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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 胆振東部地震お見舞い

2018/10/02

厚別ブラ歩き 第12回、第13回

 私が住む厚別区の「道新青葉中央販売所」が毎月5日に発行している「販売所だより」に「厚別ブラ歩き」という連載を書かせてもらっています。
 超ミニコミ紙ですが、販売所のサイトでも当該連載を見ることができます。最近号がアップロードされました。⇒https://doshin-aoba.jimdo.com/厚別ブラ歩き/
 これまで拙ブログで綴ってきたことと重なりますが、よろしかったらご覧ください。

 9月5日号で「小野幌」を取り上げ、10月5日号もその続きを記す予定だったのですが、急遽地震被害のことに変えました。「厚別ブラ歩き」ではないのですが、“他人事”ではないお隣の区のことですので、お許しください。
 拙ブログではこれまで清田区里塚地区のことに触れてきましたが、この連載の10月5日号では同区美しが丘地区のことにも言及しました。どちらも三里川の流域です。

 美しが丘地区でも今回、里塚地区ほどではないのですが、液状化とおぼしき現象が見られました。しかも、液状化マップで「液状化発生の可能性がきわめて低い」とされているところでも起きたようです。このことについては、折をみて拙ブログで報告します。

 まったく関係ありませんが、STVの「どさんこワイド179」という番組にまた出させてもらいました。「札幌の街を歩いて探訪~てくてく洋二」というコーナーです。オンエアは、大きなニュースがなければ10月4日(木)午後4時頃からの予定です。
 今回は前回以上に調子に乗ってしまいました。北海道弁で言うと、「おだった」。時すでに遅しながら、反省しています。ディレクターさんがうまく編集してくれるのを祈るのみです。

 厚別ブラ歩きといい、STVの番組特集といい、ミニコミマスコミを問わず、街を歩いて地理歴史の五感で愛でるのが流行っていますねえ。もとより地震被害のことは決して「愛でる」話題ではありません。ただ、地理歴史というのは楽しいことだけでなく、辛いことも避けて通れないとは思います。地理的な意味での恩恵と災害も、表裏一体です。これは、歴史を“光と影”の両側面で見ることとも通底します。私はこの道「まだ」30年足らずですが、駆け出しの頃私にご教授くださった先達はつくづく偉大です。
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2018/09/25

「北海道がたどった道」展

 「パネルで見る北海道史 北海道がたどった道」という展示が、赤れんが庁舎で催されています。
「北海道がたどった道」展 会場
 本日(9月25日)から30日まで、2階2号会議室です。

https://hokkaido150.jp/project/recommended/2018/09/21/post-4295/

 旧石器時代以来現在までの北海道の歴史が100枚のパネルに収められています。
パネルで見る北海道史 チラシ オモテ
パネルで見る北海道史 チラシ ウラ
 画像が見づらい方は、下記「北海道150年事業実行委員会」サイト掲載チラシをご覧ください。

https://hokkaido150.jp/wp-content/uploads/2018/09/rekishi_panel_chirashi.pdf

 かなり、中身の濃い展示です。
 道庁赤れんが2階の一室でこれだけの情報が発信されていることに、私はもったいなさを感じてしまいました。「道庁赤れんが2階の一室」という場所には、「北海道民があまり足を運ぶことがないであろう」という修飾句を付けたくなるからです。無いものねだりで申し訳ないのですが、通りがかりにさっと見ていけるような、たとえばチカホのような空間で展示してほしかったなと思います。

 正直に告白しますと、100枚のパネルのうちの4枚、私は原稿を書きました(末注①)。その私が「中身の濃い」展示というのは手前味噌だし、場所を高望みするのは不遜です。道庁赤れんがは、この催しには恰好かもしれません。「北海道150年」のいわば本丸です。ただ、どうも私は閉鎖的な空間で盛りだくさんの情報量に接すると、腹部膨満感が募ってしまうのです。いや、消化吸収能力はひとそれぞれだし、自分がそうだから皆そうだろうと類推するのは自戒せねばなりません。
 それでもなお、この展示をとりまとめたKさんの大変な労力を察するだけに(末注②)、もっと人目を惹いてほしいと願います。

 注①:私が担当したのは以下のパネル。
 №25 札幌に築かれた「北海道」の礎
 №26 大通公園の今昔
 №41 「赤れんが庁舎」は、ビル何階分の高さなの?
 №54 街をつくった煉瓦や石は、どこから調達したの?
 ただし、原文は編集の過程でほとんど跡形をなくしている。
 注②:何が大変と言って、旧石器以来3万年の史実を跡づけるのもさることながら、「歴史観」の統合という作業は想像を絶する。

2018/09/12

地震で液状化する私の心

 このたびの北海道胆振東部地震について、私は“内地”の親戚知人友人から少なからずお見舞いの連絡をいただきました。同様の方は多かったのではないでしょうか。お気遣いに感謝申し上げます。
 感謝しつつ、いささかの疑問が頭をもたげました。内地の方が私にご連絡くださったのは、テレビなどで今般の地震全体の報道を知ってのことと思います。私の疑問は、画面に映し出される諸々の状況と、私自身に直接的な身辺の状況の差異に由って来たるのでしょう。「ありがとうございます。おかげさまで私は大したことありませんでした」で済む話なのですが、ある意味で希少・貴重な機会なので、あらためて考えてみました。
 電気が通じてテレビを見て私が衝撃を受けたのは次の三つです。
 ①震源地での大規模な山崩れ
 ②全道広域の一斉長時間停電
 ③局所的に起きた家屋倒壊や道路陥没

 これらが立て続けに報じられて、「北海道が大変なことになっている」という印象が全国、全世界の人々の脳裏にも焼き付いたのではないでしょうか。私の場合、直接的な影響は②のみですが、私にメールや電話をくださった方は①③をひっくるめてのご心配をされたやに窺われました。もちろん②は前代未聞のできごとで、その全道的な打撃は今もって計り知れません。が、こういうときだからこそ、情報のレスポンスは漠然と(ともすれば誇大になりがち?)ではなく、できるだけ仔細に表現したほうがよいと思いました。

 私は9月8日来、札幌市内で起きた液状化によるであろう被害の状況を伝えています(9月8日9日ほかブログ参照)。場所は清田区です。拙宅からは直線距離にして約5.2㎞に当たります。
 この場所の“惨状”については、連日マスコミでも報道されてきました。液状化の原因や背景も、専門家によって述べられています(9月11日ブログ参照)。管見の限りで、これらに“気になったこと”があります。

 たとえば、9月10日夜のNHKのニュース番組です。
道新9月10日夕刊テレビ番組欄
 「震度7被害の北海道 札幌で大規模な液状化 意外な危険性明らかに」と新聞の番組欄に銘打たれています。取り上げられていたのは清田区です。
 「意外な」危険性が今回、「明らかに」なったのでしょうか? 里塚などでの出来事は「意外」でしたか。もし「意外」と思った方は拙ブログ2016年9月8日をご参照ください。裏返しになりますが、「危険性」は今まで「明らか」ではなかったのでしょうか?

 番組で女性アナウンサーが「液状化というと海岸部(の埋立て地)というイメージがあったのですが…」と語っていました(末注)。今回は内陸部で発生ということで、「意外」だったのかもしれません。しかしこれも、拙ブログの冒頭に述べた「いささかの疑問」の一つです。たぶん、札幌でこの数十年間大地震を経験してきた人と、そうでない人との差異でしょうか。後者が圧倒的に多いとは思います。

 一方でこの番組では、男性キャスターが「実は、このようなこと(液状化)は日本全国、どこでも起こりうるのです」と締めくくり、液状化マップ(札幌市清田区を拡大したもの)を紹介していました。これがまた、私は引っかかってしまったのですねえ。
 日本国内に住むすべての人に国営放送(もとい公共放送)が注意を喚起するという意味では、至極妥当な結論かもしれません。ただ、これ(普遍可能性)が強調されることによって、清田区なかんづく液状化頻発地帯の局所特殊性が後景に置かれることを私は懸念するのです。
 「意外な危険性」と惹起して、実は意外ではないと落とす。私がときどき使う古語“マッチポンプ”の典型でしょうか。まあ「すうじ」(と読んで視聴率と書く)の世界では、やむをえない手法なのかもしれませんが。  

 「そういうオマエはどうなんだ?」という反問に、心したいと思います。曰く、まずは液状化マップを見て、どこが危険か確かめましょう。古地図や古写真で、地形がどのように改変されているか知りましょう、と。しかし、それで安易に判った気になるのも怖い。「オマエがこれまでブログで延々やってきたことではないか」と言われれば、返す言葉はありませんが。

 注:当該番組のアナウンサーやキャスターの発言は、私の記憶に基づく。

2018/09/06

ない② 北海道が麻痺した日

いと思はずなり。
前日の台風に続き、よもや、大地震とはねえ。
しかも道内全域停電とは。
こりゃやはり、泊原発あったほうがいいぞ。と思わしめる電力会社の深謀遠慮か、これは。
復旧は、酪農村とかを優先させたほうがいいと思う。
いつもより星がよく見える札幌の夜。

2018/09/02

私に続いて起こった「いいこと」

 昨日ブログで、「この二三日、私には『いいこと』が続きました」と記しました。
 「いいこと」のもう一つも、公共交通絡みです。私は先日、‘お宝’をバス車内に置き忘れてしまいました。しかし翌日バス会社の営業所に問い合わせ、無事取り戻すことができたのです。

 私が車内に置き忘れた‘お宝’です。
国土地理院地形図「札幌」復刻版3枚
 国土地理院「五万分一地形図集 札幌」1971年。明治29年版、大正5年版、昭和10年版の復刻版です。

20万分の1地製図「札幌」1954年
 地理調査所「20万分の1地勢図 札幌」1954年。

日本国有鉄道案内図1959年
 「日本国有鉄道案内図(北海道)」1959年(カラーコピー)。

札幌市河川網図2012年
 「札幌市河川網図」2012年。

 前3者は、知人から譲り受けたものです。時空逍遥で古地図をいつも持ち歩いているわけではないのですが、この日は別でした。逍遙先の現地で照合したかったことに加え、小説家にして歴史家の田中和夫さん(8月30日ブログ参照)にお会いするに当たり必要としたからです。ふだん持ち出さない1954年地勢図まで携行しました。

 そういうときに限って、置き忘れてしまうとは。これらのお宝はまとめてクリアファイルに挟んでいたのですが、バスの車内で広げた際、リュックに戻すのを忘れてしまったのです。喪失感が大きいというより、置き忘れたという現実に向き合えませんでした。バス会社の営業所に電話するのを、ためらいました。保管されていないことが判れば、遺失という現実が確定します。確定させたくなかったのです。 
 営業所の方の「届いてますよ」という返事を聞いたときは、もちろんとても嬉しかったのですが、これまた現実から遊離した心境でした。稀有な不運幸運に遭遇すると、意外にも感情は昂ぶらないものなのでしょうか。とまれ、運転手さん、またはもしかしたら車内で見つけて運転手さんに届けられた方に深く感謝申し上げます。

2018/08/27

石狩の浜の真砂は尽きるとも時空逍遥ネタは尽きまじ

 私が主体的に関わっている遊びの世界で、いまのところの予定を12月までの時系列で挙げます。

 9月2日 わきあいあい篠路まちづくりの会「篠路のまちづくりを考える第2回シンポジウム」 まち歩き案内人
 9月5日 道新青葉中央販売所だより連載「厚別ブラ歩き」(以下、毎月5日)
 9月11日 さっぽろ市民カレッジ2018秋期講座「あなたの『好き』がまちづくりに~まちを楽しむ 実践と見つけ方~』 語り
 9月中~下旬 札幌建築鑑賞会通信『きーすとーん』第80号発行
 9月22日 厚別区民歴史文化の会「厚別歴史散歩~小野幌編~」 案 内人
 9月23日 札幌建築鑑賞会「古き建物を描く会」第63回(篠路)
 10月12日、13日 札幌建築鑑賞会「大人の遠足」秋の編(福住)
 10月14日 札幌市文化財課「れきぶんワークショップ
 10月22~28日 北海道遺産ヘリテージウィーク・パネル展示(旧三菱鉱業寮)
 10月28日 同上「地域の歴史・文化を学ぶ講座」 語り(同上)
 11月4日 札幌建築鑑賞会「札幌百科」第16回「どうなる・どうする北海道百年記念塔」(小野幌会館)
 11月27~29日 厚別区民歴史文化の会「厚別歴史写真パネル展」第9回(新さっぽろサンピアザ・光の広場)
 12月9日 北翔大学「ポルト市民講座」(同大学北方圏学術情報センター) 

 「主体的に関わっている」というのは、言い換えれば「何らかの責任を負っている」ということで、ただ単に参加するというものではありません。「ただ単に」、つまりよそ様のお話を聴いたりする行事や会議などへの参加を、「主体的に…」の合間をぬって入れています。同居している老母の見守りとの合間でもあります(こちらは妻へ押し付け気味ですが)。
 もとより、前者の「主体的に」と後者の「ただ単に」はスペクトラム(連続帯)で、明確に線引きできるものではないでしょう。おおまかにいえば、両者の違いは、「自分が不在の場合に、よそ様にかける迷惑」の有無といってもよいかもしれません。もちろん、「自分がいなければ…」と自分が思うほど、よそ様は自分を必要としていない、というパラドックスはあります。自らを買い被るのは慎みましょう。

 前者は「ただ単に参加する」のではないので、前もっての準備が必要です。これがいつも、自分の能力や時間とのせめぎ合いになります。所詮「遊びの世界」とはいえ(遊びの世界だから?)、熱が入ってしまう。なぜこんな心情を縷々綴るかというと、「なぜ、熱が入ってしまうのか?」を考えたからです。
 「ただ単に…」のほうが、精神的には楽だと思います。反面、「没主体的」「受身的」といえるかもしれません。しかし、かつては知らず今は、電網社会上でこれを変換することができます。たとえば、ブログなどで「●月●日 ●●イベントに参加」と銘打って、参加したイベントに関する情報や自分の価値判断、評価を発信することができる。これが世の中で何らかの価値を形成することもありましょう。必ずしも受身的とは言い切れません。

 しかし、どうもそれだけでは満足できない。おしなべてヒトが皆そうかは判りません。たぶん、ひとたび前者の醍醐味を味わった人種は、後者だけでは満足できない度合いが高いように思います。なぜか。ひとことでいうと、後者はいわば“二次加工”であり、それに飽き足らない、ということでしょうか。かつ、前者と後者の相互作用によって、満足度が弥増すのかもしれません。壮大な自己満足の二重螺旋的展開です。

 これらの合間をぬって、札幌の街を時空逍遥しています。これがまた、とめどない。時空逍遥の合間をぬって、前述の諸活動に遊び、その合間に母の見守りをしているというのが正直な実態です。母はかような私を「好きにやればええよ」と、逆に見守ってくれています。
 最近ちょっとてんぱってきたので立ち止まってみたくなったのですが、こんな自省をしているヒマがあったら、ブログで書きかけのネタを消化せねばなりません。

2018/08/21

地図地理検定

 日本地図センター・国土地理協会が主催する「地図地理検定」を6月に受けたところ、先月末に結果が送られてきました。
 検定は「一般」と「専門」に分かれます。要は難易度の違いで、日本地図センターサイトによると次のとおりです。
 「一般」 → 一般的な基礎知識を問う問題。社会科や理科等の教科書、テレビ、新聞などでよく目にする地図や地名について出題。小中高等学校学習指導要領、過去のセンター試験地理Aなどを参考。
 「専門」 → 地図・地理の知識に自信のある方、地図や地理の上級マニア、地理や地図の好きな生徒・学生、専攻大学生の方などを対象として出題。高等学校学習指導要領、過去のセンター試験地理B、国公立二次試験などを参考。

 成績は、近年の例では「一般」は100点満点中60点以上で「合格」、「専門」は100点満点中、近年の例では50点以上の得点によって「1級」「2級」「3級」に認定されます。私は今回初めての受検なので両方受けました。
 かねて地歴公民オタクを標榜する自分の地図地理力が、実際にはどの程度なのか。これが私の受検の動機です。とりあえず過去問をさらっと眺めた程度の準備で臨みました。さて結果は…。

 「一般」:75点、「合格」 (「合格」は全受検者の88.0%)
 「専門」:68点、「2級」 (「1級」は80点以上で全受験者の13.7%、「2級」は66~79点で同じく19.6%、「3級」は50~65点で同じく33.3%) 
 地図地理検定 認定書 2級
 私はかろうじての「2級」でしたので、公表されたパーセンテージからすると、「専門」全受検者における私の位置は上位1/3弱といったところです。

 受検前、「なんとか2級を取れれば…」と内心思っていました。自分の目標は達せられたのですが、地歴公民オタクは僭称にあらずや。まあ、受検料(「一般」3,000円、「専門」4,000円)を払ってかような検定を受けるのは、相当な物好きだとは思いますが。
 ちなみに、「専門」で得点96点以上または「1級」認定5回に達すると、「地図地理力博士」の“称号”が得られます。私の次なる目標は「1級」獲得です。オタク度の高い拙ブログ読者の皆様におかれて、すでに本検1級の方(もしかしたら「博士」も?)がいらっしゃったら、ひとつご指南をお願い申し上げます。

 未受検の方には、前掲サイトの過去問をご覧になってみてください。私が受けた本年6月の問題も公開されています。
 たとえば今回の次の問はいかがでしょうか? 
 問17 石狩川の流路延長は、明治中期には約370kmであったとされているが、「平成30年理科年表」によれば、268kmとなっている。このような大きな差異がある主な理由は何か。40字以内で述べよ。その際、地形学用語を1つ以上用いよ。(配点7点)
 北海道民にとっては実にラッキーな問題でした。道民でなくても見当つきそうですが、完全正答率32.4%は意外ですね。
 
 全国に痴(恥)態を晒すことに相成るNHK・Eテレ「ふるカフェ系 ハルさんの休日」「北海道・江別編」の放送が、明日(22日)に迫ってきました。嗚呼。
ふるカフェ系はるさんの休日 台本
 先週の番組が終わった後、高校時代(名古屋)の友人から「予告編に映っていたのは君でないか?」とメールが来ました。ほんの一瞬のシーンですらこれだから、怖い。
 

2018/08/11

開発局の豊平川洪水浸水想定区域図

 6月に豊平川水防にちなむパネル展示がチカホで開催されていたのを観覧しました。開発局の展示です。
石狩川水系 豊平川洪水浸水想定区域図 パネル
 「石狩川水系 豊平川洪水浸水想定区域図」というパネルが印象に残っていましたところ、開発局ウエブサイトで見ることができます。

https://www.hkd.mlit.go.jp/sp/kasen_keikaku/gburoi00000081m0-att/gburoi00000081p9.pdf

 簡単にいうと、大雨で豊平川が氾濫したとき、どの場所がどの程度浸水するかを予測したものです。豊平川沿いといっても、場所によって浸水の影響が異なることが示されています。おそらく地形的な違いが要因になっているのではないかと思います。
 中央区は市街地の約半分が浸水し、鴨々川から創成川の流域から東側の浸水深が深くなっています。これはまあ予想できたのですが、興味深いのはコトニ川(2016.9.23ブログ参照)のほうに浸水域が広がっていることです。JR桑園駅の南側は浸水深が深い。ここはかつてコトニ川につながる池があったところです。近くの桑園博士町にお住まいのT先生は子どものころ、トンギョを捕って遊んだとおっしゃっていました。土地の記憶はあだやおろそかにできません。
 浸水の色が塗られているところもつぶさに見ると、まだら状です。どれくらいの精度に基づくのかは判りませんが、たとえば東本願寺や道庁のところは色が塗られていません。もしかしたら微高地だからでしょうか。旧河道と重ね合せると相関関係が見えるかもしれません。東区方面も想像の甲斐がありそうです。 

 開発局では「豊平川の氾濫シミュレーション-豊平川の堤防が決壊したら-」という動画も載せています。

https://www.hkd.mlit.go.jp/ky/ki/kouhou/splaat000000hkd.html

2018/08/08

「地域のお宝」アンケートを楽しむ ⑥

 昨日ブログの続きです。
 問1 自分の身近なお宝=「大切なもの」や「失いたくないもの」「なくなっては寂しいもの」はどんなものですか? お宝だと思うポイントについても記入してください。(自由記述)

 どんなものですか?(名称など): 札幌軟石のある風景
 お宝だと思うポイント(選出の理由など): 札幌ならではの歴史文化を物語る代表的なものだから
 
 
 理由を詳しく述べるならば、昨日ブログに記したことをそのまま当てはめます。
 アンケート用紙には三つまで記入欄がありますので、あと二つ挙げるつもりです。札幌の歴史文化に造詣の深い拙ブログ読者におかれても、僭越ながら応募をお誘い申し上げます。

 札幌市では、このアンケートと並行して「札幌の歴史文化を知り・調べ・考える れきぶんワークショップ」への参加も呼びかけられています。
札幌市 れきぶんワークショップ 募集チラシ
 画像が見づらい方は札幌市サイト「歴史的資産活用推進事業(札幌市歴史文化基本構想策定)」掲載のチラシをご参照ください。

 このチラシによると、「れきぶんワークショップ」は次の三つの内容です。
 第1回 札幌の歴史文化について学び、地域に眠るお宝を出し合おう
 現地調査 地域の歴史文化について深く知ろう
 第2回 文化財のつながりを見出し、魅力的なストーリーをつくろう

 うーん。これって、札幌建築鑑賞会で27年間やってきたことではないか。
 いまや、こういうことを“お上”が音頭を取ってやる時代なのですね。言い換えれば、私どもが四半世紀あまりにわたってやってきたことが、世の中にはまだまだ沁み透っていないということでしょうか。7月末に篠路で催された会議での空気を察するにつけても、そうかもしれません(8月1日ブログ参照)。

 と記しながら、私と「れきぶんワークショップ」との間には決定的な違いがあることにも気づきました。「れきぶんワークショップ」は、しかとした目的があります。「市内の歴史的な文化財を保存し、観光や教育などの分野でも活用しながら、魅力あるまちづくりを目指す」ことです(同市サイト)。この目的自体は、もちろん私は大いに賛成です。しかし、私自身の札幌時空逍遥にはこのような大義名分はありません。何のために時空逍遥しているかと問われてあえて答えるなら、「好きだから」とか「面白いから」「楽しいから」になりそうです。年々オタク道を精進するにつれてか、「保存」とか「活用」とか「まちづくり」という概念を上位に置くことを、邪念ととらえてしまいます。

 ただし、札幌建築鑑賞会は多くの人の集合体であり、集う人びとがそれぞれに目的をもっていると思います。最大公約数的にくくると、前述の「れきぶんワークショップ」の目的や方法や内容とも重なり合うでしょう。昨日のブログで「札幌の歴史文化を物語る上でイメージする代表的なもの」の五つ目に烏滸がましくも「札幌建築鑑賞会の活動」と答えた訳もここにあります。お役所が税金を使ってこれからやろうとしていることを、市民が手弁当でやってきたという自意識です。
 
 余談ながら、「れきぶんワークショップ」の「れきぶん」というのは「歴史文化」のことですか。どうも私は隠語めいたコトバが好きになれんです。好みの問題で、どうでもいいことですが。
 

2018/08/07

「地域のお宝」アンケートを楽しむ ⑤

 昨日ブログの続きです。
 「札幌の歴史文化を物語る上でイメージする代表的なもの」、他の四つの理由はできるだけ簡単に述べます。
 
 23.その他(近郊農村の人びとのなりわい・くらし) 
札幌は中心部(本府)と周辺部(衛星農村)で成り立ってきた。中心部の人びとのなりわいやくらしを支えてきた自然的条件が「札幌扇状地」だとするならば、近郊農村は社会的条件といえるだろうる。屯田兵、団体移民、個人などさまざまな契機で入植した人びとが土地を切り開き、産物を作り出して供給した。
  
 7.札幌軟石
 マニアの私としては外すわけにはいかない。個別のキーワードを軸として札幌の「歴史文化」を語ることができる。耐火・断熱性の高い石材によって積雪寒冷の風土に適う建造物が可能となり、産業の文字どおり礎となった。地域的な個性を持った材質であり、サイロや腰折れ屋根の倉庫などの形状とともに、特徴的な景観をもたらしている。現代的な再利用に供されて新たな価値も付加された軟石建物も少なくない。軟石の採掘場跡は公園として整備され、市民や観光客の憩いの場となっている。軟石の運搬(馬車鉄道、石山通)は札幌の都市基盤を形作った。軟石は現在も生産され、新たな商品も開発されている。
 
 23.その他(戦争の記憶)
 いわゆる“負の遺産”は脚光を浴びづらいので、あえて取り上げる。特に札幌の場合、内地の大都市や重工業都市のような大規模な攻撃を受けなかったこともあり、戦争との関わりが一見稀薄である。しかし、実は札幌は全国有数の軍事都市だった。戦争は太平洋戦争開戦から敗戦に限られるのではなく、その前史から見ていく必要がある。また、“戦後”も米軍の占領などを経て痕跡が残った。 

 23.その他(札幌建築鑑賞会の活動) 
 1991(平成3)年発足の市民活動も、もはや歴史の一部である。

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プロフィール

keystonesapporo

Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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