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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 胆振東部地震お見舞い

2019/06/10

札幌建築鑑賞会通信第82号が発行されました。

 来し方をかえりみると、私には“人生の分かれ目”が3回はありました。①高校入試、②大学入試、③就職の試験、といったら月並みですが、それぞれ「もしあのとき○○だったら、人生は変わってただろうな」と想います。
 ①もし高校の“学校群”入試で、合格先の学校が違っていたら…(2018.5.23ブログ参照)。
 ③もし就職の試験で、新聞社の二次試験を受けていたら…(2019.5.16ブログ参照)。
 ②は、大学入試で第一志望には合格したものの、“すべりどめ”のつもりで受けた東京の私立大学に不合格だったことです。私は文系3教科(国語、英語、社会)に自信があり、私立文系の方が合格の可能性が高かったので、むしろ悔しさが募りました(入試は当時、合格した国立が5教科7科目、不合格だった私立は3教科4科目だった)。今でも、何かのはずみでこの大学の校歌を耳にすると、ほろ苦さがよみがえります。もし大学入試で合格不合格が異なっていたら…。
 しかしこれからの行く末を見渡すと、前述の“分かれ目”で本当に人生が変わっていたのか、疑わしくなりました。仮に①②③で別の道を歩んだとしても、結局たいして変わりはなかったのではないか。ましてや、このさきどれだけ生きられるか判りません。なんかかんか(北海道弁?)折り合いをつけて、同じような生き方をして朽ち果てていくのだろうなあ。

 札幌建築鑑賞会通信『きー すとーん』第82号が発行されました。

https://ameblo.jp/keystonesapporo/entry-12477591300.html
 会員の皆様には、郵送ですでにお手元に届いていることと思います。印刷物は白黒ですが、上記公式ブログに彩色版の表紙を載せました。会員Kさんの作品をカラーでお楽しみください。添えられた文にあるとおり、題材とされた建物は現在、喫茶店として再利用されています。

http://miyataya.co.jp/info_higashinaebo.html
 作品の原画はKさんからお店に寄贈され、店内に飾られているそうです。

 札幌建築鑑賞会は今年で発足満28年になります。もし北海道に来ていなくても、私はこのような活動をどこかでしていただろうか。私の郷里は指定文化財の数がとても多いところですが(2014.8.26ブログ参照)、郷里にいたときは“歴史”にウンザリしていたなあ。 

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2019/06/05

『老眼遊記』を頂戴する

 越野武先生(北大名誉教授)から、近著をご恵与いただきました。
越野先生 老眼遊記 続編
 『東と西と 続世界建築 老眼遊記』と『時と人と 再訪日本 老眼遊記』です。

 先生は北大退官後、旅三昧?の日々を送っておられ、2008年に『世界建築 老眼遊記 風と大地と』を上梓されました。 
越野先生 老眼遊記 2008年
 日本の大都市の中心部に見られるような超高層の街並みが表象する価値観とは対局にあるような、世界各地のいわば土着の文化が跡づけられています。

 このたびの『続世界建築』で紀行されているのも、中国西域、中央アジア、エチオピア、イエメン…といった“異境”(私にとっては)です。一方、『再訪日本』のほうでは、出雲、瀬戸内、京都、大和など西日本各地が綴られています。後者の「あとがき」によると、海外の旅は2012年が最後で、その後は国内を毎年10日間程度とのことです。私は先生のことを「旅三昧」と前述しましたが、これは訂正すべきかもしれません。『再訪日本』だけで400ページ近いボリュームなので、錯覚してしまったのです。「老眼」と題されていますが、確かな眼で時空を深く読み取っているのだなあと察しました。どのページにも必ずといってよいほど添えられている脚注(参考文献もふんだんに付されている)がそれを物語っています。

 目次を見渡すと、世界はもちろん日本国内も私が行ったことのある土地は少ないのですが、「飛騨国」が目に入りました。「飛騨一之宮」のくだりを引用させていただきます(pp.276-277、太字)。
 高山の新旧町並み境を流れているのが宮川である。古川はこの宮川の下流にある。実はこの旅の前にこのあたりの地図を見ていて、古川の反対、高山の南隣りに飛騨一之宮水無社があり、宮川の水源を祀っているのを知った。つまり宮川は水無社のあたりに始まり、高山、古川を北流しているのである。その先は富山の神通川で日本海に出る。まことに胡乱きわまりないことなのだが、高山で宮川がどっちへ流れているのか、意識することがなかった。自然地形でいえば、高山は北陸・日本海圏に属するのである。 
 高山が北陸圏に属するのに気がついて、あれっと思ったのは、ここが岐阜県だからである。日本列島を大きく分けて、中部地方とか東海地方と言うことがあり、岐阜県はこの中部ないし東海地方にいれて考えるから、日本列島の大まかな分水嶺の南、太平洋側に属していると思ってしまうのである。 
 

 先生が飛騨高山を訪れたのは2017年の春先だそうです。私が先月書き連ねた境地(5月21日22日23日ブログ)に、先生は一足先に達しておられる。のみならず、引用は後略しましたが、さらに筆を進め洞察しています。私はまたしても、お釈迦様の掌に遊ぶ孫悟空です。

2019/05/17

“もっと田上さん”な住宅

 所在地の表記は控えます。
“もっと田上さん”な住宅
 画像も、周囲を一部色塗り加工しました。住宅地図を遡ると、建てられたのは1960年代前半~1965(昭和40)年頃と想われます。私は本件と似たようなフォルムをつい最近、見たばかりです。

 支笏湖ユースホステル旧館(千歳市支笏湖温泉、本年4月27日撮影)。
支笏湖ユースホステル 旧館
 こちらは1960(昭和35)年に建てられました(末注)。田上さんの設計として知られます。
 
 前掲住宅のほうを私は、角幸博先生の「田上義也の戦後活動年表」で照合できませんでした。「札幌のノスタルジック散歩」のYさんなら、“田上度”を何%とされるかなあ。

注:「北海道 北のモダニズム 北海道建築の父・田上義也建築巡礼」『翼の王国』№508、2011年10月、pp.78-81

2019/05/03

時を超える建物たち

 本日5月3日の北海道新聞「札幌圏」ページです。
道新190503記事 連載「時を超える建物たち」1
 4月26日ブログで勝手ながらも“予告”した連載が始まりました。いささかなりとも情報提供した手前、拙ブログではこれまた勝手にタイアップして、こぼれ話を綴ります。
 
 このたび紙面で紹介された北区篠路の建物は、古道に面しています。2年前に紀行した「丸〆(まるしめ)街道」です。この建物のことも取り上げました(2017.7.18ブログ参照)。昨年、建物が“再々生”した後にも伝えています(2018.7.23ブログ参照)。しかし、私は詳しい由来を掴めていませんでした。
 拙ブログでは「このあたりは元々水田稲作農家が多かったそうで」、「耕耘用の馬が飼われていました」と記したところ、今回の記事によると、建物は「1955年(昭和30年)ごろ」に建てられ(末注)、「1階は馬小屋、2回はコメの脱穀に使われたそうです」。担当記者のTさんは持ち主へも取材され、やはり稲作を営んでいたこともはっきりしました。記事文面からすると1980(昭和55)年頃まで用いられたようです。といっても、馬はいつぐらいまで飼っていたか、新たに興味が募ります。

 この店のことをT記者にお知らせしたとき、私は前述の丸〆街道のこともぜひ盛り込んでほしいと望みました。残念ながらそこまでは紙面には出ていません。マニアックな拙ブログ読者の“特典”として、その分も想いを馳せていただければ幸いです。街道の名前を冠した「丸〆米」は往時のブランドでした(2017.6.19ブログ参照)。コメづくりにゆかりのあった建物に私が旧街道を引き付けるのも、あながちではありますまい。

 もう一つ、こちらも道新の記事から。
道新 さっぽろ10区 190430記事 新札幌の「平成」「昭和」語ろう
 4月30日の「さっぽろ10区」紙面に載ったお知らせです。

 5月5日、新さっぽろのカラオケ店で「新札幌の『平成』『昭和』語ろう」という催しがあります。
「ピロカフェ」 案内チラシ
 同日午後1時から「写真でたどる新さっぽろの歴史」と題してトークショーをします。喋るのは「厚別区民歴史文化の会」代表のMさんと私です。仔細は下記サイトをご覧ください。

http://piros.blog100.fc2.com/
 このカラオケの店長さんは厚別区の生まれ育ちで、お年が若いわりに(というのは偏見か)新さっぽろの歴史にマニアックなこだわりを持っています。

 こういうカラオケ店でこういう催しも、異色(これも偏見か)です。
新さっぽろ カラオケ店の建物
 私事ながら、母と同居する前、この店には妻と二人でちょくちょく遊んでました。住まいから歩いてすぐのところにあります。それで、お誘いにほいほいと乗ったしだいです。 

 店舗が入る建物のグリークリバイバルまがいの国籍不明?な外観に、かつての私は「いかにも、新さっぽろだなあ」と自嘲したものです。しかし最近は、「これも、わが街の歴史だよなあ」と受け入れるようになってしまいました。ある意味で、これまた「時を超え」ている。…と諦観の境地に至っています。
 余談ながら、「テレビでもお馴染み」って、いつからそんなことになったんだ。こっぱずかしい。

 注:拙ブログでは「この元馬小屋は昭和30年代の後半に建てられたようです」と記したが、これは間接的な情報に依っており、今回報じられた1955年頃のほうに信を置くべきであろう。

2019/03/25

札幌軟石は、いつから札幌軟石か?

 南区石山で採掘されてきた支笏溶結凝灰岩を、石材として「札幌軟石」と呼んでいます。石山での切出しが終わった後、現在唯一商業生産している南区常盤で採れるものも、札幌軟石です。
 では、いつから札幌軟石と言われるようになったか。札幌市資料館で「札幌軟石と北の石文化」展(2月19日ブログ参照)を開催したとき、札幌軟石文化を語る会のSさんらと話題になりました。

 南区石山は、元は札幌郡豊平町大字平岸村字穴ノ沢でした(末注①)。その前は札幌郡豊平村大字平岸村で、軟石が見つけられた明治の初めの頃は、札幌郡平岸村です。『開拓使事業報告第三篇』1885年には、「鉱物」「札幌本庁」の明治8年の項に、「是歳石狩国札幌郡穴ノ沢ニ於テ建築用軟石千九百八十五個ヲ掘採ス」と記されています(旧字体は通用字体に書換え、以下同)。明治13年の項には「是歳石狩国札幌郡穴ノ沢軟石二万六千六百二十個石山硬石一万八百三十九個ヲ鑿採ス」とあります。明治14年の項でも同様に「是歳札幌郡穴ノ沢軟石五万七千三百七十個ヲ鑿取ス」。後二者は「穴ノ沢ニ於イテ軟石」の「ニ於イテ」を省いたのか、それとも「穴ノ沢軟石」と固有名詞化されたのか。

 札幌市公文書館に所蔵されている史料です。
札幌軟石共同販売所 リーフレット
 「札幌軟石共同販売所」が出した「道産唯一の耐火石材 札幌軟石」という標記されています。

 文面からして、昭和戦前期に発行されたものです。
札幌軟石共同販売所 リーフレット 文面

 こちらは同じく市公文書館蔵の札幌控訴院「会計記録」です(末注②)。
大正11年 札幌控訴院 会計記録 表紙
 1922(大正11)年「札幌控訴院庁舎基礎及腰積工事二関スルモノ」。

 その中の「工事費用内訳書」に「札幌軟石」という項目があります(黄色の矢印の先)。
大正11年 札幌控訴院 会計記録 工事費用内訳書 札幌軟石
 大正期には「札幌軟石」が定着していたようです。

 明治期にさかのぼります。
札幌郵便局本館仕様書 表紙
 「札幌郵便局本館新築仕様書」。これまた市公文書館蔵の「朴沢家文書」の一つです(末注③)。作成の年月日が記されていませんが、「札幌郵便局」が建てられたのが1910(明治43)年なので、その前のものでしょう。

 この中に「石材穴ノ沢産使用」という一節があります。
札幌郵便局本館新築仕様書 石材穴ノ沢産使用

 別のページには「札幌軟石使用」とも記されています。
札幌郵便局本館新築仕様書 「札幌軟石使用」

 小樽市総合博物館で3月23日に催された「博物館ゼミナール第18講 石造建築物の魅力の再発見」の第2回、駒木定正先生のお話で、「旧北海道銀行本店」(現北海道中央バス本社、小樽バイン)の平面図が紹介されました。
旧北海道銀行本店
 1909(明治42)年着工、1912(明治45)年竣工の建物です。外壁が塗装されていて一見それとわかりませんが、札幌軟石を積んでいます(と、私は初めて知りました)。この設計図面に「札幌軟石」と書かれているのを、このたび見せていただきました。

 こうしてみると、明治40年代には「札幌軟石」と呼ばれていたと思われます。

注①:関秀志編『札幌の地名がわかる本』2018年、p.118
注②:本件書類については2015.10.9ブログ参照
注③:本件に関しては2015.3.18ブログ参照

2019/03/03

軟石展、モニターツアー御礼

 2週間にわたって開催してきた「札幌軟石と北の石文化」展(2月19日ブログ参照)、本日おかげさまで盛況裏に終了しました。ご観覧くださった皆様、ありがとうございました。作業・運営に携わった皆様、お疲れ様でした。今回もさまざまな出逢いがありました。大切に培っていきたいと思います。

 私は本日、「創成東地区の水脈と開拓使の歴史をめぐるモニターツアー」の案内役も務めました。こちらも、ご参加いただいた皆様には私の拙いガイドにお付き合いいただき、感謝申し上げます。
 
 明3月4日のテレビ番組欄です(北海道新聞3月3日紙面から。4日が休刊日のため、3日紙面に掲載)。道新2019年3月3日紙面(3月4日のテレビ番組欄) 
 昨日ブログでお伝えしたように、uhb(8ch)「みんなのテレビ」15:50-の「となりのレトロ」コーナーで創成東地区を歩きます(赤矢印の先)。
 
 前述のモニターツアー参加者にはちょうど“復習”になりましょうと昨日記しましたが、実は復習しなければならないのは私のほうなのです。今回のツアーは、「文化ツーリズム」の可能性を探ることを目的として札幌市が実験的に催行しました。文化ツーリズムとは、地域の歴史や文化を観光資源として生かそうというものです(北海道新聞本年2月22日記事「『文化ツーリズム』札幌市も」)。「ストーリー性を打ち出した集客法を考えたい」(同記事)という同市が、参加者(モニター)の反響を今後の検討材料とします。つまり、私のガイドがモニタリングされたのです。

 ツアーの企画・運営業務を受託したN社の担当Gさんから、前もって「(私の)好きにやってください」と言われていたこともあり、私は好きにやって「しまいました」。徹頭徹尾、拙ブログのノリです。結果は、肯定的に受け止めてくだった方は3/4、否定的な方は1/4でした。後者の「否定的」には、建設的な改善を求めるご意見の方も含まれていますので、このコトバで括るのは語弊があるかもしれません。ただ、“二極分解”を実感しました。私の話にすっぽりはまってくださり、終了後に眼を輝かせて札幌建築鑑賞会に入会までしてくださった方と、そうでない方の。
 

2019/02/25

攻守ところを変えて

 昨日午後に札幌市資料館で開催された「札幌軟石と北の石文化」セミナー(2月9日ブログ参照)には、85名が参加しました。盛況に感謝いたします。 
北の石文化セミナー 190224
 札幌硬石や道内の軟石について興味深かったという声が、終了後のアンケート(感想)で多く寄せられました。案にたがわず、「札幌軟石ネットワーク」Sさんのお話が面白かったですね。

 参加者との意見交換のときに、「札幌軟石の倉庫がリンゴの貯蔵に適しているとのことだが、具体的に温度がどの程度に保たれるか、把握しているか?」というお尋ねがありました。これは私が報告したことに関連するので、私が「(そこまでは)把握してません」と答えたところ、「これから札幌軟石を世界に広めていこうとするのであれば、物性値を明らかにすべきである。言葉で『貯蔵に適している』とか『保温性がある』というだけでは通じない」とのご意見をいただきました。たしかにこういう基本的情報は重要だと思います。私は「それではぜひ、ご協力をお願いします。ご一緒に調べていきましょう」と応じました。
 
 実は昨日の午前、北区篠路でのシンポジウム(2月19日及び昨日ブログ参照)で、私は次のことを語っています。
 篠路高見倉庫について保存活用を考えるに当たっては、エモーショナルな理由だけでなく、「建物がいつ建てられ、どのように使われてきたか」という基礎的な情報を抑えておくことも大事ではないか。 

 例えが悪いのですが、自分が午前中に篠路で吐いた唾が、午後になって資料館で自らに降りかかってきたかのようです。
 煉瓦については、“煉瓦博士”のM先生が硬度、強度、吸水率などの数量的データを市民向けにわかりやすく伝道しています(末注)。しかるに私にとって肝心な札幌軟石については、寡聞にして存じません。学術的研究では調べられているのかもしれませんが、広く一般に橋渡ししていくことも宿題です。

 注:水野信太郎『赤れんがまめ本 煉瓦博士のミニ講座』2010年

2019/02/19

札幌軟石絡みの行事ご案内

 「札幌軟石と北の石文化」展(2月9日ブログ参照)、本日から札幌市資料館で始まりました。「札幌軟石と北の石文化」展 展示風景
 昨日、半日がかりで展示作業を終えました。札幌建築鑑賞会スタッフSさん、Nさん、Yさん、「軟石や」Oさん、お疲れ様でした。
 2月24日(日)には、関連行事も開催されます。午前中は「軟石や」さんのワークショップ、午後からは「セミナー」です。「札幌軟石ネットワーク」Sさんの「北の石文化」のお話は面白いと思いますよ。

 別に私が関わる行事を二つ、ご案内します。
 一つめは「第3回 地域資源をいかした篠路のまちづくりを考えるシンポジウム」です。
篠路第3回シンポジウム案内
 とき:2月24日(日)午前10時~12時  ところ:篠路コミュニティセンター(北区篠路3条8丁目11-1) 主催:わきあいあい篠路まちづくりの会 
 内容は「篠路駅東口駅前広場についての報告会」です(2018.11.26ブログ札幌市サイト「篠路駅周辺地区のまちづくりについて」ページ参照)。昨年一年間の一区切りでありますが、近い将来を展望するためのステップボードといってもよいでしょう。
 ・これまでの経過報告 まちづくり会の活動 
 ・「在り方検討会議」でまとめられた提言書について
 ・篠路高見倉庫の歴史的価値について
 ・今後、地域として、住民として取り組めること
 2月24日は冒頭の資料館での行事と重なりますが、お好みでご参加いただけたら幸いです(私は午前篠路、午後資料館とかけもちします)。 

 二つめは、「創成東地区の水脈と開拓使の歴史をめぐるモニターツアー」です。
創成東モニターバスツアー案内
 こちらは、チラシを見づらい方は札幌市サイトの該当ページをご覧ください(チラシのタイトルは「開拓使の歴史をめぐる」ですが、サイトのページでは「開拓の歴史をめぐる」となっています。後者はおそらく誤記でしょう)。
 本日ブログのタイトルを「札幌軟石絡み…」としました。資料館と篠路はともかく、「創成東」が軟石とどう絡むか。「開拓使の歴史」と、ツアーの解散場所が「市民交流プラザ」前ということで。

2019/02/09

「札幌軟石と北の石文化」展 ご案内

 2月19日から札幌市資料館(旧札幌控訴院)で、「札幌軟石と北の石文化」展を開催します。 
2019札幌軟石展チラシ オモテ
2019札幌軟石展チラシ ウラ
 昨年11月の「札幌軟石」北海道遺産選定記念の行事、いわば第三弾です(第一弾は昨年12月のシンポジウム、第二弾は1月のチカホでの展示。2018.12.9本年1月20日各ブログ参照)。

 画像が見づらい場合は、下記ファイルをご覧ください。
 ↓
http://www.s-shiryokan.jp/pdf/20190219.pdf

 今回の展示では札幌軟石だけでなく、道内の軟石仲間も紹介します。また、もう一つの“”目玉は、札幌硬石です。軟石とともに北海道の文字どおり近代史の“基盤”となりました。札幌の硬軟両石材を一緒に鑑みることができる貴重な機会になるでしょう。どちらも「札幌軟石文化を語る会」Sさんの力作です。お楽しみにお待ちください。

 展示に向けて、私は札幌軟石のほうを精査しなおしています。400棟を超える軟石建物(解体物件を含む)の情報を更新するのは、前にも記しましたがモグラ叩きさながらです。地味、地道、地場をモットーにして続けています。

 東区伏古のMさんというお宅に遺る軟石の塀です。
伏古 Mさん宅の軟石擁壁
 敷地が盛り土されてか小高くなっていますので、擁壁というべきでしょうか。
 軟石物件を長年観て歩いてくると、何かしらニオイを感じるようになりました。本件もしかりです。家人のMさんにお伺いすると、案にたがわず再利用でした。元は馬小屋で、「昭和50-60年頃」、周辺が区画整理されて宅地化されるときに解体して(擁壁に)積みなおしたそうです。
 Mさん宅には軟石建物も現存していますので、後述します。

2019/02/06

札幌建築鑑賞会第81号 発行

 札幌建築鑑賞会通信「きー すとーん」第81号が発行されました。
きー すとーん#81表紙
 会員の皆様にはお手元に届く頃と思います。

 見慣れた風景が変わり何年もたってから跡地を訪ねたとき、ふと「ここは前、何があっただろう?」と疑問を抱くことがあります。なかなか思い出せないという体験をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。通信は、2003年以来この時期に発行する号で「追憶の建物たち」という連載を載せています(2015.1.152016.2.3ブログ参照)。札幌という風景の、いわば定点観測です。風景が持つ意味を振り返るよすがになればと思います。

 今号のくだんの記事で、西区発寒の元牧場の牛舎、サイロと白石区本通にあった元「本通倶楽部」という建物のことが綴られています。どちらも昭和初期に建てられた煉瓦造でした。元牧場は2015年に「古き建物を描く会」で写生させていただきました(2015.7.59.30ブログ参照)。後者については、札幌市白石区サイト「白石歴しるべ」当該ページをご参照ください。
 二件の建物は、昭和初期煉瓦造というだけででなく、その積み方も共通していました。いわゆる小端空間積みです。一般にこの積み方は昭和20~30年代のリンゴ倉庫やサイロによく見られるのですが、二件は比較的古い時期に、先駆け的に用いられた例だったと思います。その二件が同じ年に姿を消したことに、因縁めいたものを感じてしまいました。これで昭和戦前期の小端空間積みで札幌に遺るのは、どこにあるでしょう? マニアックな問いです。答えは拙ブログで「小端空間積み」をサイト内検索すると見つかるでしょう。

 煉瓦つながり、といっても直接の関係はありませんが、昨年8月に放送されたNHK・Eテレ「ふるカフェ系 ハルさんの休日」の江別編が再放送されます。2月8日(金)午後9時から。

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プロフィール

keystonesapporo

Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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