模の大きな地域で急速に普及しました」。

 会場に置かれていた「展示資料目録」に、「たこ足」「ねこ足」も列挙されています。
北海道開拓の村特設展示 北海道と米 展示目録
 この目録は昨年10月、私が観覧したときにはなかったような気がするのですが、これも見落としたのかもしれません。

 帰り道、北海道博物館に寄りました。
北海道博物館 展示 たこ足
 上掲展示物「たこ足」「ねこ足」の所蔵元です。「たこ足」による直播の仕組みが図解されています。

 「たこ足」と「ねこ足」は、何が違うのでしょうか。前掲開拓の村の展示物のラベルには、前者が「昭和」、後者が「大正」と書かれています。“足”の長短は一目瞭然なのですが、どのような改良の経緯があったのでしょうか。開拓の村と北海道博物館の展示にはそこまで説明されてませんが(たぶん、これは見落としてない)、昨年12月12日ブログでお伝えした「つきさっぷ郷土資料館」の展示には、実はその説明も簡潔ながら添えられています。いや、開拓の村や道博物館の解説が不足しているというのではありません。この種の解説は際限がないだろうし、あればあったで「わずらわしい」といった苦情も出かねませんから。同日ブログにも記したとおり、違いを楽しむのが醍醐味です。つきさっぷ郷土資料館のキャプションを読み直すと、短いながらも5W1Hの要を得ています。あらためて感銘を受けました。

2019/12/31

2019年もお世話になりました。

 昨年12月31日に倣って、1年を顧みました。自分自身の多少なりとも社会的な活動を“入力・受信”と“出力・発信”とに分け、拙ブログ以外の媒体で出力・発信に関わったモノゴトを挙げます。

1月
5日:道新青葉中央販売所だより連載「厚別ブラ歩き」第16回
7日:UHB「みんなのテレビ」となりのレトロ出演 円山公園界隈探訪
8日:HBC「今日ドキッ!」出演 旧石山郵便局を紹介
19-20日:南区まちナカアート展inチ・カ・ホ 札幌軟石建物のパネル展示
28日:UHB「みんなのテレビ」となりのレトロ出演 中島公園探訪
2月
5日:道新青葉中央販売所だより連載「厚別ブラ歩き」第17回
6日:札幌建築鑑賞会通信「きーすとーん」第81号発行
18日:UHB「みんなのテレビ」となりのレトロ出演 菊水円形歩道橋探訪
19日-3月3日:「札幌軟石と北の石文化」展(札幌市資料館)開催
24日:第3回 篠路のまちづくりを考えるシンポジウム(篠路コミュニティセンター)にて、「篠路高見倉庫の歴史的価値について」報告
3月
3日:「創成東地区の水脈と開拓使の歴史をめぐるモニターツアー」案内役
4日:UHB「みんなのテレビ」となりのレトロ出演 創成側東地区探訪
5日:道新青葉中央販売所だより連載「厚別ブラ歩き」第18回
18日:UHB「みんなのテレビ」となりのレトロ出演 福住探訪
20日:さっぽろ下町づくり社『さっぽろ下町まちしるべガイドブック』発行 情報提供
4月
5日:道新青葉中央販売所だより連載「厚別ブラ歩き」第19回
15日:月刊誌『O.tone』4月号(Vol.126)特集「ディープな札幌街歩き」取材協力
15日:UHB「みんテレ」となりのレトロ出演 北大界隈探訪
16日:北海道新聞朝刊札幌圏版記事「百年記念塔解体 戸惑う学校」取材協力
17日:「LIFULL HOME'S PRESS」(ライフルホームズプレス)記事「札幌軟石。北海道の開拓と発展を支えた軟石の歴史と文化を辿る」取材協力
28日-5月19日:「北海道遺産&土木遺産認定記念 支笏湖でつながる二つの遺産展」(支笏湖ビジターセンター)札幌軟石パネル展示
5月
3日:北海道新聞朝刊札幌圏版連載「時を超える建物たち」情報提供
5日:道新青葉中央販売所だより連載「厚別ブラ歩き」第20回
5日:「ピロカフェ~しんさっぽろのおもいで」(カラオケピロス)解説
13日:UHB「みんテレ」となりのレトロ出演 石山探訪
16日朝日新聞朝刊道内面コラム「木曜 カルチャー・考える」欄(外岡秀俊さん)「札幌軟石 魅力と可能性と」取材協力
27日:UHB「みんテレ」となりのレトロ出演 桑園探訪
31日:ちえりあ学習ボランティア企画講座 「北海道遺産の魅力を探る」第3回 旧永山武四郎邸を案内
6月
5日:道新青葉中央販売所だより連載「厚別ブラ歩き」第21回
5日:札幌建築鑑賞会通信「きーすとーん」第82号発行
10日:UHB「みんテレ」となりのレトロ出演 篠路探訪
17-18日:大谷石研究会札幌視察 札幌を案内
23日:札幌建築鑑賞会「古き建物を描く会」第64回開催 清華亭・偕楽園緑地
24日:UHB「みんテレ」となりのレトロ出演 野幌探訪
7月
5日:道新青葉中央販売所だより連載「厚別ブラ歩き」第22回
5日・7日:札幌建築鑑賞会「大人の遠足」南区石山探訪
8日:UHB「みんテレ」となりのレトロ出演 東区ナナメ通り探訪
15日:UHB「みんテレ」となりのレトロ 総集編
20日:札幌市河川事業課「創成川・鴨々川 川めぐりウォーキングツアー」案内役
21日:札幌建築鑑賞会「古き建物を描く会」第65回開催 桑園博士町
22日:UHB「みんテレ」となりのレトロ出演 手稲区稲積公園界隈探訪
27日:札幌市都心まちづくり推進室「創成東地区まちあるき」案内役
8月
5日:道新青葉中央販売所だより連載「厚別ブラ歩き」第23回
5日:UHB「みんテレ」となりのレトロ出演 西区八軒探訪
6日:読売新聞朝刊道内面連載「新 北海道遺産を訪ねて」札幌軟石 取材協力
25日:札幌建築鑑賞会「古き建物を描く会」第66回開催 島松
26日:UHB「みんテレ」となりのレトロ出演 特別編 函館五稜郭探訪
9月
2日:UHB「みんテレ」となりのレトロ出演 特別編 函館元町界隈探訪
5日:道新青葉中央販売所だより連載「厚別ブラ歩き」第24回
13日:札幌市河川事業課「サクシュ琴似川 プレウォーキングツアー」案内役
20日厚別区民歴史文化の会「厚別歴史散歩」上野幌編 案内役
20日:札幌建築鑑賞会通信「きーすとーん」第83号発行
22日:札幌建築鑑賞会「古き建物を描く会」第67回開催 西岡水源池
23日:UHB「みんテレ」となりのレトロ出演 環状通リンゴ並木探訪
10月
5日:道新青葉中央販売所だより連載「厚別ブラ歩き」第25回
7日:UHB「みんテレ」となりのレトロ出演 南区真駒内探訪
8日:札幌市厚別区「厚別高齢者教室 瑞穂大学」第17回「わが街の魅力再発見」お話
11日・13日:札幌建築鑑賞会「大人の遠足」東区ナナメ通り探訪
21日:UHB「みんテレ」となりのレトロ出演 北広島市島松探訪
25日:北海道新聞朝刊札幌圏版記事「中央区のカフェ・店舗ラクラ れんが造りで築100年に」取材協力・情報提供
26日:芸術工学会2019年度秋季大会 エクスカーション(南区真駒内) 案内役
11月
1日:広報さっぽろ11月号 厚別区民のページ「ピカッと!きらり 厚別区を輝かせる人」「厚別区の歴史の奥深さを伝えたい」(p.3)掲載
5日:道新青葉中央販売所だより連載「厚別ブラ歩き」第26回
6日:厚別区役所広報ラジオ番組「厚別ふれあい・ほっと・ステーション」出演
25日:UHB「みんテレ」となりのレトロ出演 新川通(北区・手稲区)探訪
28-30日:厚別区民歴史文化の会「厚別歴史写真パネル展」第10回開催 パネル出展
12月
5日:道新青葉中央販売所だより連載「厚別ブラ歩き」第27回
9日:UHB「みんテレ」となりのレトロ出演 つきさっぷ(白石区・豊平区)探訪
23日:UHB「みんテレ」となりのレトロ出演 北星学園(中央区)探訪
26日:さっぽろまちづくり活動情報サポートサイト「まちさぽ」 札幌建築鑑賞会の紹介掲載 取材協力

 入力と出力、受信と発信の線引きは、もとより大まかです。一見入力・受信に見えて実は出力・発信、ということも(その逆も)、ありえます。相互作用もありましょう。出力・発信をともにご尽力してくださった皆様、受け取ってくださった皆様、拙ブログをご覧くださった皆様に御礼申し上げます。
 昨年に比べてモノゴトの量が増えました。問題は中身、というか質ですが、受け手の方のご判断に委ねます。個人的には、出力・発信の機会をいただくことで入力・受信のモチベーションが上がりました。充実感(それを自己満足という)を与えてくださったことにも感謝申し上げます。

 恒例の母の花器です(本年1月1日ブログ参照)。
2020新年飾花
 皆様、良いお年をお迎えください。

2019/12/30

一年逍遥納め

 日々の時空逍遥で長年背負ってきたリュックサックがボロボロになってきました。
長年背負ってきたリュックっサック お役御免
 「なってきました」ではなく、すでにボロボロです。7、8年使ったでしょうか。年末を機に、買い替えることにしました。

 私がリュックサックを肩にかけて街中を歩くようになったのは、思えば20代の頃からです。時代としては、たぶん早い方だったと思います。ほどなくして、世間が「オタク」と呼ぶ風体に自分が当てはまると、うっすら気づきました。自覚するのが遅い性質でもあり、時すでに遅し、です。私がリュックサックだと思っている間に、バックパックとかデイパックなどともいわれるようになりました。違いはよくわかりません。しかし、かように使い古しているリュックは、いかにもオタク感を醸しますね。いや、別にオタクをことさら装いたいのではありません。自ずとそうなってしまうのです。
 リュックの中には、何が入っているのでしょうか。“時間”だと私は思います。ドラえもんのポケット、には到底及ばないまでも、たぶんあれが理想形でしょう。時間を背負って、空間を歩く。とまれ、長いこと馴染んできた時間の入れ物に惜別します。

2019/11/03

「子ども顔負け」の大人に、私はなりたい。

 逆に、子どもに対する「大人顔負け」という形容は、ステレオタイプです。7月に石山緑小学校(札幌市南区)での修学旅行報告会を聴き、実感しました(2018.7.187.19ブログ参照)。どうも私には「子どもとは、こういうもの」という固定観念がこびりついていたようです。

 「札幌市児童生徒社会研究作品展」(第40回)を観覧して、その刷り込みがまた剥がされました。
第40回札幌市児童生徒社会研究作品展 展示風景
 札幌市の小中学生がさまざまなテーマで「社会研究」した成果を発表しています。主催者の方に伺うと、だいたい夏休みを研究に当てているそうです。

 特に私の興味を惹いた作品を以下、お伝えします。著作権も考慮して(?)大まかな画像にとどめますが、雰囲気だけでも味わってください。

 「火山活動から生まれためぐみ~札幌の大地をつくった支笏火砕流~」(小学6年生)。
第40回札幌市児童生徒社会研究作品展 「火山活動から生まれためぐみ」
 
 「ウォータータウン『サッポロ』~今昔マップで見えたもの~」(小学6年生)。
第40回札幌市児童生徒社会研究作品展「ウォータータウン『サッポロ』~今昔マップで見えたもの~」

 「平岸リンゴから見える受け継がれた伝統」(小学6年生)。
第40回札幌市児童生徒社会研究作品展「平岸リンゴから見える受け継がれた伝統」

 「1972年札幌オリンピックの五輪のマークを探して」(小学5年生)。
第40回札幌市児童生徒社会研究作品展「1972年札幌オリンピックの五輪のマークを探して」

 「白石区最古の道」(中学2年生」。
第40回札幌市児童生徒社会研究作品展「白石区最古の道」

 拙ブログの読者の皆様には、これらのテーマの作品を私が紹介した気持ちをお察しいただけるかと思います。表現力の豊かさにまず、感銘しました。のみならず、論文の流儀作法(問題意識の所在-研究の視点・方法-内容-結論)を皆さん心得ているのですね。先生や保護者の方の助言もあるのでしょうが、完成度が高い。
 それぞれから教えられたことは多々ありましたが、「ほう!」と私のツボが心地よく刺激されたものを一つだけ、記します。最後に載せた「白石区最古の道」からです。白石区最古とされる通称「山道」(末注①)について、作者のN君は「ここら辺には山らしい山はない」、「国土地理院のホームページで断面を調べてみると山道にはほとんど勾配がない」のに、「なぜ、山道という名前なのでしょうか」と問題を立てました。N君自身が推理した二つの説を以下、引用します(太字)。
 ①当時の道は細く深くぬかるんで歩くのが大変だったため、険しい山道に例えられた。
 ②明治5年に横丁通りが作られた頃、札幌神社(現北海道神宮)が建設されており、山道が斜めに真っ直ぐ整備された時に円山方面へ向かう道ということから「山(へ向かう)道」と呼ばれるようになった。
 

 私の「ほう!」は②です。N君の作品には、次の地図が添えられています。
第40回札幌市児童生徒社会研究作品展「白石区最古の道」 山道
 「山道を一直線上に伸ばす時 札幌神社にぶつかる」と。
 そうか。「山道」は「山アテ道路」(末注②)だったのか。 

 感心してばかりでは何ですので、“注文”も一つ。前掲の諸作品には、「どこかで見たことがあるな」という図版が散見されました。スペースの制約もありましょうが、依拠した引用資料や参考文献、使用した史料の出典の明示を望みます。中学生のN君の作品には、記述に典拠が逐一添えられていました。さすがです。小学高学年だと難しい? いえ、前掲の研究レベルの高さからして、そんなことはありません。「ここまでが既往の到達点で、ここからが自分の成果」だと示されると、ありがたいものです。先人の業績へのリスペクトもまた、「社会研究」から学ぶことといえましょう。

 「社会研究作品展」は、明4日(月・振休)も午前10時から午後3時まで開催されています。「かでる2・7」1階の展示ホールにて。

 注①:「山道」については2019.3.2ブログ参照
 注②:畑山義人「山アテ道路。北海道の直線道路ミステリー」ドーコン叢書1『エンジニアの野外手帳』2011年、pp.88-101参照

2019/09/30

たとえばこれから北の大平原ですが、ところどころ小山が見えていますね。なにか変った点にお気がつきませんか?

 ピートモスを分けてもらいました。
ピートモス
 私はこれまで、園芸用の肥料くらいにしか思ってませんでした。

 正確にいうと、土壌改良剤ですね。ということを知ったのはつい最近です。しかも、これが泥炭を原料としていることも。泥炭を乾燥させたものですが、もともとの泥炭の密度は1㎤当たり1.0~1.05gで、水の密度とほとんど同じだそうです(末注①)。「土全体の体積に対して空隙の占める割合」(末注②)は90~95%。ここでいう空隙とは水と空気を指します。ずぶずぶですね。「乾燥させた」と記しましたが、ピートモスをジップロックに密閉させたら、水滴が付きます。
 札幌の北西部から南東部にかけて広がる泥炭地は、排水や客土を重ねて人びとのくらしやなりわいを可能にしました。いわば厄介者だったわけですが、その泥炭が保湿性という長所を生かして園芸に役立っている。改良されるべき客体としての土壌が、土壌を改良する主体に転化した。

 私はこれまで拙ブログも含めて、わかったようなふりをして札幌の土地の成り立ちを語ってきました。泥炭もその一つです。しかし、泥炭地は私自身の原風景にはありません。正直言って、泥炭の実物(を乾燥させたピートモス)をしげしげ鑑みるのも、生まれて初めてです。こういう実物を見るにつけて、北海道は異国だなあとあらためて思います(ここでいう異国は隠喩ですと念のため断らなければならないのは面倒くさいが、措く)。
 私が連想するのはコナン・ドイルの『バスカヴィル家の犬』です。この小説の舞台となった英国のデヴォンシャー地方というのは、泥炭地ではなかろうか。ホームズ物の短編『白銀号事件』は、同じ地方のダートムアを舞台としています。地名としての綴りはDartmoorですが、私はdirt(泥)moor(湿地)だと一人合点していました。中学のときに読んだエミリー・ブロンテの『嵐が丘』も、今から思うと泥炭地か。荒涼たる原野に心惹かれたものです。私が北海道・札幌に吹き寄せられていったのはかような追体験によるのかもしれません。

 『バスカヴィル家の犬』では、登場人物の一人が沼地に通じています。ひとくちに沼地といっても、人が歩けるところとずぶずぶ沈んでしまうところがあるのです。知らずに後者に足を踏み入れると、命にかかわります。物語の舞台効果を高めるこのずぶずぶは、いわゆる「ヤチマナコ」ではなかろうか。この臨場感は、札幌に来てあらためて抱きました。
 ホームズ物を文化地質学的に読み解くのも、シャーロキアンの新たな醍醐味でしょう。いや、もう誰かがやっているか。

注①:『さっぽろ文庫77 地形と地質』1996年、p.222
注②:同上。

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プロフィール

keystonesapporo

Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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