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札幌時空逍遥

札幌の街を、時間・空間・人間的に楽しんでいます。 胆振東部地震お見舞い

2019/02/09

「札幌軟石と北の石文化」展 ご案内

 2月19日から札幌市資料館(旧札幌控訴院)で、「札幌軟石と北の石文化」展を開催します。 
2019札幌軟石展チラシ オモテ
2019札幌軟石展チラシ ウラ
 昨年11月の「札幌軟石」北海道遺産選定記念の行事、いわば第三弾です(第一弾は昨年12月のシンポジウム、第二弾は1月のチカホでの展示。2018.12.9本年1月20日各ブログ参照)。

 画像が見づらい場合は、下記ファイルをご覧ください。
 ↓
http://www.s-shiryokan.jp/pdf/20190219.pdf

 今回の展示では札幌軟石だけでなく、道内の軟石仲間も紹介します。また、もう一つの“”目玉は、札幌硬石です。軟石とともに北海道の文字どおり近代史の“基盤”となりました。札幌の硬軟両石材を一緒に鑑みることができる貴重な機会になるでしょう。どちらも「札幌軟石文化を語る会」Sさんの力作です。お楽しみにお待ちください。

 展示に向けて、私は札幌軟石のほうを精査しなおしています。400棟を超える軟石建物(解体物件を含む)の情報を更新するのは、前にも記しましたがモグラ叩きさながらです。地味、地道、地場をモットーにして続けています。

 東区伏古のMさんというお宅に遺る軟石の塀です。
伏古 Mさん宅の軟石擁壁
 敷地が盛り土されてか小高くなっていますので、擁壁というべきでしょうか。
 軟石物件を長年観て歩いてくると、何かしらニオイを感じるようになりました。本件もしかりです。家人のMさんにお伺いすると、案にたがわず再利用でした。元は馬小屋で、「昭和50-60年頃」、周辺が区画整理されて宅地化されるときに解体して(擁壁に)積みなおしたそうです。
 Mさん宅には軟石建物も現存していますので、後述します。
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2019/02/06

札幌建築鑑賞会第81号 発行

 札幌建築鑑賞会通信「きー すとーん」第81号が発行されました。
きー すとーん#81表紙
 会員の皆様にはお手元に届く頃と思います。

 見慣れた風景が変わり何年もたってから跡地を訪ねたとき、ふと「ここは前、何があっただろう?」と疑問を抱くことがあります。なかなか思い出せないという体験をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。通信は、2003年以来この時期に発行する号で「追憶の建物たち」という連載を載せています(2015.1.152016.2.3ブログ参照)。札幌という風景の、いわば定点観測です。風景が持つ意味を振り返るよすがになればと思います。

 今号のくだんの記事で、西区発寒の元牧場の牛舎、サイロと白石区本通にあった元「本通倶楽部」という建物のことが綴られています。どちらも昭和初期に建てられた煉瓦造でした。元牧場は2015年に「古き建物を描く会」で写生させていただきました(2015.7.59.30ブログ参照)。後者については、札幌市白石区サイト「白石歴しるべ」当該ページをご参照ください。
 二件の建物は、昭和初期煉瓦造というだけででなく、その積み方も共通していました。いわゆる小端空間積みです。一般にこの積み方は昭和20~30年代のリンゴ倉庫やサイロによく見られるのですが、二件は比較的古い時期に、先駆け的に用いられた例だったと思います。その二件が同じ年に姿を消したことに、因縁めいたものを感じてしまいました。これで昭和戦前期の小端空間積みで札幌に遺るのは、どこにあるでしょう? マニアックな問いです。答えは拙ブログで「小端空間積み」をサイト内検索すると見つかるでしょう。

 煉瓦つながり、といっても直接の関係はありませんが、昨年8月に放送されたNHK・Eテレ「ふるカフェ系 はるさんの休日」の江別編が再放送されます。2月8日(金)午後9時から。

2019/01/20

南区まちナカアート展inチ・カ・ホ 御礼

 札幌軟石建物の展示は、元をたどれば2005年から始めた「札幌軟石発掘大作戦」の成果を翌年から区民センターなどで披露してきたことです。「大作戦」自体、市民の手弁当の調査活動であり、展示発表も自前でやってきましたが、2015年(2015.12.19ブログ同12.8ブログほか参照)以来、公的な施設でたびたび機会をいただけるようになりました。評価していただけるようなったのは嬉しいかぎりです。
 あたかも軟石でアーチが積み上げられるように、さまざまな人々のつながり・結びつきがカタチになってきました。今回の2日間も、札幌軟石のふるさと・南区の区役所や東海大学などとの共同のたまものであり、出展させていただいたことに感謝します。
 
南区まちナカアート展inチ・カ・ホ 開催風景 二日目
 展示の構成は2015年以来、基本的に変わっていません。軟石建物の写真と分布地図です。しかし、回を重ねるつど、新たな出逢いも生まれます。ゆく河の流れが同じように見えても元の水ではないかのごとく、新鮮です。

 南区石山のSさんが、たまたまだと思うのですが、通りかかって展示をご覧くださいました。
南区石山 Sさん宅 移築洋館
 Sさん宅は、札幌軟石を用いて1965(昭和40)年頃に建てられています。

 展示の一枚にご自宅を見つけられて、喜んでくださいました。私が今日、会場に滞在したのは午後3時から終了の5時までの2時間でしたが、文字どおり有り難い出逢いです。「よく調べられましたね」とねぎらいの言葉もかけてくださいました。こういう出逢いがあるので、展示の甲斐をつくづく感じます。Sさんから、2階の洋館部分の移築の経緯も直接お訊きできて、有難みは弥増しました。
 終了後、札幌建築鑑賞会スタッフが撤収作業のために5名(+ご家族1名)、集結してくれました。私の段取りの悪さのため直前の急な呼びかけにもかかわらず(しかも日曜の夕刻に)、おいでいただいたことにこちらも感謝いたします。 

2019/01/19

南区まちナカアート展inチ・カ・ホ 開催

南区まちナカアート展inチ・カ・ホ  開催風景
 私は午後1時から4時過ぎまで、会場に滞在しました。

 札幌軟石建物の展示では、「思ったより、(軟石建物が)たくさんあるんですねえ」という声が聞かれました。これはある程度予想された感想です。そう思ってもらえることが、ねらいの一つでもありました。印象に残ったのは、「ゲストハウスをしたいが、こういう建物を使えないだろうか?」「ウィスキーの貯蔵販売場所として(軟石建物で)探している」など、活用を考えている方がいらっしゃったことです。通りがかりの人でも、軟石建物を観覧の対象としてのみならず、積極的な関わりへと意識が広がっているのだな、とあらためて感じます。
 
 「軟石や」のOさんが、マイクで“客寄せ”宣伝をされると、VRコーナーに列ができました。効果てきめんです。そこで私も勇気を出して、マイクを持ちました。「石山緑地を、空から鳥の目のように眺められますよ」とか。いとたづたづし。Oさんほどではないが、人が集まってきたように見えたのは気のせいか。

 催事は20日(日)午前10時から午後5時まで。チカホ北2条広場にて。

2019/01/15

「失われた川を尋ねて 『水の都』札幌」展 讃

 自然科学的知見がふんだんに盛り込まれた展示です。
「失われた川を尋ねて『水の都』札幌」チラシ
 大変面白く、ためになりました。

 古地図も多く展示されていて、楽しめます。
「失われた川を尋ねて『水の都』札幌」展示会場
 
 札幌の中心部が扇状地の上に成り立っていることは、金科玉条的には知っていました。現在の豊平川が数千年の年月を経て本流の河道を変えたこと、その過程で分流支流が網流していたこと、扇状地の扇端からメム(湧泉)が湧き出でていたことなど。
 今回の展示で、祖先河川→流路変更・河川争奪→扇状地形成→末無川・間欠河川→流路跡に湧泉河川、という関係が理解できました(のかな?)。制作されたMさんに感謝します。

 …と賛辞ばかりでは何ですので、問題提起も一つ。
 冒頭画像に載せたチラシでも紹介されている「偕楽園之図」です。これにアイヌの住まいが描かれていることがパネルで説明されています。偕楽園付近が「アイヌの楽天地」の「名残りなのだろう」という高倉新一郎先生の記述が引かれてのことです。一方で、この家屋を指してのことだと思うのですが、「サクシュコトニ川河畔の『土人家』」は、「明治12年7月に札幌を視察した香港総督の要請に基づいて設置された復元家屋」だったという指摘もあります(末注)。いわば“見世物”。これだと、名残ではないということになりましょう。論争を期待します。

 注:谷本晃久「札幌市域のアイヌ社会と集落」『札幌の地名がわかる本』2018年、pp.205-206。また、加藤好男は『19世紀後半のサッポロ・イシカリのアイヌ民族』2017年に「サクシュコトニのコタンの位置についての補論」と題した紙片を付け加え、「コタンは、偕楽園内ではなく」、「現在の地図で言うと、北区北7~8条西9~10の範囲内に位置づくと言えるだろう」と考察している。

2019/01/14

旧札幌控訴院外柵のそっくりさん

 古いアルバムを見直していたら、といっても2014年ですが、旧札幌控訴院のそっくりな外柵がありました。
旧札幌控訴院とそっくりなパラボリック外柵
 手前の門柱は登別中硬石ですかね。

 旧控訴院と較べてみると、パラボリックな曲線がほとんど同じです。
旧札幌控訴院 外柵 パラボラ
 門柱のアールデコな?雰囲気も似ています。

 さて、冒頭のそっくりさんの場所はどこでしょう? すでに現存してはいないようですが。すぐ判ってしまいそうなので、背景は消しました。2014年当時、すでに外柵しか残ってませんでしたが、元は何の建物があったでしょう? 

2018/12/31

2018年もお世話になりました。

 今年一年どんなことをしてきたか、振り返ってみました。行事の企画運営、案内役、語り手、書き手、取材協力、番組出演など、私自身が何らかの一員として発信してきたモノゴトです。大小さまざまな媒体での、関与の度合いもさまざまながら、私の“出力”(本年12月4日ブログ参照)ともいえます。

1月    JR北海道車内誌『THE JR HOKKAIDO』№359特集「硬派&軟派で、街はできている-石造都市・札幌の150年」取材協力
1月27日 札幌建築鑑賞会通信『きー すとーん』第78号発行
2月4日 「地域資源をいかした篠路のまちづくりを考えるシンポジウム」 語り手
3月5日 『道新青葉中央販売所だより』連載「厚別ブラ歩き」#6「厚別の地層と地質③~新さっぽろ副都心は泥炭地層~」
3月10日 朝日新聞(道内)「北の文化」「札幌軟石を北海道遺産に」寄稿
3月21日 札幌建築鑑賞会「札幌百科」第15回「札幌の緑の歴史 こぼれ話」開催
3月22日 北海道新聞夕刊(札幌・道央圏)「札幌の原点 ハルニレ保全を 公園樹木の歴史を学ぶ講演」
3月28日 ウエブマガジン『カイ』 「札幌建築鑑賞会と歩く 愛され建築」第6回「学校法人札幌ルター学園 めばえ幼稚園」取材協力
4月5日 『道新青葉中央販売所だより』連載「厚別ブラ歩き」#7「北海道100年記念塔①~存続か解体か、あなたはどちらですか?~」
5月5日 『道新青葉中央販売所だより』連載「厚別ブラ歩き」#8「北海道100年記念塔②~まぼろしの記念塔~」
5月20日 札幌建築鑑賞会通信『きー すとーん』第79号発行
6月5日 『道新青葉中央販売所だより』連載「厚別ブラ歩き」#9「北海道100年記念塔③~校歌に歌われる記念塔~」
6月24日 札幌建築鑑賞会「古き建物を描く会」第61回開催(JR苗穂駅)
7月5日 『道新青葉中央販売所だより』連載「厚別ブラ歩き」#10「北海道100年記念塔④~校章に描かれた記念塔~」
7月5日 STV番組「どさんこわいど179」特集「てくてく洋二 創成川東編」出演
7月7日 朝日新聞(道内)特集 「聞く・語る スクエア」 「『百年記念塔』 進む老朽化、行く末は」取材協力
7月13日・15日 札幌建築鑑賞会「大人の遠足」2018初夏の編開催(八紘学園)案内役
7月21日 札幌市河川事業課「鴨々川 川めぐりウォーキングツアー」案内役
7月30日 第2回篠路駅東口駅前広場の在り方検討会議「篠路髙見倉庫の『歴史的地域資産』価値について」オブザーバー報告
7月31日 厚別区高齢者教室「瑞穂大学」講義「厚別おもしろ歴史散歩」語り手
8月5日 『道新青葉中央販売所だより』連載「厚別ブラ歩き」#11「小野幌①~小野幌の地形と小学校~」
8月22日 NHK番組「ふるカフェ系 ハルさんの休日」「北海道・江別~レンガの楽しみが積まれたカフェ」」出演
8月26日 札幌建築鑑賞会「古き建物を描く会」第62回開催(北海道百年記念塔)
9月2日 「地域資源をいかした篠路のまちづくりを考える 第2回シンポジウム」まちあるきワークショップ案内役 
9月5日 『道新青葉中央販売所だより』連載「厚別ブラ歩き」#12「小野幌②~変形交差点の謎~」
9月11日 「さっぽろ市民カレッジ2018秋」「あなたの『好き』がまちづくりに~まちを楽しむ 実践と見つけ方~」第2回語り手 
9月20日 札幌建築鑑賞会通信『きー すとーん』第80号発行
9月22日 厚別区民歴史文化の会「厚別歴史散歩 小野幌編~クランク道路に秘められた謎を解く~」案内役
9月23日 札幌建築鑑賞会「古き建物を描く会」第63回開催(篠路駅界隈)
9月25-30日 北海道庁赤れんが庁舎で、北海道150年記念歴史パネル展「パネルで見る北海道史 北海道がたどった道」パネル4枚原稿執筆
10月4日 STV番組「どさんこわいど179」特集「てくてく洋二 苗穂編」出演
10月5日 『道新青葉中央販売所だより』連載「厚別ブラ歩き」#13「震災お見舞い~地震による被害と地形の関係~」
10月12日・13日 札幌建築鑑賞会「大人の遠足」2018秋の編開催(福住)案内役
10月28日 北海道ヘリテージミーティング2018公開講座第3講「薩幌物語~永山武四郎は鹿児島で何を見て、札幌で何を描いたか~」語り手 
11月1日 北海道遺産第3次選定結果公表「札幌軟石」選定
11月2日 北海道新聞(札幌圏)「石狩管内の北海道遺産(上)札幌軟石」取材協力
11月4日 札幌建築鑑賞会「札幌百科」第16回「どうなるどうする北海道百年記念塔」開催
11月5日 北海道新聞夕刊(札幌・道央圏)「百年記念塔は『未完』 設計者・井口さん 札幌で講演」
11月5日 『道新青葉中央販売所だより』連載「厚別ブラ歩き」#14「厚別歴史写真パネル展~北海道百年記念塔も特集します~」
11月13-16日 JR苗穂駅で札幌建築鑑賞会絵画作品「さようなら苗穂駅 現駅舎」札幌建築鑑賞会絵画作品展示
11月16日 「第2回 篠路まちあそびカフェ~篠路髙見倉庫は何を物語っているか~」語り手
11月16日-12月31日 篠路まちづくりカフェ和氣藍々で、札幌建築鑑賞会絵画作品「駅前の風景」展示
11月19日 uhb番組「みんなのテレビ」特集「JR苗穂新駅開業 歴史ノスタルジー散歩」出演
11月27-29日 厚別歴史写真パネル展(28日交流・談話会「校歌に歌われ、校章に描かれた記念塔」語り手、「北海道百年記念塔、設計者に訊く秘話」聞き手)
12月5日 『道新青葉中央販売所だより』連載「厚別ブラ歩き」#15「北海道遺産~ 『札幌軟石』が選ばれました~」
12月6日 uhb番組「みんなのテレビ」特集「JR新さっぽろ誕生のナゾ 歴史ロマンふしぎ発見」出演
12月8日 北海道新聞夕刊「道内各地にミニ記念塔 『百年』の記憶これからも」取材協力
12月9日 北翔大学北方圏学術情報センターシンポジウム「いま、北海道遺産を再見する」語り手

 ご一緒に携わってくださった皆様に感謝申し上げます。お力添えのたまものです。
 時系列で書き出して、愕然としました。「え、あれは今年だったのか」と気づき直す出来事が、あまりにも多いのです。随分前のことに思えてなりません。
 上記の合間を縫って、拙ブログを毎日綴ってきました。日々お読みくださった皆様、ありがとうございました。アクセス数(ユニークユーザー)は年をおって増え、2年前の40-50人/日から1年前は約70人/日、最近は約100人/日と上がっています。FC2ブログの「歴史」ジャンルで、約1,000サイト中10位前後です。
 一方、お察しの方もいらっしゃると思いますが、モノゴトの優先順位を付けられない私のこととて、特に札幌建築鑑賞会スタッフの皆様には毎度ご迷惑をおかけしました。自分の行動を電網上で赤裸々に(?)晒しているので、「遊んでいるヒマがあったら、鑑賞会の行事と通信をやってください」とお叱りを受けても、言い訳できません。ブログ納めに当たり、まとめてお礼とお詫びを申し上げます。

 個人的には、母(92歳)が北海道での三年目の冬を元気に迎えていることが嬉しいかぎりです。ほとんど外国への移住ともいえる環境の激変にもかかわらず、適度な老人力を維持して日々をおだやかに過ごしています。デイサービスは、一回だけ微熱で早退しましたが、皆勤を続けてきました。緑黄野菜が嫌いで“肉食女子”の母を見ていると、ステロタイプな老人像(たとえば、年寄りはあっさりしたモノを好むとか)が覆されます。

 どうぞ良いお年をお迎えください。

2018/12/11

47年前に描かれた札幌の近未来

 昨日ブログにコメントをお寄せいただき、ありがとうございます。

 ①貨物線としての旧千歳線一部残存は図には無い月寒or東札幌までの事ではと思ったのですがどうなんでしょうか。 
 そうでした。おっしゃるように、昨日載せた略図に描かれていない月寒までのことを指しているのですね。千歳線は1973(昭和48)年の付替え時に苗穂-東札幌間が廃止されるとともに、旧線は東札幌-月寒間が函館本線の貨物支線となりました。月寒駅が廃止されたのは1976(昭和51)年、東札幌駅は1986(昭和61)年です。手元の書物や駅跡の説明碑に書かれているのをすっかり忘れてました(末注)。
 
 ②個人的には厚別の知り合い連中の間でまことしやかに噂されていたもみじ台までの東西線路線図が描かれているのが気になりました。
 私も一瞬、地下鉄の計画路線がもみじ台まで延びているのかと思ったのですが、これは道路(南郷通り)のようですね。
広報さっぽろ1971年5月号 厚別副都心 地下鉄
 地下鉄は破線で描かれていて、黄色の△の先で示したところが終点と見えます。現在の新さっぽろ駅の位置よりひばりが丘寄りですね。

 『広報さっぽろ』1971年1月号に「将来の道路と高速鉄道」という略図が載っています。
広報さっぽろ1971年1月号 長期総合計画 交通計画図 
 この年策定された「札幌市長期総合計画」(長総)の特集記事に添えられたものです。

 現在の地下鉄東西線に当たる「高速鉄道二号線」は、西端が「発寒」(黄色の○)、東端が「下野幌」(赤の○)と書かれています。「下野幌」の位置はやはり、千歳線(新線)の手前です。ちなみに南北線に当たる「一号線」は北端が茨戸を経由して「花畔」、南端が「藤の沢」、東豊線に当たる「三号線」は北端が「元町」、南端が「山鼻」となっています(それぞれ黄色の○)。ただし、三号線は現在の東豊線とは大きく異なっています。
 長総は「昭和65年」(1990年)を目標年次としました。策定から20年の間で、実際にどのように実現されたか、されなかったか。たとえば、この略図でグレーにベタ塗りされている外縁は「昭和65年市街地境界線」です。現在の清田区方面は市街化を想定していません。

 ③『広報さっぽろ』1971(昭和46)年5月号の図を見ると厚別副都心のほか、わざわざ江別市の大麻団地や学園ゾーンも取り上げられております。(中略) 当時の札幌市は厚別と大麻を一体化してみていたのか、疑問に思ってしまいました。
「厚別副都心」は、前述の長総に基づいて構想されました。長総が基本として据えたのは「第一は、札幌市だけでなく、札幌市と日常生活が密接に関連している江別市・広島町・石狩町および当別町の一部を計画関連区域としてとりあげ広域的に検討していること」です(『広報さっぽろ』1971年1月号、p.2)。やはり江別も一体化してみていたのでしょうね。地下鉄一号線を花畔まで敷こうとしたのも、その表れでしょうか。しかし、茨戸、花畔まで延ばすくらいだったら、二号線をもみじ台まで造ってもよかったように思います。

注:『さっぽろ文庫11 札幌の駅』1979年、pp.145-149、堀淳一『地図の中の札幌』2012年、pp.149-160
「『東札幌駅』の記憶」碑(札幌市白石区東札幌4条1丁目)
「『東札幌駅』の記憶」碑
 
 「旧国鉄月寒駅跡地 由来」碑(札幌市白石区栄通4丁目)
「旧国鉄月寒駅跡地 由来」碑
 


2018/12/09

2018ポルト市民講座 御礼

 先にご案内いたしました2018ポルト市民講座「いま、北海道遺産を再見する」(12月1日ブログ参照)は、会場定員満杯60名の方にご参加いただきました。まことにありがとうございます。途中から来られた方に配布資料が即座に行き渡らず、追加に手間取って申し訳ありませんでした。
2018ポルト市民講座 
 「札幌軟石」北海道遺産選定記念を銘打っての開催に、高い関心が寄せられたことを感じました。

 個人的には、第一部で講演された菊地達夫先生(北翔大短期大学部教授)の「北海道遺産の有効活用を考える」に私は示唆を受けました。特に以下の視点です。
 ① 遺産への見方・考え方
  (1) 時間軸の視点(過去から現在にかけての変化)
  (2) 空間軸の視点(地域間の比較、地域の関係性)
  (3) 地域的な特色の相違性・類似性
 ② 北海道遺産の活用指針
  (1) 教育=人々の愛着、誇り
  (2) 観光=地域経済
  (3) 両者の相互作用
 
 第二部「あらたなる北海道遺産 札幌軟石の過去・現在・未来」で、私は概要以下のことを報告しました。
 A 「札幌軟石発掘大作戦」(札幌に遺る札幌軟石物件の調査)を実践した意味
   a 人びとが自ら、街を歩き、街を見て、探し、知る
   b 人と人との結びつき(メンバー同士、軟石建物の関係者との思いの共有)
   c 地域の宝物をみずから掘り起こす醍醐味
 B 札幌軟石が北海道遺産に選定された意味と、今後の活用の展望
   a 札幌軟石を「比べる」 
   b 札幌軟石を「解き明かす」
   c 札幌軟石を「つなげる」、札幌軟石で「つながる」
  (vs 札幌硬石、小樽軟石、越前笏谷(しゃくだに)石、鹿児島の軟石、江別の煉瓦…)

 私の話が菊地先生の提起した視点にどう位置づけられるか、考えてみました。
 A 「札幌軟石発掘大作戦」 ⇒ ②(1)北海道遺産の教育的活用=札幌軟石への人びとの愛着や誇りを深め、①(2)軟石建物の分布状況を明らかにして地域間の比較(相違性、類似性)、関係性を考察した。
 B 札幌軟石の遺産選定の意味と今後の展望 ⇒ おもに①(2)(3)遺産の地域的比較、関係性の考察を深めながら、②(1)遺産の教育的活用のプログラムを構築し、②(2)観光的活用への足掛かりとする。
 私は、札幌軟石を小樽や福井、鹿児島と比べ、つなげることを提起しました。ただし、答えを一方的に示してはいません。「なぜwhy、どうhowつながるか」を投げかけるに留めています。私自身が正答を持ち得ていないということもありますが、できれば一緒に謎解きし、楽しんでほしいという思いからです。

 煉瓦と軟石のツイン建物も幾つか紹介しました。
栗山 小林酒造 酒蔵
 画像は栗山の小林酒造の酒蔵です。

 なぜ、建物の建材を使い分けたのか? 煉瓦と軟石では、農産物の貯蔵やサイレージにどのような違いがあったのか? 酒蔵としてはどちらが適しているか? 推理想像してみても面白いのではないでしょうか(末注)。これまでも縷々逍遥してきて(2014.11.1211.142017.1.6ブログほか参照)、建築年代の違いによる察しはつきます。しかし、まだまだ解明、解析しきれていません。

 こうしたことを積み重ねて、札幌軟石が北海道遺産に選ばれた理由である「北海道の産業やくらしを支えた石文化」の意味を掘り下げられるのではないかと思います。地域や遺産間のつながり具合を明らかにすることにより、札幌軟石にまつわる物語を豊かにできるとも考えます。北海道の石文化をキーワードにした観光ガイド読本を創るのが夢です。『北海道遺産「札幌軟石」を歩こう』とか。

2018/12/01

2018ポルト市民講座 ご案内

 シンポジウムが開催されます。
2018ポルト市民講座 案内
 「札幌軟石」の北海道遺産選定(本年11月1日ブログ参照)を記念する第一弾です。

 ★ 日時 … 12月9日(日) 13:00-17:00
 ★ 会場 …北翔大学北方圏学術情報センター「ポルト」 5階 会議室A
        札幌市中央区南1条西22丁目
       (地下鉄東西線 「西18丁目」 または 「円山公園」 下車 徒歩5分)
 ★ 内容 … 第一部 「これまでの北海道遺産」
         13:00 全体進行・主旨説明:水野信太郎 (北翔大学 教授)
         13:05 北海道遺産の有効活用を考える:
              菊地達夫 (北翔大学短期大学部 教授)
         13:50 江別のれんが全貌:石垣秀人(N43赤煉瓦塾事務局長)
         第二部 「あらたなる北海道遺産」
         15:00 札幌軟石の過去・現在・未来:
              佐藤俊義 (札幌軟石ネットワーク事務局)
              杉浦正人 (札幌建築鑑賞会 代表)
         16:30 質疑・フリートーキング (進行:水野信太郎)

 「第一弾」というのは、この先来年にかけて、第二弾、第三弾が予定されているからです。

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プロフィール

keystonesapporo

Author:keystonesapporo
1991年から札幌建築鑑賞会を続けてきました。
逍遥する時空:札幌、歴史、地形図、地理、地誌、地名、地形、地質、軟石、石蔵、硬石、採掘場、煉瓦、サイロ、腰折れ屋根、地神碑、墓地、旧河道、暗渠、メム、古道、微地形、高低差、クランク、境界、橋、歩道橋、電柱、バス停、踏切、古レール、神社の玉垣、小祠、二宮金次郎、戦跡、古い樹、河川網図、都市計画図、住宅地図……

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